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セシリアともう一つの根源魔法

目が覚めたら、見知らぬ天蓋付きの寝台の上だった。


薄いカーテン越しに差し込む光が、どこか現実味を欠いている。

前後の記憶が、すっぽりと抜け落ちていた。


―――確か、あにい様の誕生日を祝いにお屋敷に戻ったはず。

そこであにい様と見た目は同じなのに、魔力の雰囲気だけがまるで違う人がいて。

けれど、その人もあにい様同様に優しい声をしていて……。


その後、護衛の者と共に王都へ戻り―――


馬車が襲撃された。

耳をつんざく破砕音、木片が舞う光景。

抵抗しようと身構えた次の瞬間には、視界が闇に覆われ、意識が落ちていった。


―――だから、この場にいるということは、誰かが助けてくれたのだろう。

王都の兵か、シイナか。

それとも……あにい様だったら。

もしそうなら、それは間違いなく“本物のあにい様”だと胸を張って言える。


そうであって欲しいのに……私のこの瞳が否定する。

こんな能力、無くなってしまえばよかったのに。


「セシリア、身体は大丈夫? 入ってもいいかな?」


ノックの音と共にその声が聞こえ、心臓が跳ねた。


「はい、どうぞ」


慌てて髪と寝間着の襟を整え、扉を見やる。

開かれた扉から入ってきたのはシイナ―――と、その後ろに立つ、あの人。


けれど、その姿を見た瞬間、息が詰まった。


「あなた……それ―――」


私が言いかけると、彼は苦笑いし、唇に指をあてた。


「シイナ、少し席を外してくれる?」

「かしこまりました、ルイス様」


シイナが静かに部屋を去る。

扉が閉じる音が、やけに遠くに響いた。


「驚かせて悪かったね。

 ……やっぱり、見えているんだね」

「……はい」


口に出すのもためらわれた。


「その魔力……どうしたんですか」


今朝見た時よりも、明らかに減っている。

見た目でわかる。およそ、十分の一……いや、それ以下かもしれない。


「ごめん。この姿だと……もう、君の兄だとは信じられないよね?」


魔力の形も、量も、ルイス=ストレイとは似ても似つかない。

私の瞳が彼の存在を否定する。だけど―――


彼の優しく誠実な瞳。

そして何より、このタイミングで魔力を失ったこと。


「もしかして……私の所為で―――」

「違う!!」


彼は強く遮った。

その声に、一瞬、胸の奥が震えた。


「違うんだ、セシリア。君のせいじゃない。

 ……僕が少し、間違えただけだ」


気まずそうに視線を逸らす。

その仕草が、かえって真実を物語っているように思えた。


―――あの時の光景が蘇る。

馬車が止まった瞬間、まるで時間そのものがねじ曲がったように感じた。

そんな魔法、この世界の魔力体系では存在しない。


私は知っている。《深淵のディープインサイト》を持つ私ならわかる。

あれは、根源魔法の気配だ。


もし、私を助ける為に、あの魔法を使う魔術師と対峙したのだとしたら―――

そして、その代償として魔力器そのものを失ったのだとしたら―――


全部……私のせいじゃないか。


喉が熱くなった。

こんな人を、私は疑っていたのか。


彼は間違いなく、私の兄だ。

いや、たとえ別人だとしても、関係ない。


命を懸けて私を救い、代償に魔力の大半を失った―――それが事実なら。

償える言葉なんて、ない。


責められるべきだった。

お前の所為だと罵って欲しかった。

罪と罰。その痛みだけで私は救われるはずなのに―――


「セシリアが無事で、本当によかった」


彼の口から出た言葉はどこまでも甘い―――毒だった。


彼はそれだけ言い残すと、振り返らず扉の向こうへと消えていく。


残された部屋に、静寂が満ちた。

孤独が罪悪感を刺激する。罪の意識がのしかかる。


どうして、どうして、どうして―――っと。

どうすればいいのか―――っと。

自分自身を責め立てる感情が、理性を再構築されていく。


覚悟を決める。そして一つの決意を振り払う。


深く息を吐くと、メイドのメイが入ってきた。


「お嬢様、お身体を拭きますね」

「……ねぇ、メイ。服に糸くずがついているわ」

「すみません、お嬢様―――」


その肩に、そっと手を置く。

指先から魔力を流し込むと、メイの瞳が虚ろになった。


―――【深淵の瞳(ディープインサイト)】の本当の能力。


触れた魔力器の形を捻じ曲げ、その者の本質を書き換える悪しき魔法。


代々、この力を持つ者同士でだけ密かに伝えられてきた、禁忌の術。

私は、ずっとこの魔法を使うことを避けてきた。

利用することなく、正義に徹すると、この力を知った時に―――いやたった一度だけ使用した際にそう心に刻んだのだ。


けれど―――もし、私のこだわりが原因で、あにい様が魔力を失ったのだとしたら。

もう正義にこだわる傲慢さが私の罪だとしたら―――


そんな自己満足はもう要らない。


「メイ。あなたは、私の命令に一切逆らわない。

 これから魔力審査院を私的に動かす。それに従うの」

「……はい、お嬢様」


絶対に許さない。

犯人を見つけ出す。

もし奪われたのなら、奪い返す。


外道にでも、怪物にでもなってやる。


襲撃を受けた際に魔力の形は見えた。

この瞳がある限り、地の果てでも必ず見つけだして、必ず償わせてやる。


メイに魔力審査院への書簡を持たせる。

今回の襲撃を受け、緊急会議を開くようにと。


まだ仲間が足りない。

圧倒的な敵に立ち向かうための力が―――


「……力を、お望みですか?」


その時だった。

誰もいないはずの部屋に、艶やかな女の声が響く。

低く、耳に残る声。


振り返ると、そこに浮かんでいたのは―――


「……くらげ?」


存在するはずのない海洋生物が、ゆらりと宙を漂っていた。

淡く光る触手が、月明かりを浴びて揺れている。


世界の理から外れた異形と、私は、真正面から目を合わせた。


そのクラゲは――見たこともない、根本から異なる魔力の形をしていた。

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