もう一人ではないボクと・・・
「どうして僕に魔力を送っているんだ!!」
血が抜けていく感覚がする。意識も朦朧とし始めた。
既に握られている手の感覚だって遠のいている。それでも無理に手を握る。
立っていることが出来ず、膝をつき、もう一人の僕へと寄りかかる。
「これが…僕の答えだよ」
「そんなはずない。僕はこんな選択を選ばない」
「僕はほんの少しだけ…君よりも成長したんだ」
僕は目の前で人が死ぬ瞬間を見た。
その光景は未だにまぶたに焼き付いている。
どうしようもなかったあの場面で、必死に言い訳したのにも関わらず、未だにどうにかできなのではないかと考えてしまう。
僕は―――人を殺せない。
ゲームの中なら何度もやった。ルイス=ストレイならば出来ただろう。
けど前世の記憶を持った今の僕には出来なかった。
その事実を、もう一人の僕が知らない僕自身のことを、僕は知っていた。
……きっとこれを“成長”だと呼ぶのだろう。
未だこの世界での目標はカッコよく死ぬことだ。
魔王として君臨する為の犠牲はいくらでも払うことができると思っていた。
けれど実際は……他人の犠牲を容認できなかった。
それがたとえ、僕が生み出した僕と全く同じ存在だったとしてもだ。
「だからって魔力を……どうして、どうして渡した!!
貴様の目的は何だ!!言え!!」
「罪滅ぼしだよ。君を殺すことは僕には出来ない。
かと言って屋敷で匿えばいつかバレてしまう」
もしバレれば重罪として僕どころかストレイ家すら取り潰しになるだろう。
そこに根源魔法が関わっていると知られれば言わずもがな。
「だから君にはこれから一人で生きてもらうことになる。
それこそが僕が君を生かす条件だ」
人としてこれが正しいことなのかはわからない。
身寄りも戸籍も無い状態でこの世界で生きていく難しさを温室育ちの僕にはわかりかねるのだから。
飼い犬を野山に捨て、餌だけ置いてやるような―――そんな自己満足だ。
身を削り魔力器の九割を与えたとしても、許される行為ではない。
もう一人の僕も同意見なのか、ギラッとこちらを睨みつけた。
その手にはいつの間にか漆黒の超越者で作り出したナイフを持って。
「これだけの魔力差があるんだ。僕はもう君に従う理由がない。
君を殺して残りの魔力器を奪うことも、ルイス=ストレイとして代わりに生きることだってできるんだぞ!!」
「ご主人!!」
漆黒のナイフが僕に向けられた。
彼の言う通り今の魔力差では戦闘となればまず太刀打ちできない。
だけど……戦闘にならないのだから意味のない問いだった。
「君は僕を殺せない。
どれだけ憎くて殺したい相手がいたとしても君には出来ない」
「何を根拠に!!」
「君のその場所は……既に僕は経験済みだから」
向けられたナイフの刃先に手を伸ばす。
「!?」
彼は慌ててナイフをしまう。
僕のやろうとしたことを理解したからだろう。
「ほらね。君は僕が思った通り優しい人間だ。
作られた存在かどうかなんて関係なくね」
僕は人を殺せない。
だから僕と同じ存在の彼も人を殺すことができない。
単純な話だった。
つまりこれは交渉ではなく、脅迫だったのだ。
自分を殺せない相手に一方的に魔力を押し付けて、あとは好きに生きなさいって言う。
自分が勝手に生み出した命を、自分の都合で、殺す覚悟もないくせに、善人ぶって自然に帰す。なんて身勝手な話だろうか。
―――自分自身に酷い嫌悪感を覚えてしまう。
「……わかったよ。降参だ。
傲慢な魔王様に従いますとも」
手を振り投げやりな態度で彼はそう答えた。
だがその表情はどこか清々しそうに口元を緩ませていた。
「いいの?」
「よくよく考えたらボクにとって悪い条件じゃないしね。
殺されるぐらいなら生きていたいし、餞別に魔力を貰えるのならなおのこと」
「そうか、ありがとう」
彼の手を握りぶんぶんと振り回す。
同じ顔をした相手……それも少し顔が照れている相手にするのは何とも変な光景ではあるが。
「それに……話を聞いている限り、ボクの存在が必要ってことだろ?」
「…流石はもう一人のボク。ご明察の通りだよ」
殺すことが出来ないという理由の他に、僕が彼を残したのにはもう一つ明確な理由があった。
「これはあくまでお願いだ。
だから嫌だったり、命の危険があると感じたら断ってくれて構わない」
「回りくどいな。本題から入れよ」
「どうか、セシリアを攫った真の犯人……裏にいる組織を見つけ出して欲しい」
「……」
はじめは誘拐犯たちを捕まえればそれで終わりだと考えた。
だが彼らが殺されたことで状況は一変した。
彼らが殺された時の“あの魔法”。
現在の魔力体系とは異質な……漆黒の超越者と同じようにそもそも根本から違う魔法。
そんな魔法を使う人間がセシリアの深淵の瞳を狙ってきた。
……次は助け出すことが出来ないかもしれない。
なんにしても情報が必要だった。
相手側の情報。目的が。
だが今回の件を僕が表立って調査することは難しい。
僕にはストレイ家の跡取りとしての使命も同時にこなさないといけないのだから。
「全く、大人しく命令をしてくれればいいものの」
「あくまで僕は君と対等でいたいと思っているよ」
「それが傲慢なんだ。
答えのわかっている答えを、わざわざ相手の口から出させるのがさ」
もう一人のボクは深くため息を吐いた。
彼の言う通り、ボクが断わらないことを知っていた。
同一の存在だから。そして彼もまたセシリアの兄だから。
ボクが僕のお願いを断らないことを知っていた。
「だが良かろう、興が乗った。創造主の願いを叶えてやろう。
必ずや我が最愛の妹セシリアを狙う蛮族を見つけ出し、その命を持って償わせてみせよう。
我が力【漆黒の超越者】の名に懸けて」
「なぁに勝手に漆黒の超越者名乗っているんですかぁ!!
あとシャイニングですよ偽ご主人!!」
先程まで傍観していたビヨンは不満げに言った。
「勝手にボクの力を渡したと思ったら別々の旅に出るし」
「もしかして一緒に来たいのか?」
「行きませんよ偽人!!
ボクのご主人はご主人だけです!!」
「えぇー。…えぇ…」
「なんで嫌そうなんですかご主人!?」
ぷんすかと不満を訴えるビヨン。
しかしビヨンの言い分もわかる。
「偽物とは心外だな。
確かに鏡写しの現身というのもカッコいいが…。
偽物と呼ばれるのはあまりいい気はしない」
「何カッコつけて言ってるんですか、パチモンですよ」
「パチモンとは思わないけどこの姿を見られるのは不味いだろうね」
同一人物が二人いる状況。
そうでなくとも僕が本来いるはずの無い場所で目撃情報が出されたならば有らぬ疑いをかけられかねない。
「なるほど、姿を変えるか。
いいね、カッコいい」
もう一人のボクは漆黒の影に包まれた。
だが次の瞬間、覆われていた影は消え再び姿を現す。
目の前に現れたのは元のルイスの髪色とは似つかない黒髪。
この世界では見られない、だが元の世界では溢れかえっていた制服。
「せっかくなので今度からはこっちの姿で行動しますね。もう一人のわ・た・く・し様」
「その姿は……」
女性の姿だった。ルイスよりも一回りほど背格好も年齢も上の女性。
漆黒の髪色は確かに漆黒の超越者を映えさせる。
何より僕のよく知る人物、そのものの姿をしていた。
『ええええええええええええええええええ!!』
もう一人のボクは女の子になってしまった。
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