セシリア奪還作戦②
セシリアを取り戻すことは出来た。
相手の反応を見るに、目の前の二人こそが主犯格であり、戦闘の出来る相手だ。
ならばこのまま数的有利を取れた状態で戦えば―――
僕の視線にシイナが反応した。
シイナの不可視の斬撃が、今度はフードの男を目掛けて――――
もきゅっと、肉を断ったとは思えない湿った音。
確かに刃は男の胴を捉えた。だが、倒れない。
(気絶の付与魔法が利いていない……)
想定はしていたが、それ以上に、異様な感触が引っかかる。
「技術もさることながら、問題はその刃先でしたか。
お頭さんを一撃で倒す斬撃、非常に興味がありますねぇ」
フードの男が、シイナの刀を素手で掴みにかかる。
触れれば即気絶。それを理解した上での動き――あまりに異質だ。
「C7、もう行け。こっちは任せろ」
「かしこまりました、魔王様」
シイナは刀を離すことなく後退し、そのまま不可視の姿で小屋を抜け出した。
追いつける者など、この世にいない。
「残念……非常に、非常に興味深かったのですが」
男は肩を落とす。しかし次の瞬間、首をぐいと傾け、
ギロリと異形の眼光をこちらに向けた。
「ですが――今度は貴方だ。
このネズミを作ったのは、貴方だろう?」
ぷらぷらと、半分に裂かれたネズミの死体が揺れる。
それは僕が生成した眷属だった。
「さぁな。お前らの仲間が拾ってきたんじゃないか?」
「おぉ……素晴らしい……! この魔法、記録にも文献にもない。
知識の深淵から零れ落ちた“奇跡”だ」
――通じていない。言葉が、意味を持たない。
まるで宇宙人と会話しているような、不気味さだけが残る。
男は手を打ち鳴らす――が、音はしなかった。
代わりに、手の形がぐにゃりと歪む。
「おや、気になりますか? 私の“手”が――」
「気になると言えば、見せてくれるのか?」
「もちろん。我々研究者は成果を誇るものですから」
フードの下から晒された腕は――もはや腕ではなかった。
半透明のゲル状、細く分かれた五本の触手が“指”の形を模している。
その触手のうち、数本が音もなく床へと落ち、蠢きながら形を失った。
なるほど。シイナの刃は確かに捉えていた。
だが、細胞ごと独立して動くこの肉体では、一部を気絶させても意味がない。
「人体実験か」
「さようでございます。私は魔力の高みを求め、自身の肉体を造り替え続けた」
――禁忌。それも徹底的な。
「実は田舎の出でして……将来の夢は宮廷魔術師でした」
「だがお金も才能がなく、果ては禁忌に手を出した……そうだろう?
他者を傷つけなかっただけ、まだ道徳は残っていたようだが」
叶わぬ夢。足りぬ才。届かぬ努力。
それでも諦められぬなら、必要なのは――覚悟。
覚悟を証明する為に、人道を外れ肉体改造という禁忌に手を出した。
「それで? 今は命乞いタイムか?」
「命乞い……ある意味で正しい」
男は笑った。袖口から滴る触手が床を汚す。
「結局、宮廷魔術師にはなれませんでした。
しかし、夢は今も枯草を焼く炎のように、胸を焦がし続けている。
このままでは……周囲の野草すら、燃やし尽くしてしまう」
「止めろと?」
「いえ。全力で、お相手願いたい」
異様な構えを取る男。腕から伸びた触手が、蛇のように空を泳ぐ。
じっと見ているだけで背筋がざわつく、生理的な恐怖。
「私はずっと疑問だったのです。
この身体になった今――私は、宮廷魔術師になれるのか?」
「……なんだよ、それ……少しカッコいいじゃん」
夢に一途である。
それは僕の憧れでもあった。
セシリアを誘拐したことは許せないが、それでもどこかこの男に共感を覚えていた。
僕は仮面を外す。礼儀として、素顔を晒すために。
「…お若い」
「勘違いするな。私は宮廷魔術師ではない。
それを超える、絶対的魔術師だ」
掌で顔を覆い――目を開く。
碧眼は深紅に変わり、漆黒のオーラが爆ぜる。黒炎が渦を巻き、部屋中に圧が走る。
窓ガラスが砕け、家具が弾き飛び、気絶した盗賊たちが部屋の隅へ押しやられた。
「なっ……この圧力……!!
禍々しくも神々しい……邪神に睨まれているような……!!」
「冥途の土産に覚えておけ。
我が名は――漆黒の超越者。
絶望を糧に、悲鳴を子守歌に、漆黒すら追い越す、絶対的支配者」
一瞬の沈黙。互いの視線が絡み合い、空気だけが重くなる。
触手の先端が、ゆっくりと持ち上がる音まで聞こえた。
「……お願いします。この身が焼き尽くされようとも……
その魔法を、細胞の一片まで――感じたい」
僕は、ふっと笑った。
この世界はいい。自分の成りたい自分でいられる。
自分のやりたいことを、全力でできる。
「それでは――死合おう」
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