深淵の瞳《ディープインサイト》が視たもの
「私の大切な兄上の身体で何をしているのですか!!」
セシリアはそう言うと僕を床に押し倒し、捕縛した。
それでも人気の無い場所で行ったのは、まだ僕とルイス=ストレイが同一人物か否か、確証を得られていないのだろう。
深淵の瞳、セシリア=ストレイの持つ瞳の固有名詞。
魔力の流れや形、量などを見ることが出来る瞳であり、世界でセシリアを除きただ1人しか持ち合わせていない希少な瞳だ。
セシリア曰く、魔力は指紋の様に全く同じ形は存在せず、また成長と共に変化することも通常は起こらない。
その為セシリアは王国の仕事として、凶悪事件の残痕魔力による犯人の特定などの捜査を行っていた。
ゲーム内では盲目となったセシリアが深淵の瞳を取り戻すストーリーがあった。
瞳を取り戻しパーティーメンバーを見た時、そこにはかつて兄、ルイス=ストレイの魔力とは似ても似つかない魔力が流れていた。
そのことを糾弾しようとした瞬間、ルイスは魔王としての正体を現し、パーティーを強襲。
ルイスの裏切りを事前に察知していた味方によりダメージは抑えられたものの、そこからルイス戦(ZENZA)が開始する……という流れだった。
「貴方の魔力器は兄上のそれとは違います。
……ですが魔力量が兄上と全く同じなのです。
兄上ほどの魔力を持つ方は、王国でも片手で数えるほどしかいませんから」
魔力器というのが魔力版指紋のことなのだろう。
ルイスの記憶を覗いても知らない単語な為、多分セシリアの所属する組織で使っている言葉だと思う。
つまり、指紋は違うけれど、見た目も魔力量も瓜二つ。
だから捕縛して尋問するに至っているのだろう。
これがもし偽物だと確信していれば、今頃シイナを呼んで首を斬られていた。
なのでセシリアもどうしたらいいかあぐねているようだ。
ならば僕がするべきことはただ一つ。
「セシリア、君の気持ちはよくわかる。
けどもし僕が本当にルイス=ストレイの姿をした別人ならどうするんだ。
逆上した犯人は君を襲うかもしれない。こうやって―――」
「あっ―――」
僕は押さえつけられた身体をあえて力のみで無理やり外した。
年下の、それも女の子の力であれば技がなくても簡単に抜け出せる。
「僕のことを心配してくれたのは嬉しい。
だけど抵抗された時のことを考えてシイナは呼んでいて欲しい。
僕の為にしてくれたことで、セシリアが傷つくなんて、僕は考えたくない」
「……信じません。そんな優しいことを言っても」
「うん、できれば信じて欲しいんだけどね、仕方ないね」
こんな行動で信じ切られてしまうと、それはそれで困る。
……いやゲーム内で主人公に助けられてあっさり恋に落ちたことを考えると案外チョロイン属性はあるのだけど……。
あれは盲目だしメンタルが色々と大変だったから依存相手を探していた面もあるのでノーカウントで。
「正直な話、僕は僕を証明する術を持っていないんだ。
どうしてこんな魔力になったのか。理由も自覚もある。
だけどそれを説明するわけにはいかないからね」
ゲームの攻略本には書いてなかったものの、多分栄光の到達点も根源魔法であり、もしそうならこの世界では禁忌の魔法に当たるはずだ。
禁忌の魔法を所有していることがバレれば、異端審問にかけられる。
それどころか秘匿していたセシリアすらも危ない。
「だから一時休戦といかないかな?」
「一時休戦ですか?」
「そう。セシリアも僕が本物か偽物かわからない間は保留にしてもらえたらなって。
いつかセシリアにお兄ちゃんだって認めてもらうから」
正直な話、今はそれしか出来ない。
ゲーム内でも深淵の瞳について知識が無い以上、何がどうなっているのかわからないからだ。
「それ私に得があります?」
「仕方ない、あれを出すか……」
僕はルイスの記憶を呼び起こす。
それは、僕が転生して間もなく、推しだったセシリアとの記憶を追体験しようと呼び起こした時の記憶だった。
「昔……セシリアがお漏らししたの、僕が代わりに濡れ衣を被ってあげたことがあったじゃん」
「なっ……どうして……」
「その時に何でも1回お願いを聞いてあげるって言ったよね?」
「言いました、言いましたけど!!
……一体いつの話をしてるんですか。そんなもの時効ですよ」
「そうか、なら仕方ない。1年前の夏の話。
セシリアを探しに人気の無い湖畔に行くと。
セシリアが【ジャッジメント・レクイエム】と叫びながら決めポーズを――――」
「わああああああああああああ!!
わかりました!!一時休戦ですか、わかりましたよやってやりますよ!!」
なんだこの程度か。
黒歴史と呼ぶにはあまりに薄い。漆黒の我が意思には程遠いものだ。
「ですか勘違いしないでくださいね!!
別に貴方を兄上と認めたわけではないんですから!!」
「新手のツンデレかな?」
もしかすれば一緒の記憶を覚えていて……って展開に期待したのだけども甘かったか。
まぁ、もし僕が洗脳とか憑依されていたら記憶とかも覗けそうだしね。……つまり今の僕がそれかぁ。
「それでセシリア。
今の僕の魔力ってどんな風に見えているの?」
魔力が変質したのには二つ理由が考えられる。
一つ目は僕が転生したことによる影響。
もう一つがビヨンと契約したことによる影響。
またはその両方だろうか。
後者ならばいい。だが前者ならば……。
前世の記憶を持つルイスは、この世界にいたルイスと同一人物と呼べるのか。
そんな思考実験めいた考えが頭を過る。
それは昔読んだ沼男に似ていて――――
「今の貴方の魔力は……昔と比べても温かみがあります。
まるで神々しい光の加護を受けているかのような―――」
「待って!!」
僕は顔を伏せてセシリアの言葉を制止する。
落ち着け、落ち着け……。深呼吸をするんだ。ひぃー、ひぃー、ふぅー……。
「漆黒の凄いカッコいい、ダークネス的なものではなく?」
「……?いえ、漆黒がカッコイイかわかりかねますけど、純白の天使のような―――」
「まって、それ以上は言わないでくれ。
まだ心の準備が整っていない」
流石に情報量が多すぎる。
認めたくない。まさか魔力自体もシャイニングに染まったというのか……。
このままいくと、僕は綺麗なジ○イアンになるというのか!?嫌だ、絶対に……。
「ただ少しだけ安心しました。
貴方が何者なのか、本物の兄上なのか、それとも偽物で憑りついているのかはわかりません。
ですが、前者ならば……私は嬉しいです」
「……理由を聞いてもいいかな?」
「何だか昔話したあにい様に雰囲気が近いのかなって。
貴族の責務も、多忙な教育もない、自然体なあにい様みたいで……」
セシリアはそっと自分の胸に手を置き、懐かしむように微笑んだ。
セシリアにとっても、貴族の長兄として振舞うルイスの姿は痛々しく映っていたのだろう。
そういう意味でも助けてくれたシイナ、認めてくれたお母様には感謝してもしきれないだろう。
「もちろん、貴方があにい様と認めたわけではないんですからね!!」
「ツンデレなのかな!?」
くっそ、前世でツンデレ検定を取っていれば……。
けどあにい様呼びをしているのだから多少は打ち解けていると考えて良いのだろうか?
チョロさはあるものの、芯のある真っすぐな子。
それはゲームの中の盲目の少女でも、立派に王国の任務をこなす少女でも変わりはしない。
ルイス=ストレイの心の中にあるのは、かつて厳しい母親の元で育てられても、芯を曲げず意思を貫いた少女の姿だった。
それはどちらも確かに彼女の辿った道だったのだから。
「ただ一緒に過ごす上で1つ重大な問題があります」
「問題?」
「その魔力……シャイニング過ぎて目がチカチカします。
正直直視しすぎると失明しそうです……」
「そんな理由で深淵の瞳を失わないで!!」
まさか深淵の瞳にそんな弱点があったとは。
やはり光はダメだ、光は。時代はダークネスじゃないと。
完全な若いではないが、どこか気安い雰囲気で僕らはシイナの待つ食堂へと足を運ぶ。
その道中でふと疑問に思った。
ルイスが漆黒の超越者を手に入れた場合、今回と同様にセシリアは深淵の瞳で魔力の変化を知ることが出来たはずだ。
ならば何故ゲーム内のセシリアは、再び深淵の瞳を手に入れるまでの間、ルイスの事を疑わなかったのだろうか?
ゲームの世界であり、展開状のご都合と言えばそれまでだが……。
ゲームプレイ時には感じなかった違和感が、ふと僕の頭を過った。
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