第五十話 たいっせつな愛を、ぶつけてやれや
「……はぁ?」
ランスの言葉に真っ先に反応したのは、グラディス。
彼はズカズカとランスの元へ歩み寄ると、その胸倉を掴み上げていった。
その顔の眉間には凄まじい皺が刻み込まれている。例えるならそれは、般若の様な形相。
しかしその顔にもランスはなんら反応を見せずに、俯いたまま。
そんなランスに、グラディスは大きく口を開けていった。
「お前、もういっぺん言ってみろよ……さっきの言葉を、もういっぺん」
「……戦わなくても、いい。そう、言ったんだよっ!」
「……お前、本気でそう思ってんのか? そんなわけ――――」
グラディスはドスの効いた低い声色のまま、次の言葉を紡ごうとした。
しかし、それよりも先に脅威は立ちはだかる。
壁に激突したダハーカが、何食わぬ顔で地面に降り立ち、悠然とグラディス達の下へ向かってきているのだ。
ダハーカは長いため息を吐きながら、目隠しされた顔をグラディスの方へと向けていき、諭すように言葉を出していく。
「そうだ、ランスの言うようにしろ。そうすれば……我もこれ以上手出しはしな――――」
「黙ってろ!」
「……何だと?」
ダハーカからの尋常でない重圧が、グラディス一人に襲い掛かる。
しかしグラディスは意に介さない。
ダハーカの言葉に一切取り合わず、怒気の孕んだ声色で黙らせてランスへと向き直る。
「……ランス、戦わなくていいなんて事ねぇんだよ。お前、ダハーカに絆されやがったんだろ? 家族だから、そんでもって自分の事を考えてくれてたんだってな」
「っ……そう、だ。兄さんはいなくなった後も、俺の事を考えてくれていた。だから、それに報いなければならないと思っている。それの何が悪い? 俺の考えていることはおかしいのか!?」
ランスは悲痛な声をあげていく。
それは、誰かに同意を求める幼子のようにも見られ……酷く痛々しい。
そんなランスを、グラディスは鼻で笑う。
半ば馬鹿にするかのように、口をへの字に曲げながら舌を出して。
「あぁ、ちゃんちゃらおかしいね。大事な弟を事件の後に一人ほっぽった挙げ句、勝手な思い込みと被害妄想で厄者に協力した馬鹿な兄貴に同情を示して降伏するなんてな」
「っ、お前に、何が分かる! 兄さんは、ハスタはずっと頑張ってきていたんだぞ!? 事件以前からも苦難を抱えながら、それでも人類の為に戦って! しかし裏切られたんだ! そんな兄の気持ちに寄り添うなら、もうこうするしか――――」
「間違ってもそんな事、お前が言うんじゃねぇ!」
グラディスはより強く声を荒らげる。
胸ぐらをより引き寄せ、その鋭い視線でランスを貫くかのように見据えていく。
荒ぶった感情が吐息にも現れ、その熱がランスに自然と伝わり。
グラディスは言葉を続ける。
「お前が本当に兄貴の、ハスタの事を思うんなら! んな腑抜けた事言ってちゃいけねぇんだよ! 分かってんのか!? お前の大好きな兄貴は今、間違った道に進んじまってんだよ!」
「…………」
「間違ってんならちゃんとした道へ正す! それも家族の務めだ! だからこそ、お前が気持ちで負けてんじゃねぇ! あのバカ野郎が抱えた、歪んじまってる愛に負けねぇぐらいに……お前も抱えてる、たいっせつな愛を――――ぶつけてやれや!」
ランスは目を見開く。
彼の……グラディスの魂がこの上なく震え轟いている。
この鼓動の高鳴りは、本音中の本音。
それに対し、ランスは困惑していく。
自身の気持ちとの折り合いがつけられないまま、必死に思考を巡らせて。
そんな中で、ダハーカはその纏う空気を一層重苦しくさせ――――殺気を放った。
「いいだろう。そんなに痛い目にあいたいというのなら、グラディス。お主から先に沈めてやる」
場の緊迫感が最高潮に高まる。
それらを受けても、グラディスは怯まない。
ダハーカの事を睨んだ、その後。
彼はスゥーッと息を吸い、そのままゆっくりと吐き出して。
言葉を、発する。
「悪厄滅浄、聖罰……執行準備」
言葉と共に、グラディスの服装が変わっていく。
軍服が白銀の鎧へと変貌していき、彼から発せられる圧も尋常でないものに変化し。
手に取る武器も、長剣から白く大きな蛇腹剣へとその姿を変えている。
聖典に記される、天からの執行人。
それと見間違う程に、今のグラディスは清廉たる姿に見えた。
そこから、一瞬の間が空いた後に。
仕掛けたのは――――ダハーカからだ。
「はぁっ!」
足元から氷結を無数に生み出して、サイト達を凍てつかせんと襲う。
それらの氷結に対し、グラディスは全身に力を込めた後……溜め込んだ力を一気に解放する様に蛇腹剣を振るった。
氷が破壊されていくばかりか、その勢いのままダハーカへと蛇腹剣の切っ先が迫っていく。
「甘いぞ!」
ダハーカは迫り連鎖する蛇腹剣を槍で弾いていき、捌いた後にその槍を振りかぶると思い切りグラディスへとぶん投げた。
蛇腹剣で受け止めようと構えるグラディスであったが、槍から溢れる何かに悪寒が走り咄嗟に上方向へと弾く。
すると、槍が上空で破裂し氷柱を散乱させてグラディスやサイト達に襲い掛かった。
「サイト、ソウジぃ! 上の氷柱は任せるぞ!」
指示を出したグラディスは、再度ダハーカへと接近する為に駆け出した。
その間、サイト達は自身の武器である剣と刀で空中から迫りくる氷柱を切り裂き捌いていく。
そして、グラディスはダハーカの至近距離に近づききっていた。
蛇腹剣を大きく振りかぶって斬りかかる。
ダハーカはそれに相対するように槍で受け止めていく。
互いに押し合う、鍔迫り合いに似た状況。
その中でダハーカは、グラディスを嘲笑する様に声を出していく。
「間違った道とお主は言ったな! それは少しばかり驕り過ぎというものではないのかグラディスよ! 世界を変えるには、多少荒く強引なものであっても利用しなければならないのだ! 何故分からない!?」
「はっ! 分かんねぇなぁ何もかも! じゃあこっちだって何度でも言ってやるぜ? お前は最愛の家族であるランスを一人置いて、勝手に世界に失望して勝手に悪の道に堕ちちまったダセェ奴だって事をなぁ!」
「――――貴様には……一生かかったとしてもこの気持ちは理解出来まいよ!」
ダハーカの気迫が一層増して、グラディスへと襲い掛かる。
槍が蛇腹剣を押し退けていき、グラディスの足が地面へとめり込んでいく程の重量。
そんな圧に対しても、グラディスは屈さない。
ダハーカの抱え込む苦しみと闇、それらに負けまいと必死に耐え凌ぎながら歯を食いしばって。
ニッカリと笑みを、浮かべていく。
「わっかんねぇなぁ……あぁ、分かんねぇよ! 俺からしたら、ランスの気持ちの方がより理解出来るって、もんだ! 家族が急にいなくなって寂しい、辛い、悲しい! そんな当たり前に抱く気持ちの方が、よっぽどなぁ!」
グラディスがそう叫ぶのと同時に、彼の背後からサイトとソウジが飛び出してダハーカへと斬り掛かっていく。
気を取られていたダハーカは、明確な敵意が襲ってきたその時に初めて接近を感知した。
グラディスへの押し込みを止め、どうにか二人の攻撃を槍で凌いだが……それは命取りとなる。
「――――いっぺん……ぶん殴られとけぇ!!!」
意識を逸らしたそのタイミングで、グラディスが急接近する。
間近、振りかぶられた拳は勢いをつけてダハーカの顔面へとめり込んでいった。
吹き飛ぶダハーカ。
土壁へと激突し、衝撃で砂埃が舞い散っていく。
油断無くダハーカが吹き飛んでいった方向を凝視するグラディス。
しかし。
「っ、はぁ……っがぁ!」
片膝を地面へとついて、苦しむ。
覚醒石の力の解放は、所有者に多かれ少なかれ疲労を蓄積させていく。
その解放した時間が長ければ長い程、よりその疲労の度合いは高まっていき……酷い時には動けなくなる事もある。
ダハーカという強者と対峙したのであるから、その疲労の度合いは計り知れないだろう。
――――まだ、これぐらいの疲労で済んでるのが奇跡なぐらい、か?
グラディスはそう考えている。
ダハーカ、もといハスタはラヴィーネにおいて伝説の獣龍種として伝えられている。
なんせ、厄者をたった一人で退けたという逸話があるぐらいなのだから。
そんな彼の攻撃を凌いで、更には攻撃まで加えられた。
良きことであるのと同時に、グラディスはまだ胸騒ぎが収まらなかった。
「グラディスさん! 凄いや、あのダハーカを上回るなんて!」
「……いや、まだな気がするぜ。そうだろ、グラディス」
「あぁ……あの獣龍種は、こんな程度で止まる奴じゃあ、ない筈だ」
そう、言ったのと同じ時に。
目の前の壁から瓦礫を押しのける音が聞こえてくる。
砂埃も晴れ、その先には……ダハーカが立っていた。
先程の攻撃をまるで意に介さずに、道着に付いた砂を手で払いながら、しかしてその口元の端から一筋の血を垂らし、唇は真一文字に結ばれていて。
サイト達は肌で感じとる。
明確な怒りというものが、ダハーカから溢れ出ている事に。
ダハーカの顔がサイト達へと向けられる。
「……当たり前に抱く気持ちの方が理解出来る、か。ははっ、本当に。そんな純朴であれれば、どれほど有り難かったか」
ダハーカは口の端を拭うと、手を突き出す。
そして、口をゆっくりと開いて。
「『永遠の雪龍』、その力を今ここに発現せよ。我がここに呼び起こすは……全てを凍てつかせ壊す、闇の雪なれば」
冷たく、冷徹に。
言の葉がダハーカの口から紡がれていく。
その場の全員がゾッと背筋が凍っていく感覚に襲われた。
止めに入るが、既にダハーカは何かを発動させんと力を込めていた。
高められた気が、解放される。
「芯技、解放――――」
と、思われたが。
ダハーカの動きがピタリと止まる。
「……ミアめ。このタイミングで援護を要請するとはな」
ボソリと呟くダハーカ。
サイト達は訝しむ。
あれだけこちらを害していた存在が、急にその攻撃を止めた。
何かがあったのかと勘ぐっていると、ダハーカから行動が為された。
忌々しげに舌打ちを一つ打つと同時に、彼の背後に黒い渦が出現しそこに入ろうとしたのだ。
「なっ、待ちやがれ!」
グラディスがどうにか立ち上がり長剣を投げつけるも、ダハーカは槍でその全てを弾いてしまう。
そうしてダハーカの体がほぼ黒い渦に入り込んでいくのと同時に、彼は地面へと倒れ込むランスに口を開いた。
「ランス、お主は何も悪くない。悪いのはこの世全ての無辜の民共であると思っていれば、それでよいのだ。お主は必ず、我が救ってみせる――――」
その言葉と共に、ダハーカは完全にその場から黒い渦と一緒に姿を消していった。
洞窟内に、重たい沈黙が染み渡っていく。
しかし、その場をすぐに切り替える人物がいた。
ソウジだ。
彼は大きく張りのある声で、現状の問題点を即座に挙げていく。
「お前ら、すぐにソリに乗ってラヴィーネに戻るぞ! ダハーカの話が本当なら、今頃ラヴィーネは厄者や他の魔獣とかに襲われてる!」
「っ、そうだ! 急がないと! ランスさん、グラディスさん!」
「……あぁ、そうだな。すぐに向かおう。ランス、行くぞ」
グラディスは、未だ地面に伏しているランスに言葉をかける。
その時に、彼はランスの顔を見た。
戸惑い、迷い、哀愁、苦悩。
歪んだ表情から察せられる感情に、しかしてグラディスはそんな彼の尻を思いっきり蹴り上げていった。
「ぐっ!? グラディスっ、お前何を!」
「いつまでも腑抜けてるアホに活入れてやったんだよばぁーか! ……立てよ。早く兄貴を止めてやんなきゃなんねぇ、だろ?」
「っ……! それは、そうだが」
戸惑うランスに、グラディスは一つ間を置いた後。言葉を続ける。
「それと、だな。兄弟の形として、その人にとって最善で最高の立場であろうとする必要はねぇと俺は思う。時には喧嘩もすらぁな、すれ違いや悩みだって起きるもんだ。それでも互いに気持ちを伝え合い、分かり合っていく。そんな大切な関係が、愛。そう呼べるものになっていくんだと思うぜ? ……お前が兄貴に伝えたいのは、そういうもんだろ?」
頬をかき、途中で言葉を探りながらも彼はランスにそう告げた。
ランスはまた目を見開かせ、瞳を震わせる。
――――あぁ、そうか。そんな、当たり前の事だったのか。
ランスは立ち上がる。
表情は口を真一文字に結んだ真顔の状態。
けれど眉間にはシワが寄っていて、まるで何かを決意したかのように険しい顔立ちだ。
グラディスはそこで、ニッカリとした笑みを浮かべて場の全員に向けて言葉を発した。
「しゃっ! お前ら行くぞ! ラヴィーネを守り通すんだ! っと、フロスティアさんにも連絡いれねぇと」
鼓舞する言葉を発した後、グラディスは懐から『通信の氷鏡』を取り出して通信を試みる。
そんな中で、サイトは。
先程のグラディスの言った言葉を聞いて、一人。
「兄弟の、形……」
そう、呟いた。
心の中に溜まっていく、自身の違和感。
それらにサイトが気を取られている間に。
「あぁ、そうだ。そっちも都に骸骨が急に現れて、城にも群がってる上に結界石が危ないんだな、分かった。すぐに戻って、事態を解決するさ」
そんな言葉が、グラディスから発せられた。
ラヴィーネで起きた事象、それは唐突にして問題だらけ。
彼らはすぐさまソリに乗り込み、ラヴィーネへと戻っていく――――。




