第四十九話 お主はこれ以上、痛みを抱く必要はない
「ダハーカ……!」
重圧が押しかかる中で、サイトはぼそりと呟く。目の前の獣龍は、過去の自分を捨て去る為にその主張を揺らがせない。
ランスは腕を振るいながら叫ぶ。
「違う! あんたはハスタ兄さんだ! 俺の良き理解者で、大切な家族で……そんなあんたが、何で敵対する!」
その声色には、怒りとも哀しみとも取れるものが混ざり合っている。
ゴチャゴチャとした感情、その中にある疑問。
それらをぶつける様にして、ランスは目の前の男に迫る勢いで声を荒らげていく。
「五十年前のあの日から……俺はあんたの事を忘れていない! 優しかったあんたが、何でこんなことを!」
心からの言葉。
しかしそれを聞いたダハーカは、目を隠したその顔で平常のままに返答する。
「愚問だな。そして、甘すぎる。そんな調子では……我に敵うことはないとしれ」
その言葉の後から、ダハーカの重圧が更に増した。
その場で立っていることすら危うい、鬼気迫るオーラ。
それらを浴びたサイトは……何故、という気持ちと共に気を引き締めていく。
「……やるしかねぇな」
ソウジが、前へと進んでダハーカに対峙する。
覚醒石を発動して、戦闘態勢は万全。
そんなソウジに後追いするようにして、グラディスも一歩踏み込んだ。
「ソウジ、加勢する。……死ぬ気でやるぞ」
その一言の後、グラディスは特殊な印を結んでいく。
そして彼も――――覚醒石を発動した。
軍服に白い筋が纏われ、それらが収束して全身からバチバチと稲妻が走っていく。
両手の指先には、剣の柄が何本も挟まれていた。
そんな中で、ランスも。
「……ハスタ。必ず、答えてもらうぞ!」
感情を発露させて、覚醒石を発動。
氷霜が彼の周囲を舞っている。
そこから少しの、睨み合い。
視線が交わり、数秒が経った後に――――動いたのは、グラディス。
「ふっ!」
ダハーカへと走り出しながら、指先で握っていた長剣の何本かを彼へと投げつける。
素早く鋭い投擲。当たればただではすまない。
「かぁっ!」
しかし、ダハーカから放たれた衝撃波。それだけで全ての長剣が勢いを削がれて弾かれる。
けれどグラディスは止まらない。
指の間に新たな長剣を出現させると、その素早い動きのままにダハーカへと長剣を突き刺す動きを見せた。
――――しかし、いとも簡単にダハーカに対処されてしまう。
彼は長剣を尖端から膝蹴りで折り、そのまま勢いよく接近してきたグラディスの片腕を掴む。
そして、その勢いのままにダハーカはグラディスを土壁へとぶん投げた。
「ぐっ!?」
「グラディスさん!」
土壁に激突し苦悶を漏らすグラディスを心配するサイト。
そんな彼らをよそに、戦いは続いていく。
先程から様子を見ていたソウジ、そしてランスが共に目配せをして合図を送ると……ソウジから動き出した。
後ろの腰に下げた短刀を抜き、長刀へと変貌させて構えながら接近する。
体勢を低くしながら、ソウジはその眼で敵を見据える。
どうにか隙を伺うが、まるで見つからない。
ならば。
「無理やりにでも隙を生み出してやる!」
小刀を長刀へと変貌させた、覚醒石の力の形。
ソウジはそれを変化させて、蒼い縄状の物質を作り出した。
それを足元に投げて引っ掛け、ダハーカの体勢を崩そうとする。
そして、そこに。
「ハスタァ!!!」
素早く接近していたランスが、槍でダハーカを貫こうとしていた。
この距離で、転けそうになっている状態。
避けられる筈がないと、誰もが思っていた。
しかし。縄をものともせずに不動のまま、態勢はしっかりと整えられ。
空いている右手の掌から氷結を生み出して、真正面から――――ダハーカは槍を、受け止めた。
「くそっ……!」
「……無駄だ、やめろランス。お主では我を倒せない」
「ぐっ……そんな事は、ない!」
押し込もうとするランスだが、まるで動かない。
その手は巨木の如く、微動だにせずに構えられており一切揺れることはなく。
ダハーカはその受け止めた槍の先端を掴み……そのまま、握り潰した。
槍はその形を崩し、ボロボロと散っていく。
ランスの目が見開かれるのと同時に、ダハーカは左手に槍を出現させて足に引っ掛かった縄を切り裂いた。
そして、無防備なランスへと――――槍を突き刺した。
胸元に深々と突き刺さる槍、その位置は心臓。
「ゴハァッ……!?」
「ランス!? ……てんめぇぇぇ!」
心臓を貫かれ、血反吐を吐くランス。
そんな彼の姿を見たソウジは激昂。縄を刀へと変化させ、ダハーカを切り裂かんと斬り込んでいった。
しかし、その斬り込みは氷壁を生み出されて防がれる。
ソウジの行動を全く意に介さないまま、ダハーカはポツリポツリとある事を語っていく。
「……やはり。お前は死なない、か」
「――――ぐぶ、ごぁっ、がっはぁ……はぁ……!」
「龍族は、他の種族と比べて最も寿命が長い。その理由は、龍族の持つ心臓が特別製だからだ。底無しの龍脈……そう呼称される心臓が、龍族の命を際限なく繋いでいく。その中でも、ランス。お主の心臓は更に特別だ」
そう言うのと同時に、ランスの刺された心臓部分が紅く光り輝いていく。
その輝きと同時に、刺された箇所から槍が反発するように胸元から弾かれてしまった。
地面へと倒れ込むランス。
その光景に、ソウジとサイトは驚きを隠せない。確実な致命傷であった筈なのに、それが再生したのだから。
ダハーカはその光景を見ながら、苦虫を噛み潰したような顔をして続けて語る。
「お主の胸元……心臓部分には赤痣が刻まれている。即ちそれは赤痣に選ばれた証拠。赤痣持ちは従来の勇者の力を凌駕する。お主の心臓が再生されたのもその影響だ。果てのない先にある寿命を迎えるまで、命尽きることなく動き続ける。それは最早、与えられてしまった祝福そのもの」
「がぁっ、ゲホッ……何が、言いたい!?」
滔々と語られる内容に、ランスが咳き込みながらも問いかける。
そんなランスを見下げながら、ダハーカは返答する。
「ランス。お主はもうこれ以上戦わなくてもいいのだ。痛みを抱く必要もない。我がお主を……救ってみせる」
「……はっ?」
そんな思いがけない言葉を、ランスへと言い放ったのだ。
驚愕する面々。特にランスは口を開けて、唖然としている。
ここまで様子を見ていたサイトが、思わずダハーカへと問いていく。
「あんた、それ……例の事件があったから、なのか?」
「童よ、話を聞いたのだな? であれば、気持ちを分かってくれる筈だ。酷いことであった、とな」
「それは、分かるよ! けど、だからと言って何でこんな……ランスさんを救うのと、こうして僕達の事を妨害する事がどうして繋がるんだよ!?」
そんなサイトの言葉に、ソウジも反応していく。
「俺も、気になるな。何で妨害しやがる? ここは薬の製造所で、確実に良くない場所だ。それを守ってるって事はあんた……薬を作ってる奴と繋がってんじゃねぇのか?」
「……ふむ、そうだな。お主達には話しておいてもよいだろう。理解されるとは思ってはいないが、気持ちとして分かってはくれるかもしれない」
「何を――――」
刀を押し込み続けていたソウジは、ダハーカが氷壁を壊した影響で前のめりになり倒れ込む形となってしまう。
そこに勢いをつけて、ダハーカはソウジの腹を膝で蹴り上げた。
「ガハッ!? ちっ、きっしょぉ……!」
ソウジは悶絶し、悔しげにその場へと倒れ込んでしまう。
「ソウジ!」
「これで、話を聞く姿勢になってくれたな? では話そう。我がこのような事をする目的と、その理由を」
そこから、ダハーカは語りだした。静かに、低く響き渡る声色で。
「まず、例の事件の後について。我はあの焼殺未遂事件の後、その事件を企てた者共を皆殺しにした。そして、一人旅立ったのだ。宛もなく長い間彷徨いながら、な。そんな時に我は、一人の人物と出逢った。ミアと名乗る、魔女に」
「っ、ミア……だって?」
「そのミアは、夢の衝動という組織を作っていた。夢の達成の為に邁進する組織……その幹部を探していたそうでな。我はそれに誘われ、今は夢の衝動の幹部として活動している」
出された内容は、衝撃的だった。
ボーデンでレオン達を襲撃したミアという魔女とダハーカが知り合っていた。
それはランスにとって、とてもではないが信じられない事態であり。
瞳が絶え間なく震えている。
しかしダハーカは気にせずに、続きを話していく。
「ここにこうしているのも、その組織の活動の一環だ。ミアに誘われ、こうしてこの地に再びやって来た。誘われた事の内容は……厄者メーディアの作る薬を製造する場所の警護、ならびにラヴィーネを陥落させる為の手伝いだ」
「厄者メーディア、だって!? それに、ラヴィーネの陥落って……」
「今頃、ラヴィーネ内部は混乱に陥っているだろう。都市は崩壊し……城にいる王族達も死に絶えるだろうな。メーディアによって」
ダハーカはひとしきり話し、呼吸を整える為に息を吸って吐き出していく。
そして、締めくくるように言葉を並べ立てていった。
「そして、元々の本題であるランスを救うことについてだが……これは単純明快。厄者達に協力し世の中を混乱と恐怖に陥らせる事によって、世界中の無辜の民に自覚させるのだ。自分達も勇者に頼るだけではなく、各々がきちんと成長し動いていかなければならない、とな。そうして高潔で尊い精神を持つ者を育ませていけば、もうあのような事件を起こす下劣な屑どもが生えることもない。即ち、ランスがこれ以上に勇者としての責務に追われる事もなく、戦いに身を投じずに済むんだ。だからこその救い……救済なんだよ」
一切の迷いなく、ダハーカはそう言った。
まるで頓着がない様にスラスラと澱みなく話していくその姿は……本当にその行いが正しい行為であるのだとでも言うようで。
サイトは聞いている内に……言いようのない感情に襲われていた。
体をわなわなと震えさせ、歯を強く噛み締めながら。
目元を暗くしながら、サイトはダハーカへとまた問いかける。
「……あんた。本当にそんな事をして、ランスさんが救われると思ってるのか?」
「あぁ、思っている。無辜の民が如何に愚かな存在か、お前達は知っている筈だろう? 勇者として活動していて、醜い面は散々見ているだろうからな。サイト、と言ったか。お主だって、本当はそう思っている筈だ。だから我は――――」
「違う!」
サイトは真っ向から否定する。
その考えを、やり方を。
「あんたは何も分かっちゃいない! ランスさんがそれで喜ぶわけないだろう!? ランスさんは言ってたよな? あんたがいなくなってからもあんたの事は忘れてないって! それが答えなんだよ!」
「……何?」
「大好きだった家族が……兄がいなくなって、悲しまない筈がない! 何でだ!? 何でランスさんの気持ちも聞かずに勝手に旅立った! しかも旅立った末にやろうとしてる事は、厄者に協力して関係の無い人達に自覚させる!? ふざけるのも大概にしろよ、バカ野郎!」
サイトは叫ぶ。あらん限りの想いをぶつける様にして、咆哮する。
これだけは譲れない、許せない。
そんな彼の気持ちの昂りに反応したのか、覚醒石が眩い翡翠色の光を胸元から盛大に発しながら発動された。
辺りに風が吹き荒れ、サイトのフードもバサリと捲れてその顔を露わにする。
それはサイトの怒りと同調しているかのように激しく、荒々しいものであり。
右目周りの赤痣が、煌々と赤く輝いているのが確認出来た。
ダハーカは警戒を強めるように体勢を構えていく。
――――この光り……こいつも、赤痣を?
サイトからの気迫は、更にその勢いを増していき。
やがて、周囲に吹き荒れた風は彼を纏うように集まりだし……サイトの体は翡翠色に光り輝く。
それと同時に、サイトは風の剣を構える体勢をとった。
そして。
「風纏……瞬迅!」
その言葉と共に、サイトが足を力強く踏み込むと地面が抉れ、その衝撃で小石が飛び散り――――
刹 那
サイトはダハーカへと詰め寄っていた。
「む――――」
ダハーカの反応が遅れる。
あの一瞬、あの踏み込みから即座に自身との距離を縮めた。
その事実は、ダハーカを少しだけ驚かせる。
しかし――――次の瞬間には。
背後でけたたましい爆音が鳴り響いた。
「――――なんだ?」
音の鳴った方を見れば、サイトが背中から壁に激突している姿が。
壁に跡がつくほどの衝撃、そしてその余波であるヒビ割れを見たダハーカはある確信を得た。
奴はまだ力を使いこなせていないのだ、と。
であれば、相応の対処をするまで。
ダハーカは構え直し、来るであろう攻撃に備える。
サイトの動きを察知する為に、その神経を研ぎ澄まさせて。
その間にも、サイトは壁から勢いよく抜け出して縦横無尽に洞窟内を駆け回っていく。
そして。高まっている気、荒々しく吹いている風の方角を――――読み取った。
「――――今」
穏やかに、そして冷静に。
構えていたその手で、ダハーカは接近したサイトの首根っこを掴み上げる。
「がっ!? くっ、そ……放せ!」
止められたサイトは目を見開き、ダハーカから逃れようと暴れる。
しかし、ダハーカはその手を放す事はない。
目隠しで見えない目をサイトへと向けて、黙ったままだ。
サイトはそんなダハーカへと睨みを効かせて見つめ返す。
例え殺されようとも、お前には屈さないという意志を持っての鋭い睨み。
それを、受けたからなのか。
ダハーカは静かに、その口をゆっくりと開いていき、サイトへ。
「サイト。お主はどうして、それほど希望を信じられる? 何故、我の考えを否定できるのだ?」
問いかける。
「……はっ?」
突然の問いに、サイトは呆けた声を出してしまう。
――――今は戦っている最中だ。
――――なのに何故、その質問をこのタイミングでぶつけてくる?
向けられた顔、その目元は隠れたままで真意は分からない。けれど、ここで言い返さないなんて事はサイトには出来なかった。
「僕にも……大事な、兄さんがいたんだ。その兄さんの想いを、知っているから。だから僕は、お前の考えを否定する! 希望だって、持てるんだ!」
サイトの言葉を受けたダハーカは、その眉根を寄せながら軽く息を吐きだす。
その吐息は冷たく、今のダハーカの現状を表しているかのようで。
彼がサイトへと向ける圧が、より一層高まる。
「何を言うかと思えば……人の心は、案外脆いものだ。お主の兄だって、人類に絶望していたかもしれない。心のどこかで落胆し、見限り、そして。人類に対して、たまらなく敵意を向けていたかもな」
「――――お前が、勝手に兄さんの気持ちを決めるな!」
「間違っていない筈だが? それに……お主の軸は兄にあるのだろう? その気持ちはよく分かる。ランスだって、いつも我を慕ってくれていた。たまらなく愛らしくて……純粋で、健気で。弟はいつだって、兄を慕ってくれるんだ。心の底から好きという気持ちをぶつけてくれる。なのに何故、そんな愛しい弟が苦しい目に遭わなければならなかった!」
最後に発した低く重苦しい一言と共に、ダハーカの手から冷気が放出されていく。
「がぁっ!? あぁぁあぁぁぁぁあぁぁぁあぁぁ!?」
サイトから苦悶の声があがる。
首筋から流れ込むのは、夥しい程の冷気。
サイトを凍りつかせるために、ダハーカは自らの能力を惜しみなく行使していく。
抗うも力が入らないサイト、冷酷に冷気を出し続けるダハーカ。
「お主の言う意志や決意、信念、決断、その全ての基準は兄なのだ! 兄がやっていたからやっている! 兄が教えてくれたからそうしている! そうだ、そうなんだよ! それでいい! 弟は弟らしく……兄の後ろについてくることだけを考えていればいいんだ!」
「くぅあぁ! がっ、ぎっ……あぁぁぁ!」
「サイト……くそっ!」
地面に伏すソウジは、立ち上がってサイトを助けようとするもダハーカに足で背中を踏まれてしまう。
最早この場では、誰も太刀打ちできない……そう思われた矢先。
――――ダハーカの背後から、何かが飛来する。
「っ、はぁっ!」
ダハーカは翻り、槍を使って勢いよく飛来してきた物体を弾いた。
その衝撃で、彼はサイトを手放してしまう。
飛んできた物の正体は、長剣。
見覚えのあるそれにダハーカが感づくのと同時に。
「甘い!」
グラディスが至近距離に近づく。
彼はダハーカの胸倉を掴み上げると、勢いよく振り回して投げ飛ばした。
壁に激突するダハーカを睨みつけながら、グラディスは近くにいたサイト達に声をかけた。
「お前ら無事か! 気張っていけよ、あいつ倒さねぇとラヴィーネも救えねぇ!」
「はぁ……はぁ……分かっ、てる!」
「たりめぇよ……ここで、終われねぇ!」
「よぉし、その意気だ!」
士気を上げる様にして意気込んでいくサイトとソウジ。
それを見たグラディスも、大きな声を張り上げていく。
が、しかし。
一人だけは、ただ静かに。
「……やめろ、お前達」
ボソリと呟かれた言葉。
発した主……ランスは、しおらしく耳と尻尾を垂れさせながら地べたに這いつくばっており。
顔を歪ませて、声を震わせる。
「もう、いいんだ。これ以上、戦わなくてもいい」




