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フォーチュン・ライト  作者: おじさま
第二章 愛を伝えよ、白銀の獣龍 〜辿り追う者の意志〜
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第四十六話 その獣龍の心の軋みは

「ランスさん、どこに行ったんだろう? こんな寒い中で、外に出ていっちゃうなんて……」


 ギルドから出た後、サイトは肌寒く、雪粒がより冷たく感じるようになった夜のラヴィーネの街道を歩いていた。

 ランスを探す為にであるが、その成果は芳しくない。

 辺りの景色も昼頃の明るさは鳴りを潜め、今は街灯の明かりと家々の窓から射し込む明かりのみが街を照らしている。

 そんな街なかを行けども行けどもランスの姿は見当たらず、残るは例のオルド教が演説をしていた広場を残すのみとなっていた。

 そこに向かうのに些か気が滅入るサイトであったが、背に腹は代えられないと足を進ませる。


「……思い詰めてないといいけど」


 言葉を零して、少しした後。

 広場に着き、ひときわ目立つ石像めがけて進んでいると、目的の人物の姿が街灯の明かりで照らされていた。

 白毛が輝き目立つ、ランス。

 明かりに照らされたその姿は幻想的に思え、夜の景色とも相まって(さま)になっている。

 そんな事を考えながら近づくサイトに気が付いたのだろう、ランスは憂いを帯びた表情で彼を見る。


「サイトか。どうしたんだ、こんな夜中に外に出て。まさかとは思うが……俺を追いかけてきたんじゃないだろうな?」

「……そのまさかだよ。ランスさん、表面上は普通そうに取り繕ってたけど、内心は凄く動揺してた風に見えたからさ。気になって来たんだ」

「そうか……。ふむ、そうだな。お前になら、話してもいいかもしれない。俺の個人的な、悩みについてを」


 顎に手を添えて思案した後に、ランスはその様な事を口にする。

 そう言われたサイトは、表情を真剣なものに変えて聞く姿勢に入る。

 ランスを追いかけた理由は、ランスが心配だから。

 であるのならば、何故ランスの様子がおかしくなってしまったのかの理由を知っておくのは必要な事だろう。

 心配であるのならば、その原因を知っておかないと共に悩むことも出来ない。

 その様に、サイトは考えた。

 そんな彼の思惑を知ってか知らずか、ランスは自身の悩みを語り始めていく。

 

「俺は……兄さんの事を、悩んでいるんだ。お前も会った、俺の兄さん。ハスタについてを」

「ハスタさんの事を、か。それは、事件のこととも関係してるの?」

「あぁ、そうだ。兄さんは過去の事件で、貴族の者達と……フィデーリス家の人々を恨んでいる。その事は、今日の昼間でも十分に伝わった。それが俺はどうにも、辛く苦しいんだよ。あんなにも優しく、気高く、誇らしかった兄さんがあのような憎悪を向けているのが信じられない程に、な」


 ランスが語るのは、兄の事。

 昼間の時、ゲルダにその得物である槍を向けて敵意を剥き出しにしていた、あの一本角の獣龍種。

 武人然とした彼のあの憎悪は、確かにサイトも感じ取っていた。

 その恐ろしい威圧感は、今もサイトの体に芯まで残り新しい。

 そして同時に、サイトはランスの言う『優しく、気高く、誇らしい』の言葉も間違っていないと思っていた。

 何故なら彼は、サイトの事を勇敢な者と褒めたうえに、サイトが立ち向かおうとしていた時には笑っていたのだから。

 そんな別々の側面を見ているサイトからすれば、ランスの評も頷けるし、何よりランスの苦しみも理解出来る。

 そう思う中で、更にサイトはある事にも気が付いた。それを、ランスに尋ねる。


「ランスさん。もしかしてあの夕食の時にエーテルさんの話を聞いて眉間に皺が寄ってたのって……貴族の人達が、今回の薬の件に関わってるって聞いたから、なのかな? 過去の事件で、ランスさんも貴族の人には良い思いを持ってないだろうから。余計に失望しちゃった、とか?」


 サイトの問いにランスは片眉を上げる。

 図星だったのだろう、少しばかり尻尾を揺らし動揺が見える中で、ランスはその問いに返答した。


「……その、通りだ。我ながら情けない。私情を挟み込んでしまうなど……あってはならないのに」


 眉間に皺を寄せ、自分自身を戒めるように獣龍はその様な事を口にする。

 その内容に、サイトは疑問を抱いたのか首を傾げてランスを見ながら、問いを重ねていく。 

 

「それは、なんで? 過去に嫌なことをされてたんなら、怒りとか呆れとかそういう気持ちが芽生えても不思議じゃないと思うんだけど」

「そう、ではあるのだろうが。私情を挟み込むというのは要するに、感情の赴くままに動くということだろう? であれば、今の俺がそうなってはいけない。そうなってしまうと……兄さんと話が出来なくなってしまう」

「な、なんで? お兄さんと話すのと、ランスさんが私情を挟むのに何の関係があるっていうのさ」


 サイトの問いに、ランスは首を横に振る。

 

「駄目なんだよ。こんなあからさまな悪感情を持ったままでは、兄さんとまた相対した時に俺はまた感情的になってしまうだろうから。だから、悩んでいた。このまま兄さんと話すのを、どうすべきかどうかを」


 結論的に、ランスはそのように締めくくった。

 兄の事で悩んでいたのは、そうした葛藤があったからなのだとサイトは理解する。

 あの時、ハスタ(ダハーカ)と出会ったランスは感情的になっていた。普段のランスからは考えられないぐらいに、語気を荒くして。

 それだけ兄に対する想いが強いのだろうと、サイトは妙に親近感を濃く覚えた。

 そして今、ランスが悩んでいる兄との事。話すべきかどうかについて。

 サイトはそれに対して、少しだけ逡巡する様に顎に手を添えて悩む素振りを見せた後……結論を出したのか、頷いてランスに問いかける。


「ランスさんはさ。このままお兄さんと話せなくなったら、どう思う?」

「兄さんとこのまま話せなくなる……それは、嫌、だな。考えたくない事だ、ゾッとしてしまう」

「やっぱり、そうだよね。ならさ、話そうよ。ランスさん、僕に教えてくれたよね? 対話をする事が大事だって」


 ランスはその言葉に、ハッとして。目を瞠るようにしてサイトを見る。

 けれど、まだ踏ん切りがつかないのかランスは首を横に振る。


「だが、今の兄さんはどこか普通ではない。対話が出来るとは、思えないでいるんだよ」


 口から出てくる言葉は、そのどれもが後ろ向きだ。

 それは、ランス本来の地の部分なのであろうか。現実を見てしまい、理想()を抱くことが出来ない獣龍の青年。

 その姿を見たサイトは、どこか納得がいかない気持ちになっていた。

 自分の兄を信じきれない。確かにあの路地裏での一件は、そう思っても仕方のない出来事だったのかもしれない。

 けれど、それでも。

 ランスからすればあの獣龍の彼こそが家族であり、大切な兄なのだ。

 まだ触れ合える存在、まだ大切に出来る時間がある存在。


 まだ、語り合える存在。


 なのにも関わらず、ランスは対話など出来ないと言ってしまっている。 


 ――――それは、違う。

 ――――原因は別にあるのに、お兄さんがおかしくなったとか、怒ってるからとか。そんな理由で対話するのを諦めるなんて、そんなの。


「駄目だよ、それは」

「サイト?」

「そんなの、駄目だよ! 今のランスさん、自分から対話を諦めてる! 折角お兄さんが教えてくれた大切な教えを、放棄しようとしてるじゃないか!」


 感情が、爆発する。

 抑えきれない想いがとめどなく溢れ出し、それらは全て目の前のランスへと注がれる。


「事件は自分のせいで起きたんじゃないかとか、そもそも自分がいたからこんな事になっちゃったんじゃないかとか! それは分かるよ! 僕だってそう思うことは今でもあるし、これからだってそう思うだろうさ!」

「…………」

「自分のせいにしたくなるのも分かる! 自分を信じられなくなるのも、嫌になるのも! でも、お兄さんの事は! 自分の大切な人の事は……諦めちゃ、駄目だよ」


 無意識に手を強く握りしめ、歯を噛み締める程にサイトは感情をぶつけさせた。

 ぶつけられたランスの方はというと……言われた言葉の一つ一つを胸に刻むようにして、その手を胸元に置き目を伏せている。

 そこから、獣龍(ランス)は深く息を吸い込むと、その溜め込んだ息を大きく吐き出す。

 そして、ゆっくりと開かれた緑色の(まなこ)には、先ほどまでの迷いは薄れていた。

 吹っ切れた訳ではないが、それでも自身のやるべき事は定められたらしい。

 ランスはその固められた表情を緩め、微笑みをサイトへと浮かべていた。


「お前は、本当に……自分の気持ちをぶつける事に躊躇いがないな。だがそれが、今の俺には心地よいのかもしれない」

「……ちゃんと、話そう。じゃないと絶対、後悔するから」

「ふっ、そうだな。感謝する、サイト。お前のお陰で少しばかり、光明が射した気がするよ」


 ランスは先ほどよりも穏やかな表情で、その様にお礼を言う。

 それに対し、サイトは後々から自分の言った事が気恥ずかしくなってきたのか、慌てたように手をブンブンと横に勢いよく振っていく。


「い、いやいや! 大したことは言ってないよ! ランスさんが元気になってくれたんなら、僕はそれでいいんだ、うん」

「……恥ずかしがらなくてもいいだろう? お前は良いことをはっきり言ってくれる、良い奴なんだから。何も恥ずかしがることはない」

「うぅ、面と向かって言われると余計に恥ずかしくなる……! でも、まぁ、そう言ってくれて嬉しくもあるけど、さ」


 ランスは臆面もなくはっきりとそう話す。

 それに照れながらも、サイトはランスの褒め言葉を受け取った。

 二人の間に、和やかな雰囲気が包まれていく。しばらく無言の時間が起きたが、それも穏やかなものであって、緊迫感のある状況ではない。

 そんな無言の時間を終わらせるのは、寒々しい夜風。サイトの体を震わせ、くしゃみを誘発する。

 鼻水をズズッと吸ったサイトは、次いで体を腕で抱きしめて擦り白い息を吐いていった。


「うー、寒い。ランスさん、そろそろ戻ろうか? 皆も心配してるだろうしさ」

「そうだな。じゃあ、戻るとしよう。足元に気を付けて帰るぞ」

「言われなくても分かってるよ。それじゃあ、行こっか」


 サイトが先導する後に、ランスも着いていく。

 その道中、サイトの後ろ姿を見たランスは……微笑ましいものを視るように、目を細めて。


「お前なら、世界を――――」


 そんな言葉を、静かに、誰にも聞かせることのない声量で、呟くのであった。

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