第四十七話 頑張りと応援と
「アリスー、いるー?」
ランスとの会話の後、サイトはアリスのいる部屋の前までやって来ていた。
扉をノックし、聞こえるように声をかけていく。
少しして、中からアリスの返答がかかる。
「いいよー、入ってー!」
了承を貰い、サイトは扉を開けて中へと入った。
中にいたアリスはタオルを首にかけており、どうやら筋トレをしていた様子。
汗を拭きながら、彼女はサイトへと不思議そうに話しかける。
「どうしたの、サイト君? 私に何か用?」
「えっ、と。ランスさんを追いかける時に、背中を押してくれたでしょ? そのお礼を言いたくて……ありがとう、アリス」
「あっ、その事かぁ。その様子だと、励ますのが上手くいったんだね! 良かったぁ」
アリスは天真爛漫な笑顔を、サイトへと向けていった。
そんな彼女に対し、サイトもにこやかな笑みを浮かべて言葉を返す。
「うん、本当に。それもこれも、アリスがあの時にきっかけをくれたからだよ。改めてもう一回、ありがとう」
「……何か、改まってそう言われると照れちゃうな。サイト君、そういう所あるよね。素直に相手に対して想いをぶつけられるっていうか。凄く良い長所だと思う」
「それ、ランスさんにも言われた。へへっ、もう本当に長所として胸張っていこうかな」
二人の間に、和やかな雰囲気が漂う。
お互いに照れて頭や頬を掻く中で、二人は備え付けられたベッドに、少しだけ間を空けながら隣り合って座っていく。
沈黙が暫く続いていく。手を弄るサイト、髪を弄るアリス。
そうした中で、ふとサイトがあることをアリスへと尋ねていった。
「あのさ、アリス。前から聞きたかった事なんだけど、何でアリスはそんなに頑張れるの? 筋トレもだし、今回の任務に同行するのも。いつ厄者が襲ってくるかも分からないし、魔獣だっていっぱい外にはいる。怖いとか、思ったりしない?」
「えっ? うーんそうだなぁ。確かに怖い気持ちはあるけど……その気持ちよりも私は、誰かを助けてあげられない事になっちゃう方がよっぽど怖い、って思うから」
「……それは」
アリスの返答に、サイトは眉根を寄せながら辛そうな声を出す。
そして彼女は、真剣な顔つきで腕を組むと、サイトへと熱意を込めて話していく。
「私はあの時、村の皆を救えなかった。その時の無力感や苦しみは、ずっと私のしこりになってる。だからもう、あんな思いはしたくないって。そう、考えてるんだ」
語るアリスの内容を聞いたサイトは目を丸くする。
――――アリスは今でも、後悔がその心に残っている。けど、ただ落ち込んだり腐るんじゃなくて、前に進もうと頑張ってるんだ。
彼女の意志は、固まっている。
少なからずの尊敬の眼差しを向けるサイトに対し、アリスは顔を赤らませながら頬をかいて更に話をしていく。
「って、こんなに色々話しちゃってるけどさ。そのきっかけというか、頑張ろうって気持ちにさせてくれた一番の要因は貴方だよ、サイト君」
「へっ、僕が? ……何で?」
「何でって……貴方に助けられたからだよ。寄り添ってもらえた、勇気づけてくれた。そんな優しい貴方に私は救われたから、こうして勇気を抱いて頑張れるんだよ」
アリスはそのままサイトの手を握る。
先程まで筋トレをしていたからか、アリスの手はいつもより体温が増して温かくなっていた。
ラヴィーネの気候、気温も合わさって、よりその熱はサイトの手に――――強く、届く。
「伝わるかな、私の気持ち。強く抱いてる想い、貴方への願い。私は貴方を守りたい、その気持ちはこれからもずっと変わらないから」
アリスの透き通った水色の眼差しが、暖かな輝きを持ってサイトへと向けられていく。
サイトはそんな彼女に……どう言葉を返そうか悩んでしまう。
――――アリスの気持ちは嬉しい、そしてその想いの強さも十分に伝わっている。
――――なら、自分はどんな返事をすれば良いのだろうか?
――――彼女へとかけられる相応しい言葉を、自分がかけられるのか?
悩んだ末に、兎の少年が出した言葉は。
「――――そう、なんだ。アリス、やっぱり君は凄いよ。本当に……俺の方が、助けられちゃうぐらいにさ」
そんな言葉だった。
にこやかに微笑みながら、サイトはアリスの穏やかな瞳を見つめていく。
そして――――それを聞いたアリスは、その瞳を揺らして返答する。
「そんな、私なんかまだまだだよ。サイト君達に追いつけるように、これからも全力で頑張るつもり」
「……そっか。なら、俺はそれを応援するから。一緒にトレーニングに付き合ったりもするし」
「うん、ありがとう! そうしてくれると嬉しい。……ねぇ、サイト君。私もさ、貴方を応援するよ? それに、サイト君だってちゃんと成長出来てるんだから」
手を熱く握りながら、彼女は続けざまにサイトへと言葉をかけていく。
「だからさ。貴方はもっと自信を持っても良いと思う。誰から見ても、貴方はよく頑張ってるんだから」
「……そう、かな。そうだと、いいな」
「そうだよぉ! それにソウジだって絶対そう言うに決まってる!」
ズイッとサイトの顔に自身の顔を近づけるアリス。
距離が縮まり、唇は目と鼻の先。
近い。
彼女特有の甘い匂いと、優しくて、ふんわりとした空気。
それらを感じ取った、サイトは。
無意識のうちに。
――――彼女の肩に、自身の鼻先を擦り付けていた。
アリスは呆気にとられて口を小さく開いており、何が起きたのか分からずにサイトの事を見つめている。
そして、当のサイトは。
少しの間、肩に鼻先を擦り続けてツンツンとその鼻を押し当てていき。
「えっ、と……サイト、君?」
流石に何とかしなければと思ったのか、アリスは遠慮がちに声をかける。
すると。
「……えっ。――――あっ、う、嘘だろ!?」
仰け反りながら、兎の彼は慌て始める。
自覚の無かった行動だったのか、行った本人も大きく動揺してしまっている。
手を忙しなく動かし、焦りながら彼はアリスへと謝罪の言葉を口にする。
「ご、ごごごごごめんアリス! 他意はないんだ! 全く、一切、全然!」
「べ、別に大丈夫だよ。それに、ふにっと柔らかくて気持ち良かったよ?」
「〜〜〜〜〜あーもう! 恥ずかしい!」
鼻先を手で押さえて恥ずかしがるサイトを不思議そうに見つめるアリス。
そんな彼女の疑問に答えるかのように、ハヤテがサイトの中から出てきた。
羽根を用いたジェスチャーで、説明をしていく。
「あー、アリス。獣族にはそれぞれの種毎に特徴的な行動があってだな。兎種の場合は、鼻先で何かしらの行動を取ることもその一端なんだ」
「な、なるほど? じゃあ、さっきの鼻をツンツンしてきてたのは?」
「兎種が他者にツンツンするというのはつまり……甘えたいという欲求と同時に、その対象に対して信頼を寄せているという証なんだよ」
へー、と感心するような声を出すアリス。
そんな彼女と解説するハヤテの傍ら、サイトはその顔を非常に面白く変化させている。
恥ずかしいだとか、自分がダサいだとか。
そうした気持ちを抱えているのだろう事が読み取れそうなほどに珍妙な顔変化だ。
ハヤテはそんな状況のサイトに対し、半ば呆れながら説明を続ける。
「そもそも今回の場合、サイトが未熟なだけだ。アリスが気にする必要は全く無いぞ」
「なっ! こんの、ハヤテ! やめろよそういう事言うの!」
「うるさいぞ。そもそもこんな事故如きで慌てふためくお前が悪い。……くぁ。俺は戻るぞ」
麻色の体毛の中で赤面していると思われるサイトが悔しげに顔を歪ませている中で、ハヤテは眠たそうに欠伸を一つするとサイトの中に戻っていった。
何とも微妙な空気が、部屋内に流れていく。
流石に居た堪れなくなったのか、アリスは話を区切る様に手をポンと合わせて言葉を出した。
「――――えぇっと! もうそろそろ夜も遅いよね? 寝なきゃいけないねー! じゃあ、お休みサイト君ありがとう! 明日から、がんばろー!」
「そ、そうだね。……お休み、アリス」
「うん! じゃあね!」
そうして、サイトは落ち込みつつも部屋を出ていった。
その後、二人はそれぞれ頭を悩ませていくことになり。
「……鼻を、擦り付けるとか。グリグリして、あんな、恥ずかしい事ぉぉぉ……!」
『本当にお前はあれだな。初心な子供、だな。見ていて心配になる』
「うるっさいな! ……はぁ、明日からアリスとどうやって顔合わせればいいんだぁ」
サイトは先程の痴態を思い返し、悶絶。
そして、アリスは。
「………………何か、凄いことになっちゃった気がする。言葉にするのが、ちょっと憚られるぐらいの」
ベッドに座りながらボーッとしつつ、顔は少し赤くなって。
しかし、彼女は真剣な表情で胸を手を当てつつ。
――――でも。さっきは事故みたいなものだったのかもしれないけど、サイト君から甘えたいと思うなら甘えてもらってもいいんだけどなぁ。
そんな事も、考えていた。
頑張りすぎる彼に、少しでも安らかな時間を与えられたら。
それはとても、善き事だと思うから。
一つ、アリスの中で目標がまた増えるのであった。
甘えてもらえるような人になるという、そんな目標を――――。




