第四十四話 自分を保つ
龍魂祭を手伝ってから、少しして。
サイト達は街道を進んでいた。
ゲルダもしっかりと顔を隠して、今度こそはきちんとした視察を行うつもりでいる。
そんな中で、彼女は見る。
様々な人々が、慌ただしく何かしらの行動を起こしているのを。
「ほらお前ら、早く帰って気合入れっぞ! この宝石をフィデーリス家の人達にしっかり売れるように加工しなきゃなんねぇんだからな! 緻密に繊細に、けれど大胆に作業するんだ!」
「さぁ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい! ホカホカ柔らかふっくらパン! 食べればほっぺは溶け落ちて、舌は幸福で満ち足りること間違いなし! 是非立ち寄っていってくださーい! 試食も出来ますよー!」
宝石彫刻師の人々が、工房へと戻って作業をしようとしている姿。
パン屋の若い女性が、エプロンとコック帽を着て呼び込みをする姿。
そんな人々を見たゲルダは安心したように息を吐き出す。
サイトはサイトで、物珍しそうに周りを見渡している。
知識の中では知っていた、そういう職業のそういう人々。
アストラでも何度か目にはしていて、やはり熱意というものが伝わってきて凄いと彼は心の中で頷く。
そんな彼に、ゲルダは微笑んで話しかけていく。
「どうでしょうか、サイトさん。私が誇る国の人々は」
「えっ。……うん、なんか見てて凄いなって。熱意とか、やる気とか。そういうものが伝わってきてさ」
「ふふっ、そうでしょうそうでしょう。ラヴィーネの人々は、地域の寒さに負けないほどの熱を持っているのです。日々を健やかに過ごしていくその姿を見て、私の心は暖かくなるのですよ」
街道を進む他の住人の様子を確認しながら、ゲルダはその様に話していく。
その瞳に映る人々は、全てが守るべき民の姿そのもの。
それは、一つの愛の形と言っても良いだろう。
何故なら彼女の視線は、慈しみを持って民達を見ているのだから。
そんなゲルダを見たサイトが、ある一つの質問を投げかけようとした。
その時、広場らしき場所から大きな声が聞こえてくる。
「皆さん! 今こそ我らがオルド神を信奉しましょう! 祈り、願い、心を強く持って! そうすれば必ずオルド神が災厄から皆を救ってくれます!」
「ご覧になられているでしょう!? 道端に倒れ込みブツブツと狂ったように愛を欲する者や、関係のない他者に襲いかかり、無理やりにでも愛を享受しようとする者を! こんな異常事態が起こっているのも、全ては祈りが届いていないからなのです!」
「我らを救ってくださるのは、オルド神だけなのです! さぁ、共にオルド神を讃え、そして光を得るのですよ……!」
何かの礼拝服を着用した初老の男性が、他の信徒と共に往来する人々を目立つ石像の前で宗教に勧誘する光景。
それが、サイトの目に映った。
聞こえる声色は熱を持っている。
その熱は狂信的とも言えるもので、先程の彫刻師やパン屋の人の様な微笑ましいものではない。
サイトは思わず、目を逸らしてしまった。
自身の過去に関わっていた兎輝星教に似ていたことによる嫌悪感からか。
鮮明に思い起こされる、加虐的な日々。
狂気的な熱を持った者たちによる、強制的な躾。
身震いをするサイトに、ランスは庇うように彼の前へと立つ。
「大丈夫か? ……少し、魂がざわついているようだが」
「えっ!? あぁ、いや、その。……大丈夫、別に大したことじゃないから。うん、本当に」
「……そうか。無理はするなよ」
ランスがそのように労いの言葉をかけ、ゲルダも心配そうな表情をサイトへと向けていく。
「オルド教の方々と何かいざこざがあった、とかですか?」
「その……昔に、似たような人たちと面識があってさ。苦手意識? みたいなのが僕の中にあるんだと思う。あぁいう何かに盲信的な人たちは怖いっ、ていう意識がさ」
「……そうなのですね。でしたら、ひとまずここから離れましょうか。オルド教の演説は一度始まると、暫くの間は止まりませんからね」
ゲルダの提案に、サイトとランスは頷いて広場を後にしようとした。
その時。
どん、とサイトの体に衝撃が走る。
前を見れば、そこにはサイトよりも背の低い狐種の獣族の男性が立っていた。
寒い地域には似つかわしくない動きやすそうな上下服。上着にはパーカーが付いており、色味は闇に溶け込めそうな黒と灰色で、ブーツも黒い。
毛並みの色も灰色で、鼻下から首元にかけては白。瞳の色は黄緑。
目尻はとろんと垂れていて眠たげ。
そんな狐は、ぶつかったサイトの事をジッとその眠たげな目で見つめる。
その視線は、どこかサイトのことを観察しているような様子で……視線を向けられたサイトは警戒心を心の中で引き上げてしまう。
しかし、そんなサイトの警戒とは裏腹に狐の彼は気怠そうに、けれど気安い感じで話しかけてきた。
「……あー、すんません。ボーッと突っ立っちまってたわ。悪いね、怪我ない?」
「えっ? えっと、はい、大丈夫です。っていうか、僕より貴方の方が大丈夫ですか? 僕からぶつかってしまったわけだし……」
「いいよいいよ。言ったっしょ? ボーッと突っ立っちまってたって。ちょいと気ぃ抜けちまってたんですわ。だから、オレの落ち度。あんたが気にすることなーんもない」
にへらと笑いながらサイトの肩を叩く彼の様子からして、本当に怒っていないのはサイトから見ても分かった。
先程の視線は気になるが、それはそれとして悪い人ではないのかもと兎の少年が思っていた時、ランスが彼に問いかける。
「失礼、少し質問してもいいか? お前のその記章、聖ドゥケレ騎士団の物と一致するが……お前は騎士団の者なのか?」
ランスの指摘に驚き、サイトは狐の彼の胸元を見てみる。
すると、確かに記章があった。
思い起こせば、ボーデンで出会ったホリィにもそのようなものがあったような気もする。
ともかく目の前の彼は、そんな団員であるかもしれない。
サイトがそう思考している間、ゲルダも狐の彼に話しかけた。
「もしかして……貴方が今回、聖ドゥケレ騎士団アヴァル本部から派遣された、シムラクラム隊の方ですか?」
両者二人からの問いに、尋ねられた狐の彼は耳をピルルと動かし、ニマーっと笑みを浮かべて肯定する。
「へへっ、そうっす。シムラクラム隊団長、ヴィシオ・シムラクラム。ラヴィーネで起こる問題に協力して解決せよとの命を受けて、こうして馳せ参じてる次第。まっ、よろしく〜」
自己紹介を済ませ、軽快に握手を交わそうとするヴィシオ。
それに対し、サイト達は少し呆気にとられながらも応じていく。
柔和な笑みを浮かべたままのヴィシオは、今度は自分の番とばかりに会話を切り出してきた。
「そういうあんたらは……獣龍種のランスさんはまぁ分かるとして、一番背の低いあんたはギルドの関係者か貴族の方かな? 俺らが来ること事前に知ってんのはそこらぐらいだし。うーん声色や口調、所作からして……王女様だったりして」
「えっ。えぇっと、そんな事はない、ですよ? わたくしが王女だなんて、そんな」
「へへっ、後半は軽いジョークっすよ。王女様が顔隠して街の中を来訪とか、普通しないだろうし」
小粋に尻尾を揺らしながら話を進めるヴィシオは、手を左右に振りながらそのように話す。
ジョークとは言いつつ、目はあまり笑ってない。割と本気だが、何かしらの意図を汲み取って敢えて断言しなかったのだろうか。
サイトがそう思っているのも束の間、自身にも矛先が飛んでくる。
「んで、背の高い方のフード被ってる人は……まぁ匂いからして獣族っすよねー。ただ、嗅いだことないタイプの獣族なんすよね。なんかホワホワしてるっす。けど今は若干、警戒してるっすね?」
「っ……べ、つに。そんな事、ないよ」
「なっはは。そーんなに警戒しなくても、敵じゃないんだから取って食ったりしないっすよ! その立ち振る舞いや腕の筋肉からして、ギルド員かなんかでしょ? いやー、いい鍛えっぷりっすねぇ。ウチの団員達にも見習わせたいぐらいっす」
ペタペタとサイトの腕を触りつつ、うんうんと一人頷くヴィシオ。
その様子はひょうきんであり、緩い話し方はこちらの警戒心を削いでいく。
だからこそ、彼のことを怖い人だとサイトは思った。
その会話術の仕方、こちらを伺う目の動き。
隅から隅まで観察され、全てを丸裸にされてしまいそうな感覚は、今のサイトにとってこの上ない恐怖になるから。
そんな彼の様子を見たヴィシオは、耳をぺたんと折りたたませながら申し訳なさそうに苦笑いをした。
「ありゃりゃ、本気に嫌悪感募らせてるっすねこれは。すまねぇっす、仕事柄こういう詮索が癖になっててどうにも止めらんねぇんすよねー……」
「……何、か。うん、何か苦手、かも」
「ぶはっ! 馬鹿正直! あんた面白いっすね! 名前、教えてもらってもいいっすか? この際っすし、交友関係は深めておきたいんで」
言われたサイトは、渋々といった調子で今の名を名乗っていく。
「サイト、です。サイト・オウンズ」
「ふぅん? あんたが王が噂してたあの? いやでもなぁ……まっ、いっか。ともかくよろしくっす、サイト君」
「? あぁ、はい。よろしく、です」
改めて差し出された手を握り返し、握手を交わす。
そうして会話が一通り終わり、お互いにひと呼吸ついて。
ゲルダがそろそろ戻らなければならない、という事を話すと別れることとなった。
その際、ヴィシオはサイトに対しある事を最後に話す。
「サイト君、あっちにいる彼ら……オルド教の人らの事だけど。正直、嫌に思ってたっしょ? 話してる最中も、何度か声の上がってた彼らの方をチラチラ見てたし」
「えっ!? あぁー、えぇっと、その……はい、ちょっと苦手意識あります」
「ははっ、だろうねぇ。確かに過激なところもあるから、嫌なやつは嫌だろうさ。でも……神に縋らなきゃならない程に、今の世ではいつ災厄による被害があるか分かったもんじゃないのも事実なんす。だから、あんましオルド教の奴らを責めすぎんであげてほしい。彼らなりの、自分を安定させる方法なんすよ。あの行いは、ね」
憂うような視線を向けながらそう言葉を出すヴィシオに、サイトは視線を逸らす。
分かってはいるつもりだが、それでも苦手意識がすぐに消えるわけではない。
その正直な態度を見たヴィシオは、再度吹き出して笑うとサイトの肩を叩いた。
「まっ、言いたいことは言ったんで。オレもそろそろ失礼するっす。んじゃ、また会いましょうね〜」
そうして、ヴィシオはひらひらと手を振りながら人混みの中に姿を消していく。
彼の後ろ姿が見えなくなった頃に、ゲルダは大きなため息を吐いていった。
ちょっとした緊張感もあったヴィシオとの会話は、彼女にとってかなりの心労となっていたのだろう。
労うためなのか、ランスが彼女の肩に手をかけながら心配するような視線を向けて話しかける。
「お疲れ様、だ。何ともまぁ、掴みづらい相手だったな、彼は」
「えぇ、本当に。あの人……ヴィシオさんは、凄くよく相手を観察できる人なんだと思うの。だからあぁやって、私の正体にも勘づいていたりしたんでしょうし。何よりはあの緩い雰囲気。あれについつい気を許して、ポロっと自分から会話をしてしまうのだから、また末恐ろしいわね」
「……うん、そうだね。でも、あの人は悪人ではないんだと思う。わざとらしい人だったけど、最後に話したことに関しては嘘偽りない言葉だったと思うから」
『彼らなりの、自分を安定させる方法なんっすよ』
その言葉を、サイトは頭の中で反芻していく。
災厄や厄者による被害は、常にどこかで起こり続けている。
そんな被害による不安や苦しみから逃れる為の行動として、オルド教の信徒達は自身の信じる神へと祈りを捧げる日々を送っているのだ。
そうした行動を、どうして自分が責められようか。
他ならぬ|兎の少年《サイトと名乗る自分自身》が、絶対的に自分を信じ切れてはいないというのに。
目を伏せ、あからさまに気が沈んでいるサイト。
そんな彼の頭にポンと優しく手を置いたランスは、言葉少なに励ましの言葉をかけていく。
「考えすぎても、いいことはない。今はただ、目の前のことに集中しろ」
「ランスさん……うん、分かった。ありがとう」
「礼を言われる程のことではない。では、俺たちも城へと向かうとしよう。彼女を送り届けなければならないからな」
ランスの言葉に従い、彼らは城へと向かっていく――――。
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数分ほど歩いて、サイト達はアニマ・ポラリス城の門前へと辿り着いていた。
時間帯は既に夕暮れ時、橙色の太陽光が遠くから射し込み都市を夕焼け色に染めてゆく光景は、本当に感嘆させられると、サイトは道すがらに思っていた。
そんな景色の中で、ゲルダは丁寧な所作のままにサイトとランスに対してお辞儀をしていく。
目を丸くするサイトを知ってか知らずか、ゲルダはそのままの姿勢で喋り始める。
「サイトさん、それにランス。今回の勝手でわがままな視察に同行してくださって、ありがとうございました。助けてくださったことも含めて、本当に。この場でお礼の言葉しか渡せないのが非常に心苦しいです」
出てきた言葉の内容は、そんな感謝の言葉で。
サイトは腕をわたわたと慌ただしく動かしながら、ゲルダの顔を上げさせようと返事をする。
「いやいやそんな! 顔を上げてよゲルダさん! 僕は別に報酬を貰いたいとかそんな気持ちで貴女に同行したんじゃなくて、単純に手伝いたかったから同行したんだし!」
「……そう言ってくださると、わたくしの心も安らぎます。ですが、それはそれで、これはこれです。また然るべき時に、然るべき報酬をお渡しすると約束しますね?」
「えぇー……ランスさんからも何か言ってよ。本当に僕、報酬とかそういうの要らないからさ」
頑ななゲルダに、サイトは困り顔でランスに助けを求めていく。
しかし、助けを求められたランスは微妙な顔つきだ。
「俺に言われてもどうにもならん」という言葉が口にするまでもなく伝わってくるような、そんな顔つきを見せられてはサイトも承諾するしかなく。
「分かった、分かったよ。ゲルダさんからの報酬、楽しみにしてる」
「ふふっ、ありがとうございます。では、わたくしはここで。また出会えるその時を、楽しみにしております」
別れの言葉を交わし、ゲルダは城へと帰っていった。
その後ろ姿を見送った後、サイトはランスに対し少しだけぶっきらぼうな調子で話しかける。
「ランスさん、最後のあの瞬間諦めてたでしょ。表情だけでなんとなく察しがついちゃったし、ひとっことも発さないんだから」
「すまないな。ゲルダはあぁなってしまうと、意地でも意志を曲げようとしないんだ。だから、あのようにこちら側が折れてしまった方が早く済む」
「……なんだかなぁ。っていうかランスさん、ゲルダさんの事をよく知ってる風に語るけどさ。ランスさん自身はゲルダさんとはどれくらい関わってるの?」
サイトはランスに尋ねる。
どういった経緯で、どういう風に関わるようになって現在の関係性に至ったのか。
それが、気になったから。
尋ねられたランスは、考える素振りを見せる。
少しの沈黙の後、彼は小さく白い息を吐き出しながら返答した。
「十四年程の付き合いになるな。彼女が十の齢に達した頃に初めて出会い、そこから彼女との交流が始まった。元々フィデーリス家とは三百年前から交流があって、そこからの付き合いで今に至っている」
「さ、三百年も前から!? そっか、フィデーリス家がそもそも五百年前から存在してるんだし、それぐらいから交流があっても不思議じゃないね……ランスさんのお兄さんも、その頃からいたんだったよね?」
「あぁ、そうだ。ハスタは昔からの国王の他に、ラヴィーネ現国王であるラウル王と亡き王妃のペイリ殿下とは懇意にしていたよ。本当に仲睦まじい様子で、ハスタ自身もフィデーリス家を恨んでいたりはしなかったんだ。あの事件までは、な」
悲しみを秘めた瞳は、サイトの方を見ずに明後日の方向へと向けられる。
ランスは自身の兄の事を話そうとする度に、どこか後悔を含んだような表情をするのだ。
傍目から見ればまるで変わっていない真顔のままでも、彼と触れ合ってきたサイトからすればその微細な変化にも気付いてしまう。
それはまるで……兄が消えたのも、フィデーリス家を恨むのも、その全てが自分のせいであるかのような顔であり。
その顔は、今の自分にもどこか当てはまりそうで、見ていて苦しくなる。
――――あぁ、俺もそうだな。俺のせいで兄さんは消えた。この世から、その存在の全てが。
――――だからこそ、俺は俺が許せない。
――――けど、ランスさんはそれでいいのか?
サイトは考える。
自分はそうだが、ランスはまだ違うのではないかと。
まだ、希望は見えているのではないかと。
しかし、サイトは何も言えずにいた。
今のランスに、どんな言葉をかけようか、悩んでしまったからだ。
その間にランスは、いつもの調子を取り戻してサイトに言葉をかけていく。
「……さぁ、ギルドに戻るとしよう。そろそろ夕食が出る時間帯の筈だ」
「そ、そうだね。うん、とにもかくにも作戦に向けて頑張らないと!」
こうして、二人は少しだけ気まずくなりながらも、ギルド『凍える龍の理想郷』へと歩みを進めていった――――。




