第四十話 獣龍の兄、来たる
ラヴィーネはやはり都であるからか、人並みもかなり多い状態なのは必然であり。
人混みは程々にあるので、サイト達はぶつからないように間隔を開けて道を進んでいた。
はぐれることがないように、時々ソウジが声をかけてちゃんと着いてきているかの確認も取っていた。
そう、しっかりと彼らはコンタクトを取っていたのだ。
だからこそ、はぐれるなんてあり得ないと誰もが思っていた。
全員、そこまで抜けている人物もいないのだから。
――――なのに、兎の少年は。
「ソウジー? アリスー!? ……ウッソだろ、本当にはぐれちゃった!?」
盛大に、はぐれてしまっていた。
街道の雑踏から、何故か逸れて路地裏の様な所に入ってしまっている。
呼びかけはしたが、もうソウジとアリスの姿は見えない。
そろそろ着くという段階ではぐれた為に、既に二人は目的地のすぐ近くにいる可能性が高い。
つまり、自分のせいで多大な迷惑をかけてしまっているという事になる。
サイトは焦る、大いに焦る。
「と、とにかくまずは深呼吸。そして、状況確認! ここは路地裏、かな? んで、街道方面には……すっごい人混み、駄目だもう合流なんて出来そうにないぞ!?」
『落ち着けサイト。焦った所でどうにもならん。取り敢えずお前もギルドに向かってみてはどうだ? 何なら建物の屋根伝いからでも構わないだろう。非常事態だ』
「……でも、雪降ってるし。上は視界も良くないと思うから、下手に滑って事故ったりでもしたら下にいる人達が危ないだろ? はぁ、本当にどうしよ」
ハヤテと会話をしても、それらしい打開策は見つからない。
サイトはフードの上から後頭部をポリポリとかいていく。
突然のアクシデントに、彼らは今ちょっとしたピンチであった。
そんな彼の耳に、突然大きな声が聞こえてくる。
「なぁあんた! 俺の愛を受け取ってくれよ! この際誰でもいいんだ! 俺の愛を、愛を愛を愛を愛を愛を愛を愛を愛を愛を愛を愛を愛を愛を愛を愛を愛を! 受け取ってくれぇぇぇぇぇ!!!!!」
「俺も、俺もだ! 俺も愛してくれよ頼むよ愛してくれ頼む頼む頼むぅぅぅぅぁぁぁぁあぁあぁああぁ!!!!!」
「きゃあ!? な、何をするのですか!」
声のした方向へと進むと、そこでは。
やさぐれた男と、身なりの汚い男がフードを被った人物に向かって襲いかかろうとしていたのだ。
その瞬間、サイトの体は勝手に動き出していた。
フードの人物を庇うように前に出て、男性達を威嚇するように声を張り上げる。
「あんた達、何してるんだよ! 急に人を襲おうとするなんて!」
「あぁっ!? 誰だお前! お前が代わりに愛してくれんのかよ俺の事をよぉ!? なぁそうなのか!? そうなのか!? そうなのかよぉぉぉぉぉ!?」
「何を言って……っ!」
そこで、サイトは男達の目を見た。見てしまった。
黒く濁りきった瞳、結膜は血走り赤く染まりきっていて、どう見ても普通の状態ではない。
目の前の男達の異常性に、サイトは庇う姿勢をより強固にしていく。
威圧する様に睨みつけるが、全く効果は無いようで。
男達は一切怯むことなく、再度襲いかかろうとする。
「もう誰でもいいんだ……愛してくれ、愛してくれ。愛して愛して愛して愛して愛して愛して……愛してくれよぉ!!!!!」
「俺を! 俺を愛してくれ! もう下手なことはしないから! もう馬鹿なことはしないから! だから、頼むから! 愛してくれぇぇぇぇぇ!!!!!!!」
『サイト、もうこうなってしまっては構えるほかないだろう!』
「くそっ! 手荒になっちゃうけど、止め――――」
ようとした。
覚醒石の力を使ってでも、この男達を制圧しようとサイトは思っていたのだ。
しかし、その考えは一瞬にして覆されることになる。
「っ!? この威圧感は……!」
路地裏の、奥の方。
暗がりの中から迸る、ただただ相手を圧倒する為だけに放たれてくる威圧感。
それにサイトは気付いた、気付いてしまった。
思わずそちらに警戒を割いてしまう程に、その威圧感は恐ろしかったから。
ともすれば、それだけでこの場の全員を殺せそうなぐらいに。
隣にいるフードの人物も気丈に立っているが、体は微かに震えている。
そして、襲おうとしてきていた男達は……その威圧感に当てられたのか、口から泡を吹いて倒れていた。
サイトはそうなった理由にも検討はついている。
発せられた威圧感は、その全てがこの男達にだけ向けていたから。
だから男達だけが、こうして倒れる形になったのだと。
サイトは、心の中で呟く。
――――俺や、隣のフードを被ってる人に向けられたものじゃないのにこれだけ恐怖が浮かび上がるなんて。ただの余波なのに、凄まじすぎる……!
そのように。
強大な恐怖と相対する感覚を、感じていた。
そしてそれは、サイトの中にいるハヤテも同様で。
『――――サイト。気を緩めるなよ。この圧を放っている奴は強い。まず間違いなく、お前を簡単に下せる程には、な』
そう、目の前から圧を放つ謎の存在を評する。
緊張感は最高潮に高まり、サイトの毛先には汗が滴り落ちていく。
そんな中で、サイトは後ろのフードの人物を向いてニカッと笑った。
「大丈夫。僕が……守るから!」
サイト自身も、恐怖を抱いてはいる。
けれど、ここで目の前の大きな威圧感を放つ敵と呼べる存在に立ち向かわない理由にはならない。
「……! ふふっ、ありがとうございます」
そんなサイトの言葉を聞いて、フードの人物は小さく涼やかな声で笑うと感謝する。
和やかな空気が一瞬だけ流れるも……目の前の脅威が消えたわけではない。
一触即発の空気の中、路地裏の奥から件の人物は姿を現した。
「……ふむ、なるほど」
低く、渋さの中に年季を感じさせる声。
そこから生じた見た目の印象は、一言で言えば『ゴツい』であろうか。
筋骨隆々、鍛え上げられた体躯は並大抵の存在ではないことを物語らせている。
そこに白が中心となった、黒の差し色が入っている毛並みはどこか荘厳さを感じさせる。
服装は、ある人物の道着と瓜二つ。
けれど色味は違う。その人物は青を基調とした、緑の挿し色が入った道着。
件の人物の道着は、黒を基調として赤の挿し色が入っている。
一言で形容すれば、禍々しい。
そんな人物の特徴的な部分を挙げるとするならば、三つ。
一つ目は、目隠し。前面部分に赤い染料か何かで一つだけの目が描いてある。
二つ目は、一つの角。立派に生えた黄色の角は、ある人物を思い起こさせた。
そして三つ目。それは、大きな尻尾。白に黒の毛並みである立派なその尻尾は、龍を彷彿とさせる勇猛さを表していた。
サイトは、目を丸くさせる。
何故なら、目の前の人物の特徴は正しく……獣龍種。あのランスと似ていたのだから。
そんな獣龍種は男性。
先程まで放っていた圧を収めながら、ジッとサイトの方に顔を向けていた。
警戒を緩めずに、その視線に対して真っ向から睨み返すサイト。
数秒の沈黙、長く静かな時間が過ぎていくと。
ふと、獣龍種の男性は「フッ」と鼻息を零した。
「? 何が、おかしいんだよ」
サイトは思わずその鼻息に反応して、獣龍種の男性に食ってかかった。
すると、獣龍は申し訳なさそうに首を振りながらサイトへと言葉を返していく。
「いや、何。お主のその気概、見ていてとても心地よく思ってな。我が発した威圧感を間近で感じていても尚、果敢に我に立ち向かおうとする……それも、後ろの者を庇って。であれば、心象的に良く思うのは当然の帰結であろう?」
そんな事を、男性はつらつらと語っていった。
急に言われた褒め言葉に近しい物に対し、サイトは目を点にして目の前の男性を見つめてしまう。
調子が変に乱される様な感じ。そこも、ランスと似通っていた。
と、そんな事を考えていたら。
不意に後ろから声がかかった。聞き慣れた、さっきまで考えていた人物の声が。
「お前達、大丈夫か!」
やって来たのは、ランス。
その特徴的な二本の黄色い角と白い毛並み、全てを見透かすような緑色の眼に今は安心感を覚える。
彼はすぐさまサイト達と目隠しの獣龍種との間に立ち入ると、目の前の獣龍種を見つめていった。
すると。
「――――あんたは、そんなまさか!?」
緑色の目を見開く。
分かりやすいほどの動揺に、サイトの方も驚くことになった。
そして、フードの人物も。
掌を握りしめながら、ランスともう一人の獣龍種を見つめていく。
困惑が辺りを包む中、獣龍種の男性は動き出した。
自身の手に槍を出現させると、それを握りしめ。
流れるように槍の切っ先を――――サイトの後ろにいるフードの人物へと向けた。
達人のような動き、並大抵の存在ではない事がより強調される動き。
それらを感じ取ったサイトは身震いし……そして、ランスは。
確信した様に、歯をギリッと強く噛み締めて目の前の人物を睨みつけていく。
「やっぱりあんたは……俺の、兄さんなんだな? ハスタ、兄さん」
ランスの静かな問いには、普段の彼からは想像もつけられない程の熱が纏われていた。
必死、とも取れるその声色に、サイトは身を強張らせていく。
そして、その圧を浴びた獣龍種の男性はというと。
ランスの問いに肯定する、頷きと。
「久しぶり、と言っておこうか。ランス、我が最愛の弟よ。そして、その名は既に捨ててある。今の我の名は……ダハーカだ」
ランスにとって不可解な解答を、示した。




