第三十九話 コトノハは語る
コトノハを交えた旅は、存外騒がしくも楽しい時間であるとサイトは心の中で感想を溢す。
村で乗り換えた乗り物はアルブス・レノという生き物が引くソリで、乗員が乗る場所に当たる部分にはキャビンが備え付けられた豪華なものであり。
そんな快適な空間で、旅を楽しませてくれるコトノハが語りゆく話の内容は嘘か真か分からぬような、夢物語だと呼べるものばかりであったのだ。
『スノウステイトには旧くから龍族にまつわる神話が数多く伝えられていてねぇ。その信仰の敬虔さは随一! フィデーリス家の方々とは特に関係が深く、その交流は何と千年前にまで遡るとか……!』
『ヒノモトには妖と呼ばれる、魔獣ともまた違った未知の怪物が存在するらしい。その存在は人の営みに突如として現れ、からかうだけの時もあれば、命を弄んだ挙句に貪り食うとも言われている。ヒノモトではそんな妖に対抗する為に、妖退治に特化した勇者の団体も存在するそうだ!』
『ネブラヴィントと呼ばれる里は、その存在自体が滅多に姿を現すことのないエルフ族の隠れ里と呼ばれる所であり、里全体が常に移動しているが故に位置を特定できず、姿を視認させない所から〘隠秘の隠れ里〙と呼ばれているらしい。かくいう俺も、里の所在地はまるで把握出来ていない! 訪れた事もそれこそ、一度あったかないかだ!』
愉しげに、意気揚々と語っていくコトノハの姿に、サイトのみならずアリスも興味津々で聞いていた。
その瞳はワクワクと輝いており、まだ見ぬ異境への憧れが見えている。
そんな彼らを見守るように見つめるソウジ自身も耳と尻尾が動いており、話をよく聞いていることが伺えた。
そうして話をしていく中で、コトノハは時折神妙な面持ちを見せながら、更に語っていく。
「俺は、世界中の人を詩で幸せにしていきたいと思ってる。災厄の魔の手が蔓延るこんな世の中、何か一つでも楽しい娯楽があれば皆も心が穏やかになるだろう? だから、詩で皆を楽しませられたらって思うんだ」
彼の表情から感じられるのは、際限のないやる気に成し遂げられるだろうという強い意志。
その中にある朗らかな優しさも含めて、サイトは彼を善人であると感じ取った。
アリスやソウジ、イニティウム……これらの人物達とはまた違った、自らがやれる事を実践し行動していく善人。
「コトノハさんは、どうして皆を歌で幸せにしたいって思ったんですか? どんなきっかけがあったのか、気になります!」
そんなコトノハに対し、アリスが好奇心のままに質問をしていく。
彼女の言葉に、コトノハはこれまた大仰な仕草をしながら滔々と語っていく。
「それはだねぇアリス。俺の出来ることが、歌う事だったからさぁ! というのも、俺の生まれは名も無い小さな村でね。そこの教会で俺は育った。豪華な特産品とか、奇妙奇天烈な噂が蔓延る魔窟や森とかもない、本当に平々凡々な村でねぇ。そんな村で、俺は詩を歌っていた。楽しく、気の赴くままにね。そして、そんな俺の詩を聴いた者は皆……笑顔になっていた」
つらつらと、流れる水の様に彼の口からは次々と言葉が溢れ出てくる。
まるでそれは、物語を謳うかのような語り口で。
質問をしたアリスのみならず、サイトもソウジもコトノハの語る内容に耳を傾けていく。
「皆の笑顔を見ているとね、俺はとにかく嬉しかったんだ。俺の詩で、人を笑顔に出来るんだとね。そこから色々と紆余曲折はあったが、こうして旅を出来る環境も整って、現在俺は詩を人々に聴かせていく活動をしているのさ! それでまぁ。長々と話したが、きっかけは結局のところ人の笑顔の為、になるなぁ。うん」
耳にするりと入っていく、そんな語りが終わった。
聞き終えたアリスの瞳は、それこそ輝かんばかりにキラキラとしている。
感銘を受けたのか、彼女はコトノハへと羨望の眼差しを向けていた。
そしてそれは、サイト達も同様であるらしい。
彼が何故そのような行動を行っているのか疑問であったが、『他者の為に自身が全力で行動していく』という姿勢であったのが判明したのだ。
勇者として活動する彼らなら、その様に感心するのは当然であろうか。
そんな視線を受けたコトノハは、流石に気恥ずかしくなったのか頭の裏をかいて小さく笑う。
そのまま気を取り直した彼は、ゴホンと一つ咳払いをして話を再開する。
「まぁ、俺の話はこの辺りでいいんだよ。それよりも、俺は君達のような勇者の方が凄いと思うぞぉ! なんてったって、厄者相手に臆さず真っ向から立ち向い、そして常日頃から人々を守っているのだから! 君達のお陰で、人々は少なからず安心して毎日を過ごせてるんだよ。ありがとうね」
「そんな、コトノハさんの方がよっぽど凄いですよ! ……それに私は、勇者じゃないですし」
顔を俯かせながら、彼女は言葉尻を萎ませていく。途端に自信が無くなる彼女に、コトノハはキョトンと疑問を顔に浮かべていく。
何故そんな事を言っているのか、という顔。
コトノハはサイトとソウジの顔を一瞥した後、アリスへと朗らかな視線を向けていく。
「でもアリス、君からは勇者であるサイトやソウジに負けず劣らずの優しさを感じるよ。だから、そう卑下しなくても大丈夫さ。君なら必ず、人の為になる何かを為せると俺は思う」
彼は目尻にシワが少し寄ったその目を優しげに細めて、そう言った。
アリスは言葉を受けて、戸惑いながらも微笑み返す。
そんな彼女を心配そうに見つめるサイト。コトノハへと観察するような視線を向けるソウジ。
場が少しの間、沈黙に染まる……と、御者から突然に声がかかった。
「あんた達、そろそろラヴィーネに着くよ! 降りる準備しといてなぁ!」
その言葉に、サイトは顔を引き締める。
薬の出処である、ラヴィーネ。
ここでどんな出来事が起きるのか、それはまだ分からない。
都市の中でも雪降る光景は変わらないまま、眩い銀世界をサイト達に見せていた。
見渡す街並みは街灯の仄かな光が輝いており、行き交う茶色の厚着をした人々を淡く照らし出している。
並び立つ家々は石張り外壁であり、外気温の寒さをなるべく中へと通らせないよう、窓が厚く隙間も少ない仕様であるようだった。
都市の入り口から上に見える巨大な城『アニマ・ポラリス城』は、白く染め上げられた清廉さを感じさせる、息を呑むような美しさであり眺める者を圧倒する。
そんな景色を眺める中で、コトノハからサイト達へと会話を始める。
「さて、ここまでありがとうな君達! 道中、安心して向かうことが出来たよ。俺はこれから色々と詩を歌う為の準備をしなきゃならないから……君達とは一旦お別れだ。あっこれ報酬のお金ね」
「おぅ、そっか。……色々とありがとな、コトノハ。あんたの話、凄く楽しかったぜ」
「いやいや、俺は何もしていないさ! それじゃあ、また会おう!」
そう言って、コトノハは大きく手を振りながら街並みへと溶け込んでいった。
その背中を見送った後、ソウジは「よしっ」と一つ気合を入れる様に言葉を発してサイト達に向き直る。
その顔には俄然、やる気が湧いていた。
「んじゃ、俺らもギルドに向かうぞ。『凍える龍の理想郷』っつー名前が書いてある、龍の意匠が施された看板が目印だ」
「分かった。じゃあ、行こう!」
「うん、行こう行こう!」
ソウジの言葉に、続けてサイトとアリスも反応を示す。
向かう先はギルド『凍える龍の理想郷』である――――。




