第三十八話 雪覆う国、スノウステイトへ
新たな任務を言い渡されてから翌日、サイト達はギルド前に集合していた。
理由は勿論、馬車に乗り込む為。
初めて馬車に乗った頃はワクワクとしていたサイトであったが、今は過去の苦い記憶が蘇ってしまいあまり良い気分ではない。
露骨に、表情はげんなりとしていた。
そんな彼の様子に気付いたのか、アリスが疑問を抱きつつ話しかける。
「サイト君、どうしたの? 凄く顔色が悪いけど……」
「あー、えっと。ちょっと馬車にはいい思い出がなくてさ」
「そうなんだ。もし何かあったら言ってね? 気分が悪くなったりしたら、薬とかもあるから」
アリスはそう言って、自身の鞄から何種類かの薬を出す。
そのやり取りに、ソウジは感心するように「ほぉ」と一つ言葉を零した。
「ちゃんと準備してきてんだな、アリス。偉いじゃねぇの」
「当然だよ! あんな啖呵を切ったけど、私が戦力外なのは事実だからね。ちゃんと自分に出来ることはしておかなきゃ!」
「……アリス」
そうこう話していると、彼らの下に一つの幌馬車がやって来た。
御者である男性が、サイト達へと挨拶を交わしていく。
「あんたらが、スノウステイトにある都市ラヴィーネへと向かうギルドの人らだな?」
「あっ、はい。そうです」
「よしっ、んじゃ乗りな! 安心安全に送り届けてやるぜ!」
豪快にそう言いのけた御者に対し、サイトは不安げであったが……アリスが彼の手を握る。
驚いてアリスを見ると、彼女もまたサイトの顔をしっかりと見つめており。
その表情を、にこやかな笑みへと変化させて。
「大丈夫だよ、サイト君! 私がついてる!」
そう、言った。
彼女の言葉に、サイトは目を丸くさせる。
戸惑い、そして困り果てた彼はソウジへと視線を向けていく。
すると、ソウジもサイトの顔をジッと見つめた後にニカッと満面の笑みを向けて。
「そうだぜ、サイト。俺達がついてる」
力強く、言いのけた。
そんな彼女達に、サイトは視線を逸らしてしまう。
けれど、握られたアリスの手を強く握り返し、彼は二人へと精一杯応えていった。
「ありがとう、二人とも。出来れば……そうしてみようと、思う」
サイトの微妙な変化に、ソウジは気付いた。
けれど、そこに特に突っ込みを入れることはなくソウジはサイトの背中をバシバシと叩くのみ。
そんなソウジの行動を見たアリスも、どことなく憂いを帯びた表情をしつつも微笑んでサイトの手を引っ張った。
そうして、彼らは馬車へと乗り込んでいき、そのまま馬車は出発した。
彼らの向かう地は、雪覆う寒冷の地スノウステイト。
そこで待ち受けるのは受難か、はたまた祝福か――――。
――――――――――――――――――――――――――――
馬車での移動は、つつがなく進んでいった。
予防に飲んだ酔い止め薬がしっかりと働き、サイトは酔うことなく楽しげにアリス達と会話を行えた。
楽しく、健やかに。
会話を行う中で、アリスがふとキャビンのカーテンを捲って外の景色を覗いてみる。
すると、見えたのは一面に真っ白な大地が広がる清廉とした雪景色。
スノウステイトへと、突入したのだ。
御者である男性が、サイト達へとある報告をしていく。
「あんちゃん達! 悪いが一回、ここから少し進んだ先にある村で乗り物を変えてもらうぜ! ここから先は、専用のソリで進んでもらうからな!」
その言葉に、サイトは首を傾げる。
「何で? このまま進んだって、問題ないんじゃないの?」
「いやいや、そりゃ酷ってもんだぜサイト。ここから先は寒冷地帯、凍える寒さの国だからな。一回経由地の村で準備を整えてから向かわなきゃならんのよ。馬だって寒さには弱いから、寒さに適した動物に交代しなきゃならねぇし、乗り物だって雪道をなるべく進みやすいもんにしないといけねぇからな」
「へぇ、ソウジ詳しい! ……あっ、なら私なんてもっと準備しないといけないじゃん! 二人と違って体毛が無いから、感じる寒さも違うし。うぅ、なんか心なしか肌寒くなってきた気がするよぉ」
サイトの疑問にソウジが丁寧な説明を挟み、その説明を聞いたアリスが自身の体を擦った。
事実、寒冷地帯には入っている為に気温が低下しているのだ。
その影響も、如実に現れる。
経由地である村に着いた頃には、白い雪はチラチラと舞い地上を白く染め上げていた。
そんな寒さの中、サイト達は村へと降り立つ。
近くに建てられた木製の家屋に三人は入り、持参した防寒着に着替えていく。
家屋内は暖炉が焚かれていた為に、それほど寒さは感じられなかった。
しかし、それからまた外に出てみると、先ほどよりも寒さは増していたそうで。
サイトは息を吐き出し、腕を抱えながら擦り少しでも暖を取ろうとする。
「うぅぅ寒いなぁ……息も白くなってるし、本当に寒冷地って感じがする」
「そうだな。まぁ、防寒着があるから寒さはマシになるだろうが……アリス、お前は大丈夫か?」
「うん、大丈夫! ギルドの人が一緒に選んでくれた防寒着、とっても暖かくて動きやすいの! はぁ〜、さっきより寒さもないよー!」
雪が舞う中、アリスは踊るようにして移動していく。
そうしてはしゃいでいると、彼女は一人の立っていた人物にぶつかってしまった。
「うぉっと」
「きゃっ……あっ、すみません! ぶつかってしまって」
「気にしなくてもいいさぁ! 雪が降ってるからねぇ、はしゃいでしまうのも分かる分かる。オジサンも子供の頃はよく雪玉を作って投げたり、かまくらを作ったりしたもんだから!」
そうカラカラとあっけらかんに笑い飛ばすその人物は、人族の壮年の男性。
灰色の髪に濃い橙色の瞳。
白のサーコートを羽織り、その下には黒の上着を着ている。
黒のズボンにベルト、白のブーツにサーコートの背中側には菱形の黄色い紋様が刻まれている。
白のベレー帽も被っており、芸術家を想起させそうなそんな男性にソウジが話しかけていく。
「いやほんと申し訳ねぇ。それにしても……あんた、ただの観光人ってわけじゃなさそうだな。ここには何をしに?」
「おぉっ、俺の魅力溢れるオーラが分かるのかい!? 嬉しいねぇ……ととっ、何しに来たのかって話だった。俺は世界中を股に掛け、どこからともなく詩を奏でるさすらいの吟遊詩人! その名も、コトノハ様だ! この地域にも、詩を奏でにやって来たんだよ!」
大仰な動きで自身をアピールしながら、コトノハと名乗った男性は軽やかな口取りで言葉を発する。
そんな彼の一挙手一投足を、サイト達は不思議そうに眺めていた。
俗に言う、変な人を見るかのような、そんな視線を向けて。
しかし、コトノハはニヤリと笑みを浮かべながら更に言葉を続けていく。
「その感じ……俺のすんばらしいオーラに当てられているな!? いや皆まで言わずとも分かっている。ここは一つ、俺の詩を聴かせてやろう!」
明らかにズレた返答、勘違い。
けれど矢継ぎ早に話す彼に押されて、サイト達はコクコクと頷いて返事をしてしまった。
その無理やりにも近い了承を経て、コトノハは弦楽器を取り出すと、慣れた手つきでそれを爪弾いていく。
暫くの伴奏の後、彼は軽やかに口を開いた。
【覚めない 吹雪の中 我らは出逢う
此度の出逢いは偶然か はたまた必然 であろうか
それを決めるのは 他でもない 我らが決める 事である
さぁ 征け征け征くがよい 勇敢なり得る旅人よ
希望を胸に掲げ征け さすれば道は 開かれん
自らの 意志と勇気を ゆめゆめ忘れること無かれ】
次々と紡がれていく歌は、まるでサイト達を鼓舞するかのように朗々と響き渡る。
コトノハ自身の声量と、高らかに、かつ澄み渡るような歌声は、心に言葉がじんわりと染み入っていくようで。
自然と気持ちが高ぶり、興奮をより良い方向へと向かわせてくれるような、そんな感覚を味わった彼らは自然と拍手をしていた。
寒空の下でも聞き入ってしまうその詩を披露したコトノハの周りには、いつの間にか他のギャラリーも集まりを見せており、サイト達に負けず劣らずの拍手を繰り出している。
そんな賛辞の雨を受けたコトノハは恭しく礼をしていき、満面の笑みを浮かべていた。
それからまた、少し経った後。
ギャラリーは疎らとなり、周辺には人がいなくなって。
また四人になった所で、サイトはすぐにコトノハへと感想を告げていく。
「凄いよ、コトノハさん! 僕、詩ってあんまり聴いたことがないんだけど、素人の耳からしてもコトノハさんの歌声はプロだと思った!」
「はっはっ! 嬉しい事を言ってくれるねぇ君! ……そういえば、まだ君達の名を聞いていなかったな」
「あっ、そうだった! 僕の名前はサイト。サイト・オウンズって言います」
そのまま、ソウジやアリスも続けて詩の感想と自己紹介を挟んでいく。
「俺はソウジ・カンナギ。ソウジって呼んでくれ。後、さっきの詩は感動したぜ。また別のやつも聞きたいぐらいだ」
「私はアリス・フィーリアって言います! 私も凄く感動しました! 歌声とかもそうなんですけど、詩の内容も素敵で……こんな出会いが出来て嬉しいです!」
「はっはっはっ! 二人もありがとうなぁ! また詩は聞かせてやるよ! ところで、あんた達はここいらに何をしにやって来たんだ? 見た感じは……ギルドの関係者なんじゃねぇかって俺は睨んでるけども」
自己紹介の後、コトノハはサイト達へと質問をしていく。
質問には、どこか探るような感じが含まれているとソウジは感じ取った。
しかし、自分達は紛れもなくギルドの関係者で、そこに嘘偽りはない。
その点に関しては誤魔化す必要は全くと言っていいほどなかった為、ソウジは頷きながら質問に答えていく。
「あんたの言う通り、俺達はギルドの関係者……メンバーだよ。今回スノウステイトに来たのは、ラヴィーネに用事があるからなんだ。それ以上の事は、流石に守秘義務で言えねぇけど」
「ほほう、なるほどね。……なら、一つ提案なんだが。俺も君達と一緒に、ラヴィーネへと向かわせてはくれないだろうか?」
「あんたと一緒に? そりゃまた何で」
ソウジ達が首を傾げると、コトノハはフフンと鼻を鳴らしながらその疑問に答える。
「実の所、俺もラヴィーネに用事があってね。と言っても、さっきのように詩を歌う事が主なラヴィーネでの目的なんだが……そこに向かうまでの間に護衛が欲しいのだよ。ほら、魔獣とかも怖いだろう? どうだい、頼めるかな?」
コトノハは少しおどけた調子でそう話す。
ソウジは聞いた内容を頭の中で吟味して、何秒か考えていく。
ジッと、コトノハを見つめつつ。
そうして腕を組み悩んでいる彼に、サイトが声をあげた。
「僕はコトノハさんの護衛、したいな。この人の詩をラヴィーネの人達にも聴いてもらいたいし、それまでの間にコトノハさんに何かあったら大変だから。それに、こんな風に知り合えた人の頼みを無下には出来ないや」
やる気を見せるサイト。
その目には一切の曇りなく、ただ人を助けたいという意思がある。
そんな彼に続いて、アリスも口を開く。
「私もサイト君に同意、かな。……私が強く言えた立場じゃないのは分かってるんだけど。でも、困ってる人を放ってはおけないよ」
彼女も、強くそう思っている。
拳を胸の前で握りながら、彼女の瞳は真っ直ぐにコトノハを見つめてそう言った。
そんな彼らの言葉を受けて……ソウジも悩んでいた気持ちをはっきりとさせて、コトノハに向き直る。
「分かった。あんたの護衛、引き受けるよ。ラヴィーネまでの間、よろしくな」
「おぉ、感謝感激だぁ! ではではよろしく頼むよ御三方! 報酬もしっかりと払わせてもらうからね!」
そうして、彼らは各々が握手をしていく。
こうして、新たな出会いを迎えた彼らは心新たに、ラヴィーネへと向かうこととなった――――。




