第四十一話 王女と龍の確執
「ランスさん、の……お兄、さん!?」
サイトの口からつい漏れ出た言葉は、正に心の本音と言っても過言ではない。
目の前にいる獣龍種は、ランスの兄。
それだけの、たった一つの真実。
そして、その真実はサイトに衝撃を与えるに相応しいものであったのだ。
そんなサイトの気持ちを知ってか知らずか、ランスともう一人の獣龍種の男性……ハスタと呼ばれ、自身ではダハーカと名乗る人物は会話を続けていく。
「久しぶり、って……あんた、今までどこで何をしていた!? ずっと待っていたんだぞ、あんたが帰ってくるのを!」
「帰ってくるのを、か。本当にお前は愛い奴だな、ランスよ。こうして敵意を向けられているというのに、まだ俺を慕う言動を見せるとは。状況を適切に把握しろ。今、お前の目の前にいる存在が何なのかを」
「あんたは……! はぐらかさずに答えろ! 何故、俺を置いていったんだ!」
二人だけにしか理解出来ない、二人だけの濃密な会話と時間が過ぎていっている。
サイトはそう判断した。判断した所で、何をどうできるかと言われても、彼には思いつけない。
そうした険悪な空気の中、サイトの後ろにいるフードの人物が不意に声を上げた。
「待ってください! ハスタ、貴方が矛を向けているのは私にでしょう!? であればここでランスと言い争う意味は無いはずです! 恨みがあるならば……全て私が引き受けます」
フードの人物は高らかに、かつはっきりとしつつも涼やかな声でそう告げる。
その言葉に、サイトは驚いて目を丸くしてしまう。
この状況下で、その様な言葉を口に出来る事に。
そして、こう考察もする。
発した内容、口ぶりから、この人物は位の高い人物なのではないかと。
また、その立場として、目の前の獣龍種達とは因縁浅からぬ関係であるのではないかという事も。
そんな思考を巡らせている間に、ランスともう一人の獣龍種……ダハーカは各々がその言葉を発した人物に顔を向ける。
その表情は、お互いに違っていて。
ランスは、単純な心配と友好的な想いを内包した優しげな表情を。
一方ダハーカは、憐れみの中に確かにある怒りの感情を混ぜ合わせた、皺の入った表情を。
それぞれが向けていた。
向けられる視線を、フードの人物は真っ向から受け止めていく。
そこから、数秒の間が空いた後……先に言葉を発したのはダハーカの方だった。
彼は槍を手元から消えさせると、息を吐いていく。
「……確かに、その通りではあるな。合っているとも。この矛は正に、お主に対して向けている。なぁ、ゲルダ王女。ラヴィーネの王家、あの忌々しきフィデーリス家の血を引き継ぎし存在よ」
あからさまな嫌悪とともに吐き出された言葉に、サイトは更に驚く事になる。
自身の後ろにいる人物が、ラヴィーネを司る王家の王女であるのだと。
思わず後ろを振り返ってしまう。フードで顔を隠しているが、確かに所作には気品が溢れている気がした。立ち姿等を見ても、洗練されている。
ともかく、目の前の存在は王女なのだと、サイトは認識した。
予想はある意味的中したが、サイトの疑問はそこで更に湧き上がる。
“忌々しきフィデーリス家“とは、どういった意味なのか。
そもそも、目の前のダハーカやランスとゲルダ王女はどんな関係であるのか。
気になる、が。
今は目の前の危機をどうにかせねばならない、とサイトは切り替える。
切り替えて、現状に目を向ける。
そうすると、会話が再開されていた。
ゲルダと呼ばれたフードの人物が、返答している。
「貴方が怒りを抱くのも当然です。私達は、貴方やランスを大変な目にあわせてしまったのですから。だからこそ、私は貴方に謝りたかったのです。ハスタ・フォーティス・レゾナント……貴方に」
「謝るのは我に対してではない、ランスに対してだ。それに、謝ったところで清算出来る罪ではないのは分かっているのだろう? ……これ以上話したところで、平行線にしかならない。ランスと、そこな勇敢な童に免じて今は見逃そう。だが忘れるな。次に出会った時は……その命もらい受けるぞ」
「……肝に、銘じておきます」
会話が終わり、ダハーカは目にも留まらぬ速度で姿を消した。
息を吐き出すサイト、拳を握りしめるランス。
そして、視線を逸らすゲルダ。
各々がどうにか気持ちを落ち着かせるのに、少しの間が空いた頃。
突如として、ランスの懐から何かを報せるような音が鳴り響いた。
びっくりしたサイトに構わず、ランスが懐から音の発信源を取り出していく。
取り出された物は、氷の様な透明度を持った手鏡で。
その鏡に映し出された人物は、男性。
後ろにまとめた銀髪の髪に、無精髭が目立つおじさんと呼べる年頃の人物。
そんな人が、鏡越しに声を出してくる。
『おぉーいランス! どうだ、アストラから来たフードの少年ってやつは見つかったかよ!』
どうやらその人物は、サイトを探しているらしい。
そこで、サイトはどこか合点がいった。
先に着いたソウジ、アリスが事情を説明して、ラヴィーネのギルドの人達に捜索を命じたのだろう。
だから、ランスがこうしてやって来たのだと。
そんな男性に対し、ランスは小さく息を吐きだした後に質問に答えていく。
「あぁ、見つかったよグラディス。見つかったが、少し問題が起きている。ゲルダが、いるんだ。恐らく、いつものあれだとは思うんだが……」
『は“ぁ“!“?“ またかよあんのお転婆姫さんはよぉ! んで何、なんかの事件に巻き込まれてるとか?』
「それは……まぁ、後で報告する」
何やら込み入った状況になっているらしい。ランスにグラディスと呼ばれた男性は、互いに状況の照らし合わせとこれからどうするかを話し合っていた。
そこに、ゲルダがフードを取ってランスのもとに近寄り、そのまま手鏡へと顔を映していった。
褐色金の横に纏めた長髪に金色の瞳。雪のように白い肌は、彼女の涼やかさを強調していく。
「グラディス、こんにちは。申し訳ないです、何だか大変な事になってしまって」
『……ゲルダ様。ほんっっっとうに下手なことに巻き込まれんでくださいよ? 貴女は王女なんだから、危険な目にあって怪我でもしたら大変なんですぜ? 何より今は、例の薬の件もある。外出なんて以ての外だと思いますが?』
「それは……すみません、聞けません。王家のものとして、危険な目にあってでも民達の状況を把握することは必要だと思うので」
『はぁ!? まーたそういう事言いやがりますねぇ貴女様は! ……ランス、お前どうにかしろよほんとに。昔っからの縁なんだろ? 手綱握れんもんかね?』
「……難しいな。彼女は凄いところで頑固だ。俺も色々と経験してきているが、彼女の言う事を聞かせるのはそれこそ、無理やりにでも引きずっていくぐらいしか思いつかない」
話はどんどん内輪の様なものになり、どうやらゲルダは頑固な所があるそうだ。
やや蚊帳の外であるサイトは、その話し合いが終わるまで大人しく待っているつもりで立っていた。
が、突如として話が加速する。
「あの、お願いがあるのですが。私の視察に、あの方も連れて行きたいです」
ゲルダが指さすのは、サイト。そう、サイトである。
なんのことか分からずに、一瞬呆けるサイト。
しかし、指をさされているのは自分であると認識した途端に、気の抜けた声が口から漏れ出す。
「へっ?」
『待て待てゲルダ様! 彼は他所のギルドのもんだぞ!? 先にこっちで説明とか色々しなきゃなんねぇし……とにかく流石に駄目だ!』
「……ゲルダ、流石に俺も駄目だと分かる。その要望は流石に通せない。そもそも、彼は君の事情も俺達の事情もろくに知っていないんだ。だから、巻き込むのは良くないだろう」
「ですが……彼は何か、凄い人の様な気がするのです。これから何かを為す可能性を秘めた、希望の子。その様な輝きを持っている。そう、私は思うのです。だから、共に行動し親睦を深めたいなと」
「……それは、強引すぎるだろう。はぁ、サイト。嫌なら断っても問題ないぞ。そもそもお前には別に任務があるからな」
ランスにそう話を振られたサイトは、数秒悩むような仕草を見せた後……頷く。
「別に、僕は構わないよ。そもそもこの状況に関わってるのも、僕が迷子になってたからだし……それに、せっかく僕を指名してくれてるんなら、期待に応えていきたいしね」
サイトの言葉にランスは目を丸くするも、少ししてフッと息を吹き出して笑った。
穏やかな視線をサイトに向けた後、ランスは手鏡に向かって話していく。
「というわけだそうだ、グラディス。フロスティアギルド長やソウジ達には、お前からどうにか説明をしておいてくれ。俺はこのまま問題が起きないように、サイトとゲルダに付いていく事にする。それから、ここに民間人も倒れているから、彼らの保護もお前に頼みたい」
ランスの言葉に、グラディスは半ば呆れたような声色で返答する。
『おーまえ、何か雰囲気変わったか? いや、前からゲルダ様にはどこか甘いところはあるにはあったけどよぉ……そうでなくても、剣呑とした感じがちょっと薄れてるぜ?』
「そうか? まぁ、何だ。知らず知らずの内に、俺も変化しているのかもしれん」
『……分かった。とにかくこっちで色々やっとく。ちゃんと護衛頼むぜ、ランス』
そうして、手鏡に映ったグラディスの姿がプツリと途絶えた。
そのまま、ランスはサイト達に言葉をかけていく。
「それで、ゲルダ。今回はどこから向かうつもりなんだ?」
「えっとですね。まずは薬を売っていたとされる市場へと向かいたいのです。それに付随して、都の人々の様子も確認しようと思っていまして」
「分かった。では向かおうか。サイト、改めて感謝する。暫くの間だが、付き合ってくれ」
その言葉に、サイトは「はい!」と元気よく答えた。
こうして、サイトはひょんなことからラヴィーネの王女ゲルダとランスの二名と共に、都を散策していくことになる――――。




