第百七十話 二本の杖
サキはこちらを振り返ってニッコリと笑うと、
「んじゃ、ノースターレーンまでよろしくね!」
よろしくって……まさか……。
「も、もしかして一緒に行ってくれるのですか!?」
私は身を乗り出すようにサキに尋ねる。
「うん!団長から急に言われてね。ノースターレーンにいる間は任務と並行してシルヴィアの護衛をするようにだってさ」
「ほ、本当ですか!!嬉しい!!」
私は思わずサキに抱きついた。
ラグナ大陸にいたときはずっと同じ家で暮らしていたから、サキが側にいてくれることが当たり前になっていたのだ。
こっちに戻ってくるにあたって、子供たちと離れることが私は苦痛で仕方なかった。
レクスとハルトも一緒じゃないのが寂しいけれど、もうしばらくサキの近くいることができるのはたまらなく嬉しい。
これはダインに感謝せねばなるまい。
「護衛はリベールさんとしか聞いていませんでしたから、サキがいてくれて安心しました……」
「もともと聖女の護衛には女性を一人付けないといけない決まりだしね。それに私もなんだかシルヴィアがいないと調子が出なくてさ……」
そんなことを照れくさそうに言うサキ。
あぁ、本当に良かった。
「あの……ありがとねシルヴィア」
私はその突然の言葉に心当たりがなく、首をかしげてしまった。
「何のことです?」
「いろんなこと全部。お兄ちゃんやパパのことも……。それに今回のことだって……。ほら!私ってあんまり考えるの得意じゃないから、すぐヘマやらかしちゃうしさ。でもシルヴィアはすごいよ……ずっとしっかりしてる。私の方が年上なのにね!あはは……」
頬を赤らめ、頭を描きながら恥ずかしげにするサキに、私は何も言わずニッコリと微笑みを返した。
「ほら、前に言ってくれたよね!!私も……シルヴィアがお母さんだったら良かったのになぁ……なんて……」
「サキ……」
おもむろにサキの口から出たその言葉に、私は心の扉をドン!と押し開けられた気がした。
今こそ真実を伝えるべきだ。
そう思い言葉を発しようとしたとき……。
私はサキの顔に得も言われぬような既視感を覚えたのだ。
その感覚が私の後ろ紙をグイッと引っ張るようにして、出かかっていた言葉を遮ってしまった。
まるで一瞬時が止まったかのような感覚の中、サキのその表情だけが私の瞼に執拗に焼き付いて離れない。
私はあの表情をどこかで見たことがあるのだ……。
翌日
支度を整えた私は、ノースターレーンに向かうため港にあるギルドの施設へと足を運んだのだが、そこで驚くべきものを目にすることになった。
ギルドの入口付近に置かれていたのは一台の馬車だったのだが、私はその馬車を見て思わず、
「え……!?」
と声を上げてしまった。
なんとそこにあった馬車は私のものだったのだ。
幌が違うものに張り替えられていたため遠目からでは気付かなかったのだが、これは私が巡礼に旅立つ際にラモンドに与えられた、紛うこと無き私のものだ。
アルデリアでの巡礼を終え、リグルトに向かう際に一度分解して船に乗せたのを思い出した。
貨物用ではあるが、骨組みはかなりしっかりとした作りになっており、長旅にも耐える仕様になっている。
相応の値段がつくものなので、真っ先に売られてしまっていてもおかしくはなかったのだが、私の手荷物と一緒にリベールさんが取り返してくれたのだろう。
社内を覗くと懐かしい景色に目頭が熱くなった。
王都を出発してからラキアまで、巡礼の思い出が昨日のことのように蘇ってくる……。
ふと中の荷物籠に目をやると、綺麗に折り畳まれた革袋が目に入った。
「あれは確か……」
!!!
そうだ……!あれはマギーさんから預かった金帯が入っていた袋だ……!!
あの大金は持ち歩くのが怖かったから、ラキアの商業ギルドで口座を作りそこへ預けたのを思い出した。
これはもしかしたら非常にマズイ状況かもしれない……。
今私は死亡したことになっているのだ。
聖女が死亡した場合、その預金口座や財産は一度教会が預かることになっている。
私の場合は少しややこしくて、口座に預けたのが巡礼完了の儀の少し前なのだ。つまりまだ巡礼期間中だったということになる。
本来寄付金は寄付者の同意、つまりサインが無いと教会も受け取ることができないのだが、私がいない以上、それを説明できる人間がいない……。
あのお金が寄付金と見なされてしまった場合は全て教会のものとなってしまう……。
というよりメアリーが大聖女となった教会では充分あり得ることだろう……。
あのお金はいずれマギーさんに返却しようと思っていたものなのだ。
どうしよう……。
そうだ……!!
リベールさん!!
商業ギルドの支部長であるリベールさんならなんとかできるかもしれない……!!
私は急いでリベールのもとに駆け寄り、飛びつくようにそのことを尋ねた。
「あのっ!!リベールさん!!私の口座はどうなっているでしょうか……!?まだ教会への預かりにはなっていませんでしょうか……!?あのお金は大切な人から預かっているものなのです……!」
ひどく焦っていたため状況がうまく伝えられなかった……。慌てふためく私の姿を見て、リベールも最初は困惑していたものの、すぐに事態を理解をしてくれたようだ。眼鏡をクイッと上げ落ち着いた声で私に言う。
「シルヴィア様の口座ですか……。わかりました。早急に対処するように指示します」
リベールは胸元からリコラを取り出すと、私に背を向けて何やら小声で会話を始めた。
そして最後にリコラに向けて指を近付けると、青い魔法陣がリコラに吸い込まれるようにして消えていったのだった。
あれは……法印か……?
リコラは会話だけでなく法印も転送することができるのか……!!
そういえば私のリコラは壊れたままだった……。
そのことをウェルクに伝たらなんと言われるだろうか……。
頭の中を怒りに震えるウェルクの姿がよぎる。
ああ……。なんだか問題が山積みだ……。
うなだれている私に会話を終えたリベールが話しかける。
「ノースターレーンの仲間に協力を依頼しました。状況が分かり次第お伝えいたします」
「恩に着ます。リベールさん」
「いえ……。あと、私のことはリベールとお呼びください。シルヴィア様はリグルト南部、ネルティカ島の貴族の一人娘であり、魔法学校へ入学するためノースターレーンを訪れているという設定で身分を偽ろうと考えています。できれば偽名がよろしいのですが……」
それを隣で聞いていたサキが、何かを思いついたように話しかける。
「だったらアレでいいんじゃない?ほら、向こうで使ってたやつ」
サキのいうアレというのは、ラグナ大陸で私が使用していたイリスという名前のことだろう。
由来は単純に家名のイスタリスを短くしただけなので、何か深い意味があったりするわけでは無いのだがちょうど良い機会だ。
私はしばらくイリスと名乗ることにした。
港を後にした私たちは、ノースターレーンへ向けて街道を北上する。
気のせいか風に紛れる土や草木の匂いが、ラグナ大陸のものとは異なって感じるのだ……。
『帰ってきたのだ』という感慨に浸りながらも、見通しの立たないこれからのことを考えると……複雑な心境である。
唯一の救いは娘が側にいてくれること……。
そっとなぞった馬車の手すりについた傷を眺めながら、蹄の音と揺れに身を任せる。
メアリー……か……。
思い出したくない相手だな……。
私だってできれば争いたくはないのだ。
大聖女の立場など欲しければくれてやるのだが、それによって苦しむ人間がいるのなら……。
持て余した二本の杖を、私はギュッと握り締めた。
皆様、新年あけましておめでとうございます。
前回の更新から大きく期間が空いてしまい、大変申し訳ありませんでした。( ;∀;)
下の子も小学生へと上がり、環境の変化から
仕事と家事に追われ12月は殆ど執筆に当てれる
時間がありませんでした。(;´Д`)
引き続きご不便をお掛けしますが、更新は続けてまいりますので、何卒あたたかい目で見ていただけると幸いです。
今年一年が皆様にとって良い年になるよう、草葉の陰で切に願っております!
では、お身体に気をつけて。
ジェイ子




