第百六十九話 皆と共に
「シルヴィア様をジルエールに……?おっしゃっている意味がよくわからないのですが……?」
「ご無理は承知の上でお願いしています。これは世界樹の種子と呼ばれ、遥か昔この世界を作ったとされる創造の女神イヴの力を封じられたものです」
「創造の女神……ですか……?はじめて耳にしますが……」
「私もラグナ大陸に渡るまでは知りませんでした……。はっきり申し上げると、この力については私でも未知な部分がほとんどなのです。ただ一つ言えることは、私は今レクスが持つレリック、聖剣キャリバーンと契約状態にあります。それによって彼は今私の魔力を使用して戦うことができるのです。聖女唯一の能力である回復魔法でさえも……」
「な、なんと……!?ですがあの子はそのようなことを何も……」
「それはきっと私や他の聖女たちを思ってのことでしょう……。レリックによって回復魔法が共有化できるとわかれば、それこそ常識を覆す発見となります。その恩恵を求めて聖女が問題に巻き込まれるのは明白ですから……」
「うぅむ……。にわかには信じがたいのですが、本当にそのようなことが……」
ダインは眉間にシワを寄せながら考え込んでしまった。
彼がそうなるのも無理は無い。
そもそもそんな話は前例が無いのだから。
「それは聖剣が持つ固有の力なのかもしれませんが……私はそうではないように思えて仕方がないのです……」
「と申しますと……?」
「はじまりの王の時代、この世界には人間以外にも様々な種族が存在していたという話です。それらは人間よりも遥かに強力な魔力をもち、それに抗う手段として、女神が人間に与えたものがレリックなのではないかと……私はそう考えるようになりました」
リグリットが召喚した魔族オルフェリアもそのうちの一つだろう。彼は言っていた。
魔族はかつて女神の加護を受けた人間に封じられたと。
現在の技術でもレリックを生み出すことは不可能だ。
神であるイヴが生み出したと考える方が自然だろう。
「そう仮定するならば……聖剣以外のレリックも、この魔力に共振する可能性があるのではないでしょうか?」
「もしやシルヴィア様は……あの子たちの魔力を……」
「はい。まだ具体的な方法は見つかってませんが……。この世界樹の魔力が利用できれば、彼らの負担は今より遥かに少なくなるはずです。それに……ドミネーター、リグリットと呼ばれる人物は黙示録という魔核に匹敵する強力なレリックを所持しています。それに対抗するためにも、この魔力は必要不可欠かと……」
「なるほど……女神の魔力ですか……確かにシルヴィア様のおっしゃる通り、それが可能となれば我々にとって大きな力となるでしょう。いや、もしかすると他のマジックアイテムにも通ずる新たな発見があるやもしれませんね……」
「ですからお願いです!どうか私をジルエールに加えていただけないでしょうか!?私の訃報を撤回するまでの暫定的なもので構いません!彼らと共に戦わせてください!」
ダインは腕を組みしばらく深く考えた後、小さい溜息を吐いてゆっくりと頷いた。
「わかりました……。本来であればお守りしなければならない立場なのですが……。シルヴィア様がそこまで仰るのであれば、そのお力をお借りすることにいたしましょう」
「本当ですか……!!ありがとうございます!!」
私はダインの手を取り飛び跳ねるように喜んだ。
少し困った顔のダインは、それを見て何かを観念したかのようにふっと笑みを浮かべたのだった。
「それで今後のことなのですが、この港でシルヴィア様を匿い続けることはできないでしょう。そこでシルヴィア様にはノースターレーンに向かっていただきたいのです」
「ノースターレーン……。リグルト連邦国の首都ですね」
「ええ。そこにギルドの南支部がありますので、しばらくはそこを拠点にしていただければと思います。それに、ノースターレーンには我々の魔力研究施設があります。ついでではありますが、そこで世界樹の魔力について調べさせていただけないでしょうか?リベールを護衛に付けますので、ご支度が整い次第ご出立をお願いできますかな?」
リベールさん……か。
そういえば昨日あんなことを言ってしまったばかりだったのを思い出したのだ。
聖女としての命令などと叫んでしまった。
随分と滑稽に聞こえただろう。
今の私は聖女でもなんでもなく、この世から消えたはずの人間なのだから。
「承知いたしました」
私はダインを見送ると、一度宿に戻り出発の準備を始めた。
もとよりノースターレーンに向かうつもりでいたのだ。これは好都合と言える。
レクスは去り際にノースターレーンで落ち合おうと言っていたので、そこで彼にも会うことができるだろう。
ハルトも一緒だろうか……。
いや、彼らがベルガンドを離れたことで多くの冒険者たちに負担がかかっているはずだ。
今頃はもう助けを求める人のところへ向かっていることだろう……。
サキは……
そうだ!サキはどうなったのだろうか……!?
そういえば港についたあの日からサキの姿は見ていない。
どうしよう……。
今回の件で責任を取らされ、罰を受けていたら……!!
そう考えると、私はいてもたってもいられなくなった。
サキの元へ向かうため、部屋を飛び出そうとした瞬間……。
コンコン。
小さく部屋をノックする音に、私は足を止めた。
「シルヴィア?」
なんとそれはサキの声だった。
私は慌てて駆け寄り、ドアを勢いよく開ける。
「サキっ!!」
私の慌てふためく姿を見て驚くサキ。
「うわっ!!ビックリした!!」
「サキ!!大丈夫でしたか!?痛いところは!?ひどいことされていませんか!?」
その言葉にサキは微笑みながら答える。
「大丈夫。そんなことされてないよ。それより、なんか団長にすごいこと言ったみたいだね」
恐らく誰かから話を聞いたのだろう。
もとはといえば、ラグナ大陸でサキと交わした約束のためだった。
彼らがジルエールでいる以上、普通の生活ができないことはわかっている。そうなってしまった原因は自分にあるのだから。
私が自分の立場を利用してダインにそれを求めても、きっとサキたちは皆それを望まないだろう……。
ちょうど聖女としての権力も失ってしまったところだ。
私が今彼らにできることはそれぐらいしか思いつかなかった。
世界樹の膨大な魔力を利用することができれば、少なくともこれ以上レリックに命を削ることはしなくて済むだろう……。
「私もサキたちと一緒に戦わせてください」
「それは心強いけどさ……。シルヴィアにあんまり無理はしてほしくないなぁ……」
サキは少し困ったような顔で私にそう言った。
「それはキミにも言えることだ」
サキの後ろからそう言い放ったのはリベールだった。
サキは顔を歪めてその場に固まってしまった。
「少しは心配する人間の気持ちも考えろ」
「うぅ……。リベ兄は心配しすぎなんだよなぁ……」
サキは恥ずかしそうに頭をポリポリと描きながらプイっと後ろを向いてしまった。
「団長よりお話は聞いております。ノースターレーンまではここから陸路で四、五日ほどかかるでしょう。野営は考えておりませんが……。シルヴィア様を狙うものがまたいつ現れるかわかりませぬ故、戦闘になる可能性があることはご容赦願います」
「はい。もとより覚悟の上ですから。それと……昨日は大変無礼なことを言ってしまい申し訳ありません……今の私は聖女でもなんでもないというのに……」
リベールは特に顔色を変えることもなく、
「いいえ、お気になさらず」
と軽く会釈だけしてその場を後にしてしまった。




