第百六十八話 背負うもの
「いくらなんでも行動が早すぎです。まるで兼ねてよりシルヴィア様が帰ってくることを見越していたかのような……。そう思えてならないのです」
ダインは首を横に振りながら、うなだれるように大きく息を吐いた。
「であるとしたら、考えられる可能性は……ドミネーター……でしょうか?」
メアリーを大聖女に据えるということは、アルデリアの執政官であるレイスリーの策略と考えてほぼ間違いない。
私を亡き者にしようとしたことも彼の仕業だろう。
だが、規則を無視して何故こんなタイミングで私の死亡を伝えなければならないのだろうか。
ダインの言うように、私が生きて戻って来ることがわかっていたかのようだ……。
リグリットとの戦いから一ヶ月と少し……。
もし奴が瞬間的に大陸間を移動できる術を持っているとしたら……。
レイスリーとの共謀は大いに可能性がある。
いや、それ以外あり得ない。
「私もその可能性が高いと感じています……。ハルトから向こうでの話を聞かせていただきました。リグリットという人物は我々の想像を遥かに越える力を持っています。早急に対処せねば世界をも崩壊させる事態へとなりかねません」
「私は今後どのようにすればよろしいのでしょうか……。このままフランディアに戻ってしまうと、かえって問題が拗れてしまう気がするのですが……」
「はい……。実はそのことでご相談があります。シルヴィア様の仰る通り、今フランディア王国ではメアリーが大聖女に就任することを反対する運動が至るところで起こっています。もしこのままシルヴィア様が生きておられると世に知れれば、瞬く間に二国間に争いが生まれるものと思われます。ですので、しばらくは我々と共に隠密での行動をお願いできないでしょうか?私はこの命に代えてでもシルヴィア様の訃報を撤回させますので!どうかそれまでしばしのご辛抱を……」
凄い覚悟だな……。
でも、私としてはもう少しみんなといれる時間が増えることになる。
そう考えたら、なんだか少し自分が浮かれているのがわかった。
「心強いお言葉、感謝致しますダインさん。ところで、レクスやハルトさんは今何を……?途中までは一緒だったのですが……なんというかその……まるでどこかに逃げ出すように……」
ダインは顔を手で覆い、困ったような顔で答える。
「全く……!無礼な振る舞いばかりで……申し訳ございません……」
「いえ、でもそれはお気になさらないでください。彼らはとても立派です……。後の世に、子供達に、自分と同じ思いをさせぬようにと、命をかけて戦っています。私もそう生きたいたいと思うようになりました。ちゃんお礼をしたかったので……」
「向こうでは子供たちを救っていただき、誠に感謝致します」
「救われたのはこちらの方ですよ。ダインさん、もしかしたらもうお聞きになられているのかもしれませんが、私は将来……ラグナ大陸に渡ろうと考えています」
「やはりレクスの話は本当でしたか……」
ダインは何かを思い返すように、ふと遠くを見つめる。カーテンの隙間から差し込んだ光が、ダインを一直線に横切った。
「実はジルエールを作ったきっかけは……彼なのですよ。」
「そうなのですか……?」
「そうです。偶然にもちょうどこの港で、私と彼は出会いまして……。その頃、私はまだ今のような立場ではなく、それこそ匿名団の一員として大陸中を回っていた時でした……。身の丈に合わぬ大きな剣を抱えた幼子と、それに付き添う女性が路頭に迷っているところに出くわしましてね。話す言葉からこちらの人間ではないとすぐにわかりました。彼を保護し、言葉を教えるうちに、自分は王子で母の仇を取りたいと言うようになりました」
きっとレクスがウォルターから逃げてきた頃の話だろう……。
「何より驚いのは、あの年齢でマジックアイテムを操っていたことです。いえ、まるであの剣自体が彼を守っているかにように……。私は兼ねてより聖遺物の研究をしておりましたが、彼の持つキャリバーンが持ち主を選ぶ特殊なものだと知りました……。そして私は今まで強力過ぎて誰も使用できなかった聖遺物たちにも、ひょっとして適応する人間がいるのではないかと考えるようになったのです。それから、各地を周り才覚のある者を探しては聖遺物との適合を図りました」
「それがジルエールだと……」
「はい。だいたいの大枠は。ですが……適合を図る上である重要な事実を知ることとなったのです」
「重要な事実……?」
「ええ。レリックへの適合は大人よりも子供の方が遥かに優れているという点です。詳しい者にも調べさせましたが、人は大人になるにつれて自身の魔力属性が偏っていきます。それが適合に大きく影響しているのだという結論に至りました。レリックの力を完全に使いこなすには、幼い頃からその肉体をレリックに適合させる必要があったのです……。私は各国から身寄りのない子供達を保護し、同時にその中からレリックへの適合者を探しました。そしてレクスに加え、ギルドが所持する強力なレリックに適合する子供を新たに六人発見することができました。それが今のジルエールです。そのままであれば消えゆく命であった彼らが、レリックを手にし、これ程までに強く、立派になってくれた……」
消えゆく命……か……。
「結果として、その寿命を縮めることになったとしてもですか……?」
私はまっすぐな眼差しをダインに突き刺した。
かつてローディセンでウェルクに聞いた話。
レリックは強力な反面、常人では到底出力できないほど多くの魔力を要求される。
普通であれば肉体持つリミッターが発動、いわゆる魔力切れの状態となり、生命維持活動が優先されるのだが……。
ジルエール人間はそのリミッターを自ら外している。
己の魂を燃焼させ、本来得るはずのない膨大な魔力を手にしているのだ。
「彼らの意思でもありますから。前にも申し上げた通り、我々は様々な矛盾と戦っています。少数の命を犠牲にしてでも多数の命を守る……。正義でないとわかっていても、魔物や悪党は待ってはくれません。今こうしている間にも力無き者へ襲いかかっているのです」
「たとえそうだとしても、彼らばかりに不幸を背負わせるわけにはいきません。彼らだって本当は……普通の暮らしをしたいはずです……。誰かのために戦いに明け暮れることなく、愛する人と共に過ごせる日々を……。私が聖女として生を受け、彼らに出会ったことは偶然ではない気がしてなりません。私も戦いたい。ジルエールは……いえ、今後生まれてくる同じような境遇の子どもたちも、誰一人として犠牲にはさせません」
ダインは困ったような表情で私に尋ね返す。
「お気持ちはありがたいのですが……。もはやシルヴィア様の存在は大きすぎます。この大陸の誰もが貴方を必要としている。貴方には聖女としてのお役目があるはずだ」
「ですから申し上げているのです。私はこの手が届く全ての人に幸せになってほしい。傷や病を治すだけでなく、失ったものと向き合い、もう一度立ち上がれるような……そんな力を与えたいのです。彼らが背負っているもの、そのほんの少しだけでも私に分けてはもらえないでしょうか……?」
私は両手で器を作り、その中央に魔力を込めた。
眩い輝きが部屋中を照らし、私の手の中に宝玉となって現れる。
「こ、これは……!?」
ダインは私の手の中に現れたピンポン玉ほどの宝玉を見て驚愕した。
「魔石……?いや違う。これはヴァルヴァーティスと同じ魔核……?どちらにせよこの魔力は……!!」
「ダインさん……。お願いです。私もジルエールに入れてください」




