絶対にみんなで生き残りましょう
第五章 自信
午後六時。
着替えを終えて、ダイニングに全員が集まった。
若月は右足をくじいて、少し引きずりながら歩いていた。
黒木は左肘に切り傷ができ、
氷室は左の脹脛を擦りむいていた。
赤沢は体調不良で先に山荘に帰っており、森川が同行していた。
雨の中を二日間、森を捜索し続けた。全員が満身創痍だった。
窓の外では、雲間から顔を出した夕日が山々を赤く染め始めていた。しかし、その美しい光景をゆっくりと眺める余裕は誰にもなかった。
テーブルに食事が並ぶ。カレー。しかし、その量はお子様ランチよりも一回り小さい。そして、今日一日かけて採ったムカゴとアケビ──ほんの一口ずつ。クリは虫食いだらけで、食べられる部分は見分けがつかないほどだ。それだけ。
「カレーは二人前を八等分しております」森川が言う。
「つまり半分の半分の量ってわけだな」桑原が重い口調で言う。そして二口で食べ終わる。
黒木も二口。
そして二人は何気なく周りの人の皿を見渡す。
──取られる。そう直感したかのように、皆、競って口へ運ぶ。
皿はどれも空になる。食べ始めてから五分も経っていなかった。
食卓が静まり返る。
白石が水を飲む音が、やけに大きく響いた。
皆、目を合わせようとしない。
重い空気が場を支配する。
氷室が口を開いた。
「もう三日目、外の犯人も疲れているでしょうね」
「ああ」神崎が力強く頷く。「外部犯も、疲労しているはずだ。三日間、雨の中で隠れているんだぞ。食料も水も限られている。もう限界だろう」
白石が頷く。「そうですね……犯人も人間です。私たちと同じように、疲れているはずですね」
「でも……」黒木が震える声で反論する。
「神崎さん、全ての場所を調べたんです。丸二日かけて、東も北も西も、隅々まで。何もなかったんです。それなのに……」
「犯人は場所を移動したのかもしれない」神崎がきっぱりと切り返す。「今まで西側にいたが、捜索する気配を感じて、東側に移動した。その可能性もある」
「そんなことが、あり得るのですか?」黒木が少し声を上げる。
「確実にないとは言い切れない」神崎は譲らない。
赤沢が静かに諭すように言う。「ですが、神崎さん──内部犯の可能性も高まっておりますわ。その場合、今、私たちはその犯人と同じ空間にいることになります」
リビングの空気が、さらに重くなった。
八人は顔を見合わせた。疑念の色が、空気の中に漂っている。
誰が、あの脅迫メッセージを書いたのか。
誰が、橋を破壊し、食料庫に火を放ったのか。
誰が、ここにいる皆を殺そうとしているのか。
疑念──それが、じわじわと八人の間に広がっていく。
その疑念を振り払うかのように神崎が両手を広げ、全員を見渡す。
「いいか、皆。今日は全員無事だった。それは確かだ。しかし油断はできない。明日も明後日も、私たちは警戒を続ける」
全員の表情が硬い。神崎はそれを敏感に感じ取り、言葉を続ける。
「今日は皆、疲れている。昨夜もほとんど眠れなかっただろう。今日は早めに休んで、回復に専念しよう。明日からの行動計画は明日の朝に話し合おう。疲労の中で話し合っても得策ではない。ただ、明日からも団結して行動する。それだけは約束しよう」
全員が、小さく頷いた。
「そして、今日の見張りだが……」神崎が言いかける。
「神崎さん」白石がはっきりとした声で言う。「さすがに、今日はお部屋でお休みになってください」
「どうした? 私はもちろん今夜も担当するつもりだが……」
「二日連続で見張りをされました」赤沢も神崎を制する。「神崎さんの疲労は限界に近いはずですわ。今日は、私たちが見張ります」
神崎が戸惑う。「しかし……私は責任者として……」
「大丈夫だ」桑原が力強く頷く。「俺たちに任せてくれ。見かけ以上に疲れているはずだ。今日くらい、ゆっくり休んでくれ」
白石も頷く。「私たち三人で、交代で見張ります。何かあれば、すぐにお知らせします」
神崎が躊躇する。しかし彼の体は限界に近かった。二日連続で見張りをし、今日は一日中、森を捜索した。疲労が蓄積している──それは誰の目にも明らかだった。
森川が神崎に穏やかに言う。「神崎さん、どうか今日はお休みになってください。山では誰にも疲労を蓄積させてはいけません。明日もまた、あなたの判断が必要になります」
神崎が深く息を吐き、頷いた。「……分かった。では、今夜の担当は、白石さん、赤沢さん、桑原さん、よろしく頼む」
「任せてください」白石が微笑む。
そして、一通り片づけや戸締りを終えて、神崎、黒木、氷室、若月、森川の五人は、重い足取りで二階へと上がっていった。
リビングには白石、赤沢、桑原の三人が残った。
* * *
三人は暖炉を囲むようにソファに腰かけていた。炎の揺らめきだけが、その姿をぼんやりと照らし出している。
白石は手帳を開き、今日の出来事を記録していた。几帳面な文字が、ページを埋めていく。
赤沢は暖炉をじっと見つめていた。炎が揺れるたびに、彼女の影も壁に揺れる。その表情には、深い思索の色が浮かんでいた。
桑原はダイニングに飾ってあった葉巻を持ってきて眺めていた。キューバ産の特上品で透明なケースに入っている。神崎と後で吸おうかと初日に話していたものだ。
外は激しい雨が降っていた。雨音が強く響き渡り、風が窓を揺さぶっている。
「すごい雨ですね……どんどん強くなっています」白石が窓を見つめる。
「ええ」赤沢が頷く。「この音では、少しくらい大きな物音がしても気づかないでしょうね」
「物騒なことを言わないでください。……でも、今夜も眠れそうにありませんね」白石が不安そうな声で言う。
「同感ですわ」赤沢が頷く。「こんな状況では警戒心が勝って、疲れていても目が冴えてしまいますわ」
「全くだぜ」桑原も重い口調で言う。「しかし、本当に大変なことになってしまったな。幸い、まだ誰も殺されていない。このまま乗り切れるといいんだが」
「はい、本当にそうですね。犯人が何もできなければ皆で生きて帰れる……」白石が祈るように言う。
「いえ、犯人が何もしなくても、まだ安心できませんわ」赤沢が言う。
「そうだな。殺されなくても飢え死にするかもな。俺たち全員な」桑原がため息交じりに言う。
「そんなこと言わないでください。神崎さんがおっしゃる通り、犯人も疲弊しているはずですし、皆で力を合わせて乗り越えましょう」白石が言う。
「とはいっても、さすがにこの状況は大変だわね。気を強く持たないと、おかしくなってしまいそう」赤沢がため息をつく。
「まあ、当然の報いかもな」桑原が言う。
二人は桑原を見る。
「あんなファンドを立ち上げたんだぜ。俺たちの過去を知っているやつがいりゃあ、これくらいのことをやってきても不思議じゃねえ」
「え? でも、まだ何もしていませんよね?」白石が言う。
「サンライズファンドのことだ」桑原が声を落とす。「それを知っているやつが復讐しに来た。そうは考えられねえか?」桑原は真剣な目で二人を見る。
「まさか、サンライズファンドは七年前の出来事。それを今更……」白石が答える。
「あり得ないとは言えませんわね」赤沢が深く頷く。「なんらかの手段で七年前の真相を知った誰かが、この山荘に忍び込んだ可能性はありますわ」
「あの事件の被害者なら、俺たちを殺す動機はあるだろう。お金を集めるだけ集めて、巨額の損失が発生したと嘘をついて自分らの懐に入れた。ったく、俺たちは最低だよな」桑原が深いため息をつきながら言う。
「……それを知った誰かが、私たちを殺しに来たということですね……」白石が頷く。
「そうだ。だから俺は外部犯の仕業だと思っている。どこかに潜んでいるはずだ。執念深くな」桑原が窓の外を見渡す。
「でも……私は内部犯の可能性もあると思っておりますわ」赤沢が口を開いた。
「内部犯……おいおい、まさか、俺たちの中に犯人がいるっていうのか? なんのために?」桑原が驚いて言う。
「そんなこと考えられない……これから二号ファンドを立ち上げて、さらにお金を集めようというときに……」白石も信じられない様子で言う。
「私もそう思っていた。でも一号ファンド、今キャッシュが百億円残っているのよ。黒木さんが言っていたわ。百億円よ。私たちの誰かがこの百億円を独り占めしたくなった。そうは考えられない?」
「……百億円とはマジか。確かにそれなら分からなくもないな。二号ファンドで二百億円、いや三百億円集まっても、一号ファンドと合計で四百億円。六人で山分けするなら、一人六十六億円。なら百億円を独り占めした方が得。計算は成り立つな……」桑原はそう言って押し黙る。
「そんな。だからといって、みんなをここで殺そうというのですか? 信じられません」白石が体を浮かせ、叫びそうになるのを見て、赤沢は慌てて人差し指を口に当てて『静かに』の合図をする。
「白石さん、不安がらせてごめんなさいね。ただ可能性の一つとしてお伝えしただけで、内部犯と決まったわけではありませんから、ご安心ください」赤沢が落ち着いた口調で言う。
「ああ、そうだな。俺はまだ外部犯の可能性が強いと思ってる」桑原も白石を落ち着かせるように言う。
「そう、そうですね。みんなを殺して、独り占めなんて……」白石が言う。
赤沢が白石の肩を優しくさすりながら言う。「そう、ちょっと考えにくいわよね。ただ私が申し上げたかったのは、たとえ内部犯であっても、神崎さんの言う通り、冷静にきちんと集団行動を続ければ、犯人は手出しができないということよ」
白石は、はっとして落ち着く。
「そうですね。ごめんなさい。ついつい感情的になってしまって……」白石は姿勢を正して座る。
「しかし、内部犯だとしたら、そいつはきっと今頃、悔しがっていると思うぜ。みんなパニックにならずに集団行動しているから、殺そうにも隙がない。案外、犯人の方が餓死しちまうかもな、はっはっは」桑原は笑って見せる。
「笑えない冗談ですわね」赤沢が言う。「でも前半は賛成ですわ。このまま皆で行動していれば大丈夫でしょう」
「そうですよね。絶対にみんなで生き残りましょう」白石は強気にそう言った。




