面白いことが分かりました
* * *
桑原の弟のジャーナリスト、桑原健が氷室を訪れた。
氷室は仕事を辞めていた。
山あいの小さな村の一軒家で、静かな毎日を送っていた。
「氷室さん、お会いいただきありがとうございます。桑原健です」
「いえいえ、こんな遠方までご足労をお掛けしました。しかし、まさか私の母にまでお問い合わせいただくとは……」
「突然、押しかけてしまって、申し訳ありません」健は靴を脱ぐ。
「母は今、出掛けておりますが──お話というのは、私に、ですよね」
「はい、どうしても氷室さんにお伺いしたいことがありまして」
健はそう言って、名刺を差し出し、和室に上がる。そして座布団に座って、手帳とペンを取り出す。
「桑原さんの弟さん、でしたね。あの事件のこと、心よりお悔やみ申し上げます」
氷室はお茶を差し出す。
「はい。まさかあんな形で兄を失うとは、思ってもみませんでした」
「せっかくお越しいただいて申し訳ないのですが、あの事件について話せることは、既に警察に申し上げた通りです。ご遺族なら、もうお聞き及びでしょう。それ以上のことは……」
「いえ」
健は顔を上げ、氷室の目を見た。
「今日伺ったのは、兄のことではありません。実の兄ではありますが、あの人のやったことには、私自身、嫌悪しかありません。癌だったことも知っています。兄の死は受け入れていますし、今さら掘り返すつもりもありません」
「そうですか。でも、それならなぜ……」
「氷室さん──あなたのことです」
「私の、ことですか?」
「はい。事件後、ひっそりとここで暮らし始めたあなたのことです」
健の視線は動かない。
「それは驚きました。ですが、ここへ越してきたのは、あの事件で受けた心の傷を癒すためです。事件のことを蒸し返されるのは、正直に申し上げて、辛い……」
「へぇ、そうなんですか」健は急に口調を変えて、ぶっきらぼうに答える。
氷室の眉がわずかに動く。
「……重ねて失礼ですが、桑原さんの弟さんとこうしてお話ししているだけでも、あのときのことが頭によぎるんです。あまり長くはお話ししたくありません」きっぱりとした口調だった。
「信じられませんね」
そう言って、健はまっすぐに氷室を見据えた。
「あなたは心の中では、笑っているんじゃないですか?」
氷室が目を見開く。
「……なぜ、そんなことを言うのですか?」
「あなたが、この事件の犯人だからです」健の言葉に曇りはない。
氷室は呆れたように言う。「桑原さん、何をおっしゃるのですか? 確かに、あの事件の犯人は分かっていません。ただ、生き残った私たち三人に犯行は不可能。警察も、現場検証を踏まえて、そう結論づけています。ご存知ですよね?」
「もちろん、知っています」
「それなら、私が犯人でないことも分かっているはずです。お兄様を亡くされて気が動転しているかもしれませんが、冷静になっていただきたいです」氷室は、また突き放すように言った。
健は、一向に怯まない。
「はい、私は冷静です。実はこの三か月間、事件について徹底的に調べました」
「調べた、というと何をですか?」
「人間関係です。このグリーンライフファンドに関わった全員について。記者の端くれとして、資料を徹底的に漁り、親族やビジネス関係者への聞き込みも何度も行いました。その結果、面白いことが分かりました」
「面白いこと?」
「殺しのドミノが起きていた可能性です」
「殺しの、ドミノ?」
健は唇に指を二本当てて、煙草を吸えるかとジェスチャーで示す。
氷室はいったん奥へ行き、空き缶に水を半分入れて差し出した。
健は軽く礼をして、煙草に火を付ける。
そして煙を吐き出し、話し始める。




