ロープ
第十二章 縄索
「ロープがあります」
森川が口を開いたのは、三人がリビングのソファに腰を落ち着けてから、長い沈黙の後のことだった。
どれほどの時間が経っていたのか、誰にも分からなかった。暖炉の残り火だけが、ぱちぱちと音を立てている。
若月はまだ現実を吸収しきれていないようだった。
まだこの山荘に来てから十日も経っていない。最初、あの人たちは確かに生きていた。話していた。笑っていた。それなのに今、この山荘には三人しか残っていない。頭の中で何かが繰り返し拒絶している。そんな様子だった。
「備品ロッカーに、登山用のロープが何本かあります」
若月が顔を上げた。目が充血している。頬に乾いた涙の跡がある。唇が微かに震えていた。
「ロープで──何を」
「互いを繋ぐんです」
森川は静かに、しかし一切の揺らぎなく言った。それは山岳ガイドの声だった。感情ではなく判断から出た言葉だった。
氷室はじっと聞いている。
「三人が常に繋がった状態で行動する。一人になる瞬間を、完全になくす──それしかありません」
沈黙があった。
「犬みたいですね」若月がぽつりと言った。笑いではなかった。ただの言葉だった。
「そうです」森川は真顔で答えた。「ですが、それしか方法がありません」
氷室が頷いた。「賛成です。それが今、私たちが命を守る最善の方法だと思います」迷いのない声だった。
若月は二人の目を見て、静かに頷いた。
森川が備品ロッカーへ向かった。氷室と若月もついていく。
三人の足音が廊下に響く。
ロープを引き出し、ナイフで三メートルほどに切り分ける。
合計三本。ざらりとした繊維の感触が手のひらに残る。
森川はそれを、三人の両手首に巻いた。きつすぎず、しかし手首からは外れない。
山岳ガイドにとってロープの扱いは慣れたもので、森川の手つきは淀みなかった。
三本のロープが、三人の手を繋いでいく──若月の左手から森川の右手へ、森川の左手から氷室の右手へ、氷室の左手から若月の右手へ。
そして三人は、繋がった。
トイレへ行くときも、眠るときも、食事をするときも──常に、三人の距離は三メートル程度以内に保たれるようになった。
「これで、誰かが誰かを殺めようとしても──残りの一人が必ず気づきます。山では命綱が一番の信頼でございます」森川が落ち着いた声で言う。
「殺しようがない、ということですね」氷室が言った。抑揚のない、事実の確認のような口調だった。
「これなら……安心」若月が小さく言った。声に、かすかな安堵が混じっていた。言葉にすることで、ようやく実感できた気がした。
三人は、そのまま暖炉の前に腰を下ろした。




