今日は、みんなと一緒にいたいです
第六章 監視
誰も、すぐには動けなかった。
「神崎さんを……このままにしとくわけにはいかねえ」桑原が重い声で言った。「部屋に運ぶぞ」
桑原、森川、黒木が、神崎の遺体を毛布でそっと包んだ。三人がかりで持ち上げる。
喫煙所から出て神崎の部屋の扉を開ける。
整然としたベッド。几帳面に畳まれたスポーツウェア。サイドテーブルには読みかけの本が一冊、栞が挟まれたままだった。「資料」と書かれた折り畳みホルダーがゴミ箱に捨てられていて、小さな少女二人の写真がその隙間から覗いていた。
さっきまで生きていて、自信に満ちて、皆を引っ張ってきた。その人が、もう戻ってこない。
神崎をベッドに寝かせ、毛布を顎まで引き上げると、まるで眠っているようだった。
「神崎さん……」白石から声にならない嗚咽が漏れる。
「……行きましょう」赤沢が静かに言った。
扉をそっと閉める。
本当に起きてしまった。本当に人が殺された。その事実が山荘全体に、ずっしりと沈殿していった。
* * *
午前八時過ぎ。皆で朝食を取る。
水分多めに炊いたお粥に、サバの缶詰をほぐして乗せたもの。椀に箸が触れる小さな音と、誰かが静かに啜る音だけがする。
窓の外は、まだ重たい雲が垂れ込めていた。雨は小降りだが続いている。霧が山の稜線を覆い、朝の光はどこにも見当たらない。その薄暗がりが、惨劇に打ちひしがれ、恐怖と疲労に沈んだ皆の顔を、いっそう不気味な蒼白へと染め上げている。
「うっ、うっ、うぁーーー」
さっきよりも一際大きな声で白石が泣き出した。その泣き声が山荘にこだまする。
白石の横で氷室が背中を撫でる。一向に泣き止む様子はない。食べ終わった後も、皆その声を黙って静かに聞き続けた。
十分、いや十五分経ったであろうか。少し泣き声が落ち着いた頃に、赤沢が口を開いた。
「神崎さんが殺されたのは本当に悲しい。でも、私たちも生き残るためにするべきことをしないといけないわね」
「しかし、誰が殺したんだ?」桑原が言う。
「……私は、犯人は外にいると思う。だって喫煙所で殺されたんでしょ。喫煙所は外にあるから」若月が言う。
「なぜ外に出たんですかね……煙草なんて我慢すればよかったのに」黒木が言う。
「神崎さんはヘビースモーカーですからね。でも、これからは皆、外に出るときは、絶対に二人でいるようにしましょう」氷室が言う。
「でも内部犯の可能性もあるんじゃないか? あのアイスピックはキッチンにあったものだぜ」桑原が言う。
皆の顔がこわばる。これまでは味方同士という雰囲気もあったが、急に七人全員が敵同士という空気に切り替わる。桑原はそれを敏感に察知しながらも続ける。
「俺だって内部犯なんて思いたくねえよ。むしろ外部犯だと思ってた。ただあれはこのキッチンにあったもんだぜ。それなら内部犯を疑うのは当然じゃねえか」
全員が黙って聞いている。
「そして……少なくとも、昨夜リビングにいた白石さんと赤沢さんと俺にはアリバイがあるが、他の連中にはないぜ」そう言って桑原は黒木、氷室、若月、森川の四人を見る。
「何を言い出すんですか?」氷室が言う。
「お待ちください、桑原さん。我々の誰かが犯人だと、そう仰るのですか?」黒木が詰め寄る。
「えー、ありえない。マジでありえないですよ」若月は半分気が動転している。
森川は少し怒りの表情を見せながら冷静に反論する。「昨夜の零時に私は再度、戸締りを確認しました。そのときは喫煙所には誰もいなかった。桑原さん、それはあなたも一緒に見ていたはずだ」
「ああ、その通りだぜ」桑原は頷く。
「つまり、神崎さんが殺されたのは零時から六時の間になります」森川が言う。そして、桑原に詰め寄る。
「その上での質問です。リビングにいたあなた方三人はその六時間ずっと起きていたのですか?」
「三人が常に起きてたわけじゃねえが、二人は起きて一人は仮眠取るのを二時間ずつ交代で三回やってた。これまでも同じだと思うが」桑原は答える。
「申し訳ありませんが、それならアリバイとは言えないと思います」氷室が言う。
黒木も参戦する。「氷室さんのおっしゃる通りです。もしかすると、二人で起きていたといっても、相手が寝落ちした際に犯行に及んだかもしれません。常に二人で会話して、寝落ちなど絶対にしていないと言い切れますか?」
「もちろんだぜ」桑原はそう答えるが、赤沢は頷かずに聞いている。白石はまだ下を見て泣いている。
「……残念ですが、信じることはできません」森川が言う。
「そうですね、桑原さんも犯人の可能性があります」黒木がきっぱりと言う。
「ふざけんじゃねえぞ!」桑原が怒る。
「俺は起きてる間はずっと二人のどちらかと会話してた。一人だけで起きていた時間なんてねえ」桑原は息巻く。白石と赤沢は黙ったままだ。
「それは私たちも一緒です」氷室が言う。「私たちも深夜の間は、自分の部屋で疲れて寝ていました。犯行時刻の間は一歩も部屋の外に出ていません」
「その証拠もねえだろ!」桑原は声を上げる。
「まあ、まあ、桑原さん」赤沢が制止に入る。「ここで仲間割れしたら、それこそ犯人の思うつぼですわ。神崎さんのお言葉をお忘れになりましたか?」
赤沢が冷静に続ける。「確かに私と白石さんが二人ともずっと起きていたかと言われれば、それは自信がないわ。でも、それで犯人と決まるわけではない。ただ他の皆さんと同じようにアリバイがないというだけよ」
白石も涙を拭いて頷く。「赤沢さんのおっしゃる通りです。私も本当に疲れてしまっていて、寝てしまっていたかもしれません。それは本当にごめんなさい。ただ、生意気を言っているようで申し訳ないですが、ここで仲間割れをしていても仕方ないと思います。神崎さんもそんなことを望んでいないはずです」
しばらく沈黙が続く。
森川が頭を下げる。「おっしゃる通りです。今は皆で力を合わせるべきで、仲間割れをするべきではございません。ガイドでありながら、責めるような言動をしてしまい大変失礼しました」
氷室も頷いて言う。「赤沢さんの仰る通りです。先ほどは失礼しました。それと内部犯という言葉を使うのをやめにしませんか? その言葉はどうも私たちの間に不信感を呼ぶようです」
「そういたしましょう。皆さん、それでよろしいですわね」赤沢が言う。
全員頷く。
「ああ、そうだな。すまなかった」桑原が謝る。
「私も大人気なかったです」黒木も頭を下げた。
そうして場は落ち着きを取り戻した。
ただ、お互いの不信感は完全に払拭できず、七人の間に少し亀裂が入った。
* * *
朝食の後片付けを終えて、七人はリビングに集まった。
「さて、これからどうすべきかですが……」赤沢が話し始める。
「これまで通り、集団行動を徹底すべきかと思います。神崎さんは、一人で喫煙所にいるところを襲われました。特に夜間は一人で行動せずに、部屋に鍵を掛けて閉じこもるか、リビングで集団でいるようにしましょう」
皆がお互いに目を合わせる。そしてぎこちなさそうに、それぞれ頷いた。
「また外部犯を見つけるためにも、外部の捜索は徹底すべきかと存じますわ。食料につきましても、多くは期待できないかもしれませんが、また採取に回った方がいいかと思いますが、いかがでしょう?」赤沢が提案する。
「賛成だな、ここに閉じこもったままじゃ餓死するだけだぜ」桑原が言う。
「私もその方がいいと思います。集団で行動する前提ですが」氷室が続く。
「私も賛成でございます。ですが、今日は皆さん一旦お休みになった方がいいかと存じます……天気も悪いですし」森川が言う。
全員の視線が窓の外に向いた。
空はまだ重たい雲に覆われ、雨も降り続けている。風も強い。
森川が続ける。「こういう状況ですので、ほとんど眠れていない方もいるはずです。今日は無理に外へ出ず、全員でここに留まりませんか。食料も十分でなく、肉体的にも精神的にも、皆さん消耗しきっていると思います。外に出るのはかえって危険かもしれません」
誰も否定しなかった。
「二班に分かれて、体力がある班が外へ出て捜索するって手もあるが」桑原が言う。
「それは反対ですわ」赤沢がきっぱりと言った。「今は七人がバラバラに行動すべき状況ではありませんわ。昨夜、何が起きたかご存じのはず。少人数での行動は危険です」
「賛成ですね」黒木が腕を組む。「七人が一緒にいれば、少なくとも互いの目があります。それだけでも抑止力になります」
若月が小さく頷く。「私も、今日はみんなと一緒にいたいです」
「では、今日はリビングで過ごすことにいたしましょう」赤沢がまとめた。「探索と食料採集は、天気が回復してから」
全員が頷いた。




