どうやら私は追加戦士枠 終
(……ホントに何とかなっちゃったよ)
宣言通りクロは本当に何とかしてのけた。
警察も動いていたが全て“なかったこと”になったのだ。
動員していた理由は別のものに置き換えられ私たちの行方が知れなかった事実も消えた。
あっさりと家に帰れた私は今、クロと共にお風呂に入っている。
「はぁ……染みるな……」
湯を張った大き目の桶の中で寛ぐクロは本当に気持ち良さそうだ。
良いことだとは思うが、
「誘った私が言うのも何だけど、猫なのに全然水平気なんだねクロは」
「流石にな。それより一人で洗えるかね?」
「子供じゃないんだから大丈夫さ」
「いや君は子供じゃないか」
そんなやり取りをしつつ体を洗っていく。
汗も汚れも酷かったから念入りにやらねば。
「……」
鏡に映る泡だらけの裸体を見て私は自然と胸に手を伸ばしていた。
ぺたぺた触ってみるが悲しいほどに起伏がない。
(前世では、これぐらいの年齢から周りより発育良かったんだけどなぁ)
刺された時以外で巨乳が役に立ったことはない。
それでも私にとって密かな誇りだったんだなと失ってから気付く。
まだ九歳だし将来に期待と言いたいところだが、
(そこまで育つビジョンがまるで見えない……)
良いとこB。クリティカルを幾つも叩き出したとしてもCを超えることはない。
何故だかそう思ってしまうのだ。
黙り込む私を見て何を思ったのかクロが口を開く。
「君ぐらいの年齢ならまだまだ未来があるだろう。それに、その何だい?
あまり大きくても良いことはないと思うよ。うちの御主人も……いやあれは違うか。
ぶつくさ言いながら密かに大きさを誇ってたからな。女としての唯一の拠り所だった節がある。
というか女を意識するなら手を入れるべきところは他に幾らでもあっただろうに」
髪を整えるなり目の下の隈を消すなり。
努力もせずに都合の良い展開を望もうなどと浅まし過ぎるとクロは溜息を吐く。
「家族のような人だったんだろう? 酷くないかな」
「事実だから仕方ない。私は主を甘やかさない使い魔なのだよ」
「厳しいね」
シャワーで泡を洗い流し湯舟に浸かると変な声が出てしまった。
蓄積した疲労が溶けていくような感覚があまりに気持ち良過ぎたのだ。
ふぅと息を吐き出したところでクロも頃合いと見たのだろう。
「まずは、何から話そうか。そう――魔女という存在から説明するべきか」
「……よろしく頼むよ」
「ああ。かつてこの世界には魔女と呼ばれる者たちが居た」
生まれながらに人の規格を外れた超常の存在。
それが魔女だというが……過去形?
「察しが良いな。過去形だ。何せ滅んでしまったからな。まあ、今夜一人新たに誕生したわけだが」
「……私か」
「そう。ただ例外も例外。初めてのケースだがな」
先にも述べたように魔女は生まれつきなのだ。
後天的に魔女になるような事例は長い歴史の中でも初なのだとか。
「でも、えっと……君の御主人は私に力を……」
「強化を施せたりはするが一時的なものだ。一般人を魔女に変えるなんてことは出来ない。属性も存在しないしな」
「属性?」
「魔女は空、海、大地の三種に分類されるのだ」
それぞれの属性によって得手不得手があるらしい。
クロの御主人は大地の魔女だったとのこと。
だが私から感じる力は三つの属性のどこにも当て嵌まらない。
(ますます追加戦士枠だな)
メイン三人が空、海、大地で追加戦士枠はそのどこにも属さない。
王道パターンだ。冥様もそんな感じだったしちょっと興奮して来てな。
「まったく意味が分からない」
御主人も自身、理屈は分かっていなかったはずだとのこと。
「ただまあ、感覚的に何か確信はあったのだと思うがな。
純粋な魔力そのものと化したことで見えるものがあったのかもしれない。
まあそこらの理屈は考えても分からないし今は置いておこう」
その言葉に私も同意する。
現状、何か異常があるわけでもないし棚上げでも問題はなかろう。
「話を戻す。魔女が滅びた理由だ。君は“恐怖の大王”という言葉を知っているか?」
「えーっと、待って。聞き覚えがあるな」
確か前世で聞いた話だ。
中学か高校か忘れたが先生が授業の合間の雑談で話してくれた。
「1999年の7月に世界が滅びるだとか予言されてたってあれ?」
「そう。それだ」
「……話の流れからして、それは本当だったってことかな?」
「察しが良くて何より。そう、語られる予言は真実だったのだ」
事の始まり自体は1999年よりも前だった。
魔女という超常の存在が居はしたが漫画アニメのように敵が居たわけではない。
だがある時、来歴不明の怪物が世界で出現し始め人に害を成し始めたのだという。
魔女たちは怪物を駆除しながらその正体を調査することにした。
「調査の結果、奴らは異空間からやって来ることが分かった」
「それって」
「そう。君らが閉じ込められたあの場所、負界だ」
負界は私たちの世界に影のように貼り付き存在しているそうな。
だがそれは元からあったものではない。
どこかのタイミングで何かがあって発生したものだとのこと。
「更に調査を続けた結果、その原因が判明した」
「……恐怖の、大王」
「そうだ。怪物の正体は奴が生み出していた滅びの尖兵というわけだな」
「ねえクロ。恐怖の大王ってのは一体」
「最初に言っておくが奴の正体だとかは分からない」
分かっているのは一つだけ。
恐怖の大王は世界を人を滅ぼそうとしていたという点のみ。
「話を続けよう。負界は恐怖の大王の接近に伴って差した影だ」
世界の外側から迫る強く大きなそれが地球に影を作ったのだという。
迷惑極まる話だが、恐怖の大王と戦う上では悪いことばかりでもない。
「緩衝地帯だな。負界で恐怖の大王を迎え撃てば現世に影響を及ぼすことはない」
仮にこちらで戦っていたら勝ててもその被害は甚大。
最低でも文明崩壊、最悪人類存続の危機に陥っていた可能性があるという。
「魔女たちは覚悟を決めた。彼の者を討ち果たし世界を護ると」
そのために出来得る限りのことをしてその時に備えた。
そして、
「1999年7の月。総力戦が始まった」
無尽蔵に生み出される眷属。凶悪強大極まる本体。
クロ自身も御主人と一緒に戦線に加わり戦っていたが正しく絶望の具現だったという。
「それでも誰一人として諦めなかった。皆、果敢に戦った。
死ぬとしてもただでは死なない。その魂すら燃やし尽くして恐怖の大王に一撃を入れてから消滅していった」
そこでクロは言葉を区切り深く息を吐いた。
「……ただ、御主人の場合はそこで私を生かすことを選んだのだがな」
「……それも一つの選択だと思うよ。私は間違いだとは思わない」
思わず口を挟むとクロは目を丸くして、小さく笑った。
「ありがとう」
「……うん」
「話を続けよう。熾烈な戦いの末、恐怖の大王は倒れた。だが代償は大きく魔女たちも全滅。相討ちだ」
「こうして世界は救われたってわけだね」
今こうして私が生きているのは彼女らの犠牲があったからだ。
魔女たちには感謝の言葉しかないが、
「……じゃあ、今日巻き込まれたあれは?」
「そこだ。私なりに推測はあるが、続きは風呂を上がってからにしよう」
このままじゃのぼせてしまうと冗談めかして笑い、私もそれに同意する。
「とりあえずアレだな。要、風呂上りにはアイスを所望する」
「……猫がアイス食べて良いのかな」
お風呂から上がってパジャマに着替えた私はリクエスト通りにアイスを用意した。
冷蔵庫にあったのはクリーム系ではなく氷菓系でこれでも良いかなと少し不安だったが、
「良いな。うむ、やっぱりアイスは乳成分の少ない氷菓子が一番だ」
大変ご満悦の模様。
ぺろぺろアイスを舐めるその顔はビックリするほど緩んでいた。
「御主人はクリーム系ばかりでね。頼んでも中々買って来なかったのだよ」
「主従で好みが別れると偏っちゃうよね」
「ああ。私が折れるのが常だった」
ちなみに私はどっちかに偏ってはいない。
その時の気分で氷菓とクリームを食べ分けている。
「話の続き、良いかな? 聞かずには眠れそうにないんだよね」
「それは大変だ。君の健やかな成長のためにも語らねばなるまいよ」
しゃくっとアイスを齧るとクロはあくまで推測だがと前置きしてから語り出した。
「恐怖の大王は確かに倒れた。今もこうして世界が続いているのが何よりもの証左だ。
今日やり合った化け物も奴が生み出す眷属と似てはいたが下級眷属にしても弱いし気配が異なる。
こればっかりは感覚的なもので明確な根拠はないが……そう、薄いのだ」
恐怖の大王は滅びの具現。
尽くを滅さんという意思を湛えていて眷属からもそれが感じ取れた。
しかし今日戦った化け物からはその意思が薄かったのだという。
「宙ぶらりん、存在理由すらも定まっていない無軌道な感じだったな。
当初、私たちを殺そうとしたのは目についたから以上の理由はないだろう」
ならばあれは恐怖の大王とはまったくの無関係?
私がそう問えばクロは否、と首を横に振る。
「重ねて言うが恐怖の大王は強く大きな正真正銘の超越存在だった」
「うん」
「倒れたとはいえその骸は今も存在しているのだろう」
ただ、とクロはこう続けた。
「ここで言う骸とは君がイメージするような物理的な死体ではなく概念的なものだ。
概念的と言われてもピンと来ないと思うが、私も上手くは説明出来ないから流してくれ。
ともかくだ。恐怖の大王ほどの存在ならば死後も影響を残し続けても不思議ではない」
その証拠の一つが負界だとクロは言う。
こびり付いてしまった影は往時のそれよりも希薄ではあるが放置していても消えるような代物ではない。
「その上で今日戦った化け物について推測するならアレは蛆のようなものだと思う」
「う、蛆?」
「ああ。死体に湧いた蛆だ」
発生の原因であるので影響は受けている。
だが必滅の意思の下、生み出されたわけではないから薄く行動原理も存在しない。
「決戦から三十年近く。骸が腐り悪臭を撒き散らすには十分な時間ということだろう」
「なるほど」
「……ここまでの話を踏まえた上で君に謝罪せねばならん」
「謝罪? 何故?」
私が感謝することこそあれどクロが謝るようなことなど何一つありはしない。
「いやある。先ほど蛆の化け物……暫定的にレムナントとでも呼称しようか。
レムナントについて語った際に“当初、私たちを殺そうとしたのは”と言っただろう?」
覚えている。
微妙に引っ掛かっていた部分だからだ。
当初ということは後々目的が変わったと受け取れる。
「……いや待て。ひょっとして」
ふと閃くものがあった。
クロの謝らなきゃいけないという発言からして……。
「ああ。恐怖の大王もその眷属も魔女に対して特別敵意があったわけではない。
等しく滅ぼす対象としか見ていなかった。だが大本である恐怖の大王が魔女に敗れたからだろう。
要は気付いていなかったようだが奴らは君が魔女となったその瞬間に、目の色を変えた」
つまり、
「――――私はこれから奴らに狙われる?」
「……断言は出来ないが、私はそう考えている」
本当に申し訳ないとクロは深々と頭を下げた。
でもそれは見当違いの謝罪だ。
「死を覚悟し、受け入れたのに望外の奇跡で助かったんだ。これ以上何を望む?」
何の代償も払わずにというのはムシが良過ぎるだろう。
そりゃ不安はあるさ。
私が狙われることで家族や友人にも害が及んだらって。
でもそれは私が向き合うべき困難であって、クロが罪悪感を覚えるようなことではない。
「そうは言うが元を正せば君らが負界に引きずり込まれたのだって」
「魔女と関わりのあるクロが居たからだって? それはどうかな」
クロ自身が言ったことだ。
目の色が変わったのは私が魔女になってからだと。
つまりそれまでクロは眼中になかったわけじゃないか。
「……だが確証はない」
「仮にそうであったとしてもだ」
これから長い付き合いになるのだ。
変な負い目を抱かれても困るしハッキリと言っておこう。
「私は何一つ後悔していないよ」
クロに出会って家に連れ帰ったこと。
魔女の力を得たこと。
何を悔やむ必要があるというのか。
「もしも時間を巻き戻せたとしても私はまた君を拾うよ」
ある程度、事情を知った後なら尚更だ。
放っては置けない。
だって今日の出来事がなければクロは何の区切りもつけられないじゃないか。
そんなのあんまりだ。クロが可哀そうだし、何より私自身が納得出来ない。
「……」
「謝罪は不要だ。何か言うことがあるとしてもそれは謝罪ではないよ」
これから一緒にやっていくんだ。
私を心配してくれているならこう言って欲しい。
「一緒に頑張ろう。その一言で十分さ」
「……君という奴は」
目を閉じ噛み締めるように呟き、クロは笑った。
「そうだな。ならば誓おう。これから何があろうと私と君は一緒だ」
どんな困難も一人と一匹で共に乗り越えよう。
クロの言葉に私も頷き手を差し出す。
「なら改めてこれからよろしく」
「ああ、よろしく要」
差し出した手にポンと前足が乗る。
ふにふにの肉球の感触に頬が緩んでしまったけど私は悪くない。
「……ところで今更なんだけど」
「何だ?」
「クロクロ言ってたけど本名、別にあるんだよね?」
御主人さん、確かリリスとか呼んでたはずだ。
そんなお洒落ネームがあるのにクロとか呼ぶのはどうなんだ?
と今更ながらに気付いたわけです。ええ、すっかり忘れてましたよ。
「何だ、そんなことか」
「いやいやそんなことて」
「……確かにリリスという名は私にとって特別なものだ。けど、君が言ったことだろう?」
目を丸くする私にクロは言う。
「大切な誰かの代わりなぞ居やしない。喪失の傷が消えることはない。
それでもその傷口を優しく包み込んでくれる誰かと出会うことはあるのだと」
それは今朝、私が語った言葉だった。
「クロという名は私の傷を優しく抱き止めてくれた人がくれた名だ。捨てるつもりはないよ」
「……そっか」
「ああ」
滅茶苦茶気恥ずかしいが、それ以上に嬉しい。
クロは残っていたアイスを口の中に放り込むと私に言った。
「さて。話すべきことは話し終えたし今日はこれぐらいにしよう。子供は寝る時間だ」
確かに時計を見れば良い時間だ。
というかこんだけ長話してたのにアイス全然溶けてない。魔法すっごいな。
「……そうだね。じゃあ、おやすみクロ」
「ああ、おやすみ要。良い夢を」




