どうやら私は追加戦士枠③
密かな決意と共に走り続ける。
手を引くアーシャの息は上がっているが、火事場の馬鹿力というやつだろう。
危機的状況ゆえ今は無理が効いているのでまだ何とかなっている。
(……背後から聞こえる戦闘音が、徐々に近付いてる感じだ)
化け物はこちらを目指していてクロが何とかそれを阻もうとしているが劣勢なんだと思う。
足を止めてはいけない。走り続けなければならない。
(だがゴールも何もないまま走り続けるなんて何時まで……)
保つのか。
暗い考えがじわじわと胸を苛み始めたところで後ろのアーシャが手を上げた。
「カナ! カナ! あっち、あっち!!」
「! でかした!!」
差し掛かった十字路。その右側、ギリギリ視認出来るところに裂け目が見えた。
私は前しか見ていなかったせいで見落としてしまったが本当によく見つけてくれた。
「ぁ……」
「カナ? どうしたの?」
「何でもない! 急ぐよ!!」
振り返りアーシャに視線を向けた瞬間、見えてしまった。
あれを見落としてしまえば何もかもが台無しになっていただろう。
(……本当の最悪は、避けられそうだ)
アーシャの手を引き走る。
裂け目がどんどん小さくなっていくがギリギリで間に合うはずだ。
そう、“アーシャ一人”だけなら。
(良かった。腹を括っておいて)
私が見たのは新たな怪物が生まれる瞬間だった。
猿のようだが今度は右腕がやたらとデカい個体だった。
それは機敏さはないが、確かに私たちを追って来ている。
激しい戦闘音のせいでアーシャが気付いていないのは不幸中の幸いだろう。
「――――ごめんね、アーシャ」
「え」
引き倒すように腕を引っ張り数メートル先の裂け目にアーシャを投げ入れる。
私はその勢いを利用して跳躍、後方から迫る怪物に飛び蹴りを放った。
だが当然のように通じない。蹴った私の方が吹っ飛んでしまった。
「やだ、カナぁ!!」
後ろから聞こえた悲痛な声に胸が痛んだ。
振り返る暇もなく声は直ぐに聞こえなくなった。裂け目が閉じたのだろう。
「……まあ、私にしては上出来かな?」
じんじんと痛む足。大木を蹴りつけたような感触だった。
折れてはいないけどヒビぐらいは入ってるかもしれない。
これじゃもう走るのも無理だろう。
迫る歪に肥大化した怪物の右腕が振り上げられる。
目を閉じその瞬間を受け入れようとしたが、
「させるものかよ!!」
ギィィイン! と甲高い音が耳を揺らす。
目を開ければ傷だらけのクロが私の前に立ちドーム状のバリアを張っているではないか。
猿の攻撃は弾かれたが、半透明のバリアには小さな亀裂が入ってしまった。
「……すまない要。君を助けに来たつもりがこのザマだ」
「何、こうして駆け付けてくれただけでも私は救われているよ」
世の中にはどんなに必死に手を伸ばしても誰にも届かず孤独に生を終える人間が居る。
それに比べたら私は随分と恵まれている方だと思う。
「まあ、巻き込んでしまったことは申し訳なく思ってるけど」
「君に責はないだろう。むしろこれは“私たち”が遺した負債だ」
クロの表情には強い後悔が見て取れた。
事情は分からないが……。
(こんな顔をさせたまま終わるのは気分が良くないな)
事情を聞いている暇はない。
怪物が更に二匹増えている。元々クロが相手をしていた奴らだろう。
あっちでも一匹、新たに誕生していたようだ。
クロも頑張ってバリアを維持しているが破壊されるのは時間の問題だ。
「よく分からないが罪悪感を覚えているのなら二つだけお願いを聞いてくれないかな?」
「……何だ? 私に出来ることならば何でもしよう」
「じゃあまず一つ。不思議な力を使えるならこう、治癒と身体強化みたいなことは出来ないかな?」
「……? 出来なくもないが」
「ホントかい? ならそれを私に使ってくれ」
治癒は分かるが何故、強化を? という顔だな。
強化をかけても奴らから逃げ切るのは不可能なのは素人の私でも分かるぐらいだ。
本職? であるクロからすれば尚更だろう。
「どうせ死ぬなら戦って死にたい」
「……ッ」
「“間宮要は最後の最後まで俯くことなく戦った”――その一文を私の物語に記したいんだよ」
「君という奴は……」
ポカンとしていたクロだが一つ溜息を吐き頷いた。
「良いだろう。して、二つ目とは?」
「私と一緒に死んでくれ」
「――――」
「一人より一人と一匹の方が物語の〆も少しは賑やかになると思わないか?」
冗談めかしてそう言うとクロは嬉しそうに、寂しそうに笑った。
「……ありがとう」
「うん? お願いしているのは私なんだけど」
「いや、いいや。君は何も知らないだろうがその一言で少しだけ私の心残りが晴れたんだ」
クロは言う。今朝話したことは合っていると。
「そうだ。私は大切な人を喪った。あの人は、私を置いて逝ってしまったのだ。
……生きて、なんて言葉より一緒に死んでくれと言ってくれる方がずっとずっと嬉しかった」
だからありがとう、か。
いやでもそういうことなら私としても一言物申さねば気が済まない。
「いや私も君を生かせる手段があるなら普通にそうしたよ?」
「おい」
「もうどうしようもないからせめてって話だしこれ」
クロが何かを言おうとするが、
【――――なら、どうにかしてあげる】
「!?」
知らない女性の声がそれを遮った。
それと同時にクロの首に巻かれていたリボンが解ける。
「ごしゅ、じん?」
宙に浮かんでいた黒いリボンが今度は私の左腕に巻き付いた。
【その代わり一つだけ】
突然のことに呆気に取られるが……嫌な感じはしない。
【リリスを……いいえ、クロをよろしくお願いします】
この声の主が誰なのか。
何となく察しはつくけれどそれだけだ。
一人と一匹がどんな物語を綴って来たのかなんて何一つ知らない。
それでも、ああ、それでもだ。
今、私がすべきことは分かる。
「――――任せて」
巻き付いたリボンを勢い良く引き抜くと同時に光が溢れた。
眩い光の中、私は確かに見た。
目の下に刻まれた色濃い隈、ぼさぼさの黒髪、何とも陰気そうな女性だ。
彼女は俯き口をもごもごさせていたが、意を決したように顔を上げ言った。
【ありがとう】
言葉と同時に浮かんだ笑顔は陽だまりのように優しかった。
光が晴れると、そこにはもう彼女は居なかった。
けど私は一生、あの笑顔を忘れることはないと思う。
「……さようなら名前も知らない素敵なあなた」




