どうやら私は追加戦士枠②
「ね、ねえカナ……何なのここ? あたし、怖いよ」
アーシャが右腕にしがみ付き震えている。
そりゃそうだ。こんなものを見せられて怯えない方がどうかしてる。
「私にもわからないし大丈夫、とは断言してあげられない」
無責任なことは言えない。
それでも、
「二人で一緒に帰れるよう全力を尽くすと約束する。だからアーシャも力を貸して欲しい」
「……うん!」
「ありがとう」
頭を一撫でし、改めて周囲を見渡す。
三年を過ごしすっかり見慣れた異国情緒溢れる町並み。
だけどここには人も居なければ色もない。モノクロの世界だ。
(漫画脳で考えるなら異空間、とかそういうものなんでしょうね)
町を歩いている時に現れた裂け目。そこに吸い込まれて気付けばここに居た。
オタク脳と状況証拠から導ける推測として思い浮かぶのはそれぐらいだ。
非常識、非現実だと思うけど揺るがぬ現実が目の前にあるのだから受け入れるしかない。
(私たちを吸い込んだ裂け目はここに来た時点で消えてる)
もし何某かの悪意によるものだとして、だ。
今こうして私たちが影絵の町を歩けているのはおかしい。
子供を攫うような輩だ。殺すなり何なりしているだろう。
泳がせて見物しているという可能性もなくはないけど、一先ずは置いておく。
もしこれが悪意によるものでないなら自然現象に近いものだと考えるべきだ。
(ならこうして歩き回って向こうに続く裂け目を探すのがベター)
頭の中で考えを整理していると、
「……何だか、寂しいね」
「うん?」
アーシャがぽつりと呟いた。
「えっと、ここ。誰も居ないからじゃなくて、何て言うのかな」
意識しての発言だったわけではないらしい。
本人も言葉を探しあぐねているようだ。
「寂しい、か」
意識して再度、町を見渡す。
何となくアーシャの言わんとしていることが分かるような気がする。
見落としてしまっていたのは大人と子供の差か。
表面的な情報だけで完結しない子供の感性の鋭さだ。
「何となく分かるよ。ここはもう、終わってるんだ」
これ以上先がない。
そしてこれまで積み重ねて来たものがあるわけでもない。
未来もなければ過去もない。恐らくは現在すら。
そんな虚無を指しての寂しいという発言なのだと思う。
「終わってる……ああ、分かる、かも?」
そこでアーシャは口を閉ざした。
言語化されたことで更に意識して気が滅入ってしまったようだ。
「……そうだ。良いこと思いついた」
「出る方法が分かった?」
「残念ながらそれはまだだね。でも、こんな経験滅多にあるわけじゃないだろう?」
折角だし少し楽しんでも罰は当たらないと笑う。
「楽しむ?」
「私たちの町そっくりそのままってことは」
「ことは?」
「――――普段行けない、入れない場所なんかも行けるってことなんじゃないか?」
「あ」
アーシャの顔に少し明るさが戻った。
「……行っちゃう?」
「行こう。フフ、不謹慎だけど楽しいデートになりそうだ」
「もう、カナってば」
探索も兼ねての私的な探検。
脱出口は見つからなかったが気分転換にはなった。
アーシャも当初よりは余裕を取り戻したようだし、無駄な行動ではなかった。
(とは言えどうしたものか)
子供ゆえ体力にも限界はある。
幸いにしてここの気温は暑くも寒くもなく過ごしやすいが動けば体力は減るのだから。
考えあぐねていると、
「――――見つけた」
「「!?」」
声が聞こえ、アーシャと共に勢い良く振り向く。
だが振り返った先に居たのは……。
「「え、クロ?」」
一か月前に拾った黒猫のクロであった。
この子も散歩に出てあの裂け目に飲み込まれたのだろうか?
いやそれよりさっきの声は……空耳?
二人してキョロキョロしていると、
「いや私だよ私」
「……ねえアーシャ、私の気のせいかな? 猫が喋ってるように見えるんだけど」
「……奇遇だねカナ。私もカナのとこのクロちゃんが喋ってるように見える」
「まあ、戸惑う気持ちは分かる」
驚愕が極まると人は何も言えなくなるのだということを知った。
「キェェェェェェアァァァァァァシャァベッタァァァァァァァ!!」なんてリアクションは無理だこれ。
「ここがどこだとか私が何だとか気になることは色々あるだろうが一先ずは受け入れてくれ」
「か、カナ」
「……信じよう。少なくとも悪い感じはしない」
猫とは言え一月、寝食を共にした仲なのだ。
悪意を忍ばせているとは考えたくない。
「カナが、そう言うなら」
「……君という奴は」
「うん?」
「何でもない。あちらへ通じる穴はランダムだ。何時でも動けるよう心の準備だけしておいてくれ」
「了解」
クロも事情は知っているようだが任意で出入りは不可能らしい。
だがどこに裂け目が出るか分からないし大丈夫なのだろうか?
いややけに理知的な喋り方をするクロのことだ。そこらは承知の上で何とか出来るのだろう。
「……未だこびり付く忌々しい残影め。迷惑極まるな」
「クロ?」
「ただの独り言だよ」
それきり黙り込んでしまったが、
「……嘘だろう?」
そのヒゲがピクリと反応を示す。
「奴はもう――いや、そういうことか!?」
憤怒、焦燥、雑多な感情が綯い交ぜになった声。
その迫力に私とアーシャは気圧され何も言えなかった。
だが、このまま黙っているわけにはいかない。
明らかに何かやばそうな兆しがあるのだから。
「あれほどの化け物であればその骸すらも……クソ! 何故その可能性に思い至らなかった!?」
事情を聞こうと口を開こうとした正にその時だ。
十メートルほど離れた場所の地面がとぷんと波打った。
ずるずると黒い水が這い出し形を成していく。
それは二メートル近くはあろう巨躯を持つ黒い猿のような怪物だった。
怪物は枝分かれした奇妙な腕で地面を掻き毟ると雄たけびを上げた。
「要、アーシャ、逃げろ!!」
クロが叫びに呼応し私はアーシャの手を取り駆け出す。
少し遅れて背後で爆発音が聞こえ熱風が背を叩いた。
私の判断は間違っていなかったらしい。
「ちょ、ちょ、カナ!? 何なのこれ!? 何が起こって」
「……分からないことだらけだが、あそこに居たらクロの足手纏いになることは分かる!!」
この空間について何か知っている様子だったこと。
そして化け物の出現前に何かに気付いていたこと。
明らかに普通じゃない。
そんなあの子の傍に力のない子供が居たって邪魔になるだけだ。
(……二度目の人生も、存外早く終わっちゃうかもしれないわね)
でも、まあ、二度目があったこと自体奇跡のようなものなのだ。
ならば腹を括ろう。
(この命に代えてもアーシャだけは家に帰してあげないと)




