どうやら私は追加戦士枠①
『うっわ、これどうしよう……やっちゃったなぁ……』
私の主は決して賢明な魔女ではなかった。
深く考えずに行動して手痛いしっぺ返しを食らうことはしょっちゅう。
ぶっちゃけ馬鹿だった。
『ひぃぃん!? 何か爆発したんだけどぉ!?』
私の主は決して優れた魔女ではなかった。
魔力量こそ目を瞠るものがあったけどそれだけ。
簡単な魔法さえ暴発させてしまう無能と言われればは否定出来ない。
『ちょ、ちょ、これ、逃げちゃダメかなぁ?』
私の主は決して勇敢な魔女ではなかった。
恐怖の大王が降臨する以前、その尖兵たちとの戦いの段階でもう腰が引けていた。
誰かがやってくれるなら自分が頑張る必要はないという考えの持ち主だった。
『……あーあ、これで終わりかぁ』
『……何、一人で逝かせはしない。私も一緒だ』
馬鹿で、無能で、臆病で。
『ううん。逝くのは私一人だけ』
『御主人? 何を』
『他の皆には申し訳ないけどさ。最後に命を燃やし尽くして一矢なんて私には出来そうにないや』
けれども、
『私の命をあげる。だから、生きて。リリス』
――――大切な私の家族だった。
「……い……クロ!」
意識が浮上する。
重い目蓋を開けば私を保護した少年のような少女、要が心配そうにこちらを見ていた。
「大丈夫かい? うなされていたようだけど」
鳴き声一つ出すのも億劫だった。
だが自分を気遣う子供を無視するのも情けない。
にゃあ、と小さな声で鳴くと要はほっとしたように笑った。
「そうかそうか。それは良かった」
細い指が私の顎を撫でる。
(……何というか、御主人が生きていたらウヒウヒ奇声を上げてただろうな)
拾われて一ヵ月と少し。
積極的に関わってはいないが、ただ居るだけでも見えて来るものはある。
この少女はまだ幼いが随分と罪な女であるという印象を受けた。
家を訪れる友人らとのやり取りや要を見る目を見れば色々と察せるというもの。
もし出会っていれば卑屈で根暗な御主人に要の罪な優しさは覿面だっただろう。
(ねえこれ私のこと好きなんじゃない!? とか言いそうだ)
あれはそういう人だった。
そんなことを考えながらしばらく成すがままになっていたが、
「……思ったんだけど」
ふと私を撫でる手が止まる。
「君は、大切な誰かとの別れを経験したのかな?」
真実を暴き立てる探求者のような厳しいものではない。
穏やかで、少しの寂しさが滲む声色だった。
「何だか、そんな悲しい目をしているなと思ったんだ」
「みゃぁ」
「……もしそうならあの日、あんな風に横たわっていた理由も分かるよ」
要が私を抱き締める。
「けど、君は生きている」
そうだ。私は生かされた。
何度その後を追おうと思っても、寸前で手が止まってしまう。
「大切な誰かの代わりなんて居やしない。誰かが誰かの代わりになんてなれっこない。
そんな簡単に取って代われるならそもそも傷になんてなりやしないもん」
でもね、と要は続ける。
「その傷口を優しく包み込んでくれる誰かと出会うことはあると思うんだ。
薄情だと思うかい? でもね、それが生きるってことなんじゃないかな。
じゃなきゃ一度失ってしまったら二度と幸せにはなれないってことになっちゃう」
それではあまりにも救いがない。
悲しみを抱えながらも新しい幸せを目指したって良いじゃないかと要は言う。
「だから君も、今は難しいかもしれないけど何時かまた歩き出そう。
幸せを探しに行くんだ。一匹じゃ不安だっていうなら私が付き合うとも」
そこで要がそっと抱擁を解いた。
少しの寂しさと共に彼女を見上げると、
「……いや、何を言ってるんだろうね私は」
ほんのりその顔は赤くなっていた。
まあ気持ちは分からないでもない。
(猫相手に真面目な人生論を語る人間であると客観視するのは恥ずかしかろう)
何と言うんだったか。
要の国の言葉でこういう時に使う慣用句があったはずだ。
以前、御主人と訪れた際に聞いたような……そうそう、武士の情けだ。
触れてやらぬのが武士の情けだろうと私は不思議そうに首を傾げ鳴いてやる。
ちょっとあざといなと思ったが効果は覿面だったらしい。
「クロは可愛いなあ!」
私は私で気恥ずかしいが致し方なし。
世話になっている恩人のためなら恥の一つや二つは、だろう。
(……ああそうだ。猫の振りと言えば)
ふと、懐かしい思い出が脳裏をよぎった。
あれは確かアメリカに居た頃のことだったか。
新天地で友達も居ない寂しいと愚痴る御主人とそれを聞き流す私。
『ちょっと待って。良いこと思いついたんだけど』
『ああ、ロクでもないことだな。聞くだけ聞いてやろう』
『ちょっとぉ!? ち、違うもん! 本当に名案だもん!!』
勿論、そんなことはなかった。
『ちょっとリリス、可愛い猫ちゃんの振りしてお隣さんにじゃれついてくれない?』
『……で?』
『私が駄目よリリス、迷惑かけちゃって引き剥がす振りするからもっとじゃれついてあげて』
『……で?』
『それで私がごめんなさい。この子、あなたのことが気に入っちゃったみたいでって言うの』
『……で?』
『察しが悪いわね。それを切っ掛けにして仲良くしようって言ってるの』
何が悲しいって実際にこれをやらされたのが悲しい。
成功したかどうかは……まあ、武士の情けである。
いや御主人にかける情けは要らないな。
(本当に、懐かしい)
こんなくだらない記憶は両手足の指では足りないぐらいある。
けど、私は何時からかそれを思い出すことすらなくなっていた。
(……忌まわしいものでは、ないはずなのにな)
馬鹿馬鹿しくも愛すべき思い出すら悲しみで蓋をしてしまっていたのだ。
そのことに気付き自らを恥じると同時に私は要に感謝した。
思い出のアルバムを開けたのは彼女のお陰だ。
「おっと、そろそろ時間だ。行って来るよ」
「みゃあ」
「見送ってくれるのかい? フフ、ありがとうねクロ」
優しく頭をひと撫でし要は家を出て行った。
(……今日は天気も良い)
陽だまりの中で思い出に浸るのも良いだろう。
そして要が帰って来たらまた猫の振りで沢山甘えてあげよう。
正直、かなり恥ずかしいが大切なことを思い出させてくれた礼だ。
可愛い猫の振りをする練習をさせられた記憶も思い出せたし先ほどよりも上手くやれるだろう。
(昔取った杵柄というにはあまりにも情けないな)
だが要は夜になっても帰って来ることはなかった。




