お約束 前編
「はぁ」
翌朝。目覚めは決して良いものではなかった。
いや悪いというわけでもないんだが。
「……まさか天音と咲耶、乙姫が魔女だったなんて」
いやアニメ脳で考えればピッタリだよ。
可愛かったよね三人のコスチューム。
頭の大きなとんがり帽子にリボンやフリルのついた衣装。
大まかな要素を共通させつつそれぞれのイメージカラーや性格を反映した差異をつけてる。
「見事な職人芸だ」
例えば天音ならスカートの下はスパッツでおへそや腋などを健全に露出させてる。
全体的にスポーティなデザインで一目見れば元気な子なんだなってのが分かる。
逆に咲耶などは露出はあんまりなくてフリルやリボンが二人より多め。
乙姫は天音と同じで露出多めだが、こっちはセクシーな感じに仕上がっている。
「是非一度、じっくり観察させて欲し……って違うだろ」
寝起きだからか思考が変な方向に行ってしまった。
三人が魔女であることを知り、私は即座に声をかけようとした。
当然だろう。だって友達なんだから。
しかし、
『待て』
とクロに止められてしまった。
『彼女たちが君の友人だというのは分かったが正体を明かすのは早計だ』
何故? まさか疑っているのか?
不機嫌さが滲み出てしまったのだろう。
クロは少し慌ててそういうことではないと否定しつつ理由を説明してくれた。
『あの子たちが善良だとしても力を与えた者までそうとは限らない』
見ろ、と腕の中のクロが三人から少し離れた場所を指し示す。
そこには戦いを見守っている一匹の白猫が居た。
『……今は私と同じ程度にまで弱体化しているようだがあれは紛れもなく“エヴァ”だ』
『知り合い?』
『面識はないが界隈で奴を知らぬ者は居ないだろうさ』
かつてノルニル三姉妹という魔女が居たらしい。
当時の最強であり恐怖の大王の決戦では陣頭に立ち皆を率いたとのこと。
その三魔女がそれぞれの力を結集して創り上げた使い魔、それがあのエヴァという白猫なのだという。
『なら人品に問題は』
『“何故生きて”いる?』
『え』
『君も承知の上だろう。使い魔と主は一心同体だ』
他の魔女がそうしたように主たる三魔女もまた最期に全てを燃やし尽くした。
それがトドメとなり恐怖の大王は死んだのだ。
『後始末のために一時、生を延長させられた使い魔は確かに居た。
私が決戦の詳細を知れたのは彼らのお陰だ。しかしそこにエヴァは居なかった。
そして誰一人としてエヴァの名を口にした者も居なかった。戦死したというのが共通認識だったからだ』
エヴァは並みの魔女とは比べ物にならないほど強かったという。
当然のように主と最前線で戦っていたのに何故、死んでいないのか。
『それはほら、君の御主人と同じでさ』
『勿論、そういう可能性もなくはない。だが直ぐにそうと判断するのは早計だ』
まずは話を聞く。その上で見極める。
だからそれまでは正体を明かすべきではない。頼むと頭を下げられた。
そこまでされてしまえば私としても従うしかないだろう。
そして今、クロはなるべく安全にコンタクトを取るべく出ている。
そういう事情もあり私は朝から何とも言えない気分なのだ。
クロも心配だしもう一つ。
「はぁ」
ダイニングに行くとスマホのランプが点滅していた。
起ち上げてみればメッセージアプリの通知。
差出人は天音、咲耶、乙姫だ。
多少言い方は違うが内容は「学校で会えるのを楽しみにしている」というもの。
「隠し事をしたままってのは気まずいんだよなぁ……」
これが一般人なら話すわけにもいかないし割り切れる。
でも同じ魔女でこちらが一方的に知っているというのはどうにも居心地が悪い。
「大体、嘘は苦手なんだよ私」
前世からそうだ。だって正直な方が楽だもん。
とは言え私にはどうしようもない。
出来ることと言えばなるべく早くこの後ろめたさが解消されるのを祈ることぐらいか。
「いってきます」
一人の朝食を終え、一人で通学路を行く。
通学路なので当然、他の小学生ともすれ違う。
誰だコイツみたいな目を向けられるのがどうにもムズムズするので少し早足で学校へ向かった。
職員室に行くと担任になる柏崎先生が私を迎えてくれた。
眼鏡をかけた三十手前ぐらいの女性で、以前訪れた際も良くしてくれた。
「おはよう間宮さん。大丈夫? 緊張してない?」
「大丈夫です。あちこち巡って来たので」
「そっか、そうよね。うちの子たちは皆、良い子だからきっと直ぐに馴染めるわ」
時間までお喋りをしてチャイムが鳴ると同時に職員室を出た。
「じゃあ私が声をかけたら入って来て頂戴」
「はい」
4年3組。これから私がお世話になる教室だ。
中から見えない場所に身を置き、中に入る先生を見送る。
挨拶から始まり今日一日の予定を生徒らに伝え、遂にその時がやって来た。
「間宮さん、入って来て!!」
扉を開き中に入り迷うことなく教壇付近へ。
そして教室を見渡し――――気付く。
「あ」
天音、咲耶、乙姫の三人が笑顔で手を振っていた。
転校生が来ると言われたから私のことだと察したのだろう。
「「「あれ?」」」
だが直ぐに近くに居る友人たちも同じように手を振っていることに気付く。
え、ひょっとしてあんたらも? 天音さんもなどと小声で囁き合っていると、
「はいそこお喋りしない! これから間宮さんが自己紹介するんだから」
先生から注意が飛び三人は口を閉じた。
(……まさか三人一緒に同じクラスになるとは)
嬉しいけど、今はちょっと嬉しくない。
ともあれ今は凹んでいる時間ではない。
ここでぼーっと突っ立ってたら何時まで経っても終わらないからね。
「はじめまして間宮要と申します」
これまで日本を離れていたので不慣れなことも多々ある。
それで迷惑をかけることもあるかもしれないがよろしくお願いします。
無難に挨拶をこなすと割れんばかりの拍手と女子の黄色い歓声が上がった。
ああこれまた男の子だと思われてるな。
「あーあ」
「……勘違いしちゃうよね」
「何と申せば良いか」
ちょっと面白そうな顔の天音。
やれやれって感じの乙姫。
気まずそうな咲耶。
三者三様のリアクションがまた如何にもそれっぽくてちょっと私は興奮した。
「じゃあ間宮さん。あそこの空いてる席に」
「はい」
こうして私の新しい学校生活が幕を開けた。
◆
「あー、これでやっと落ち着いて話せる!」
そう声を上げたのは天音だった。
昼休み。給食を食べ終えた私たち三人は使われてない空き教室に集まっていた。
「これまでの休憩時間は話どころではありませんでしたからね」
「そうそう。質問攻めされてて私たちが近付ける感じじゃなかったもん」
咲耶と乙姫がクスクスと笑いながら続く。
そこで「ってかさ!」と机に座っていた天音が両手の指をびっと突き出す。
「咲耶、乙姫と知り合いだったなんて初耳なんだけどあたし」
「それ言うなら私もだよ。いやこっちで友達が出来たとは聞いてたけど」
「はい。それがまさかお二人とは……世間とは狭いものですね」
それは私も思う。
地方都市でそこまで大きくはないけど小さくもないのにね。
ただ全員が魔女だということを考えると運命的なものを感じるのもまた事実だ。
「どうやった知り合ったわけ? あたしは危ないとこを助けてもらってさ。そこから仲良くなったんだよね」
一緒にサッカーもしたしと天音が経緯を説明すると、
「「私も」」
「乙姫さんもですか?」
「え、咲耶も?」
とこうなる。
そうか。よく考えた私この子ら全員、抱き止めてるんだよな。
「は、はい。図書館で届かない本を取ろうとして落ちかけたところを」
「咲耶さー、前から言ってるじゃん。そういう時は人に頼もうって」
天音が仕方なさそうに溜息を吐く。
まあ当然と言えば当然か。
そこそこの付き合いのようだし咲耶が人に頼りたがらない悪癖も知ってるよね。
「ご、ごめんなさい」
「まあ無事で良かったけどさ。そっから何で友達に?」
「ご存じかもしれませんが要さんは語学が堪能で」
経緯を説明すると天音と乙姫は「「あー」」となった。
それはどういう意味のリアクションなんだろう。
「初対面の人間にいきなりそこまで踏み込むって結構ハードル高いけどまあ」
「うん。カナちゃんならやるかやらないかで言えばやるよね」
「しかも一緒にご飯行ってるし」
「夜は手料理を振舞ってもらったってカナちゃんってばどこのスパダリなの?」
「ハニーなんですけど私……」
ダーリンでは断じてない。
「そういう乙姫さんはどういった経緯で?」
「ああうん。自然公園の吊り橋あるでしょ? あそこで考え事してたら転びかけたんだ」
「もしかしてそこを要がスパダリキャッチした感じ?」
「そう! もうどこの王子様ですか? ってぐらい決まってるんだよねカナちゃんってば」
「「あー」」
だからその「「あー」」やめて?
何かこう、居た堪れなくなるから。
「二人には前言ったけどここ最近、撮影だったでしょ?」
「はい。詳しい内容は存じませんが乙姫さんが主役だと」
おぉ、コンプラしっかりしてるな。
ドラマの撮影があること自体は一般にも知られてたけど内容は、だもんな。
私も詳細は公式が発表してからと言われたし。
「そこで欠員が出ちゃったんだよね。それでどうしたもんかと思ってたら」
「あ、分かった要でしょ! 馬鹿みたいに顔良いもん!!」
「まあそうだけど天音、言い方」
それな。
「……そんなことがあったんですね」
ちょっと拗ねたように咲耶が私を見る。
多分、何も言ってくれなかったことが面白くないのだろう。
「ごめんごめん。学校始まったら土産話にと思ってたんだよ」
「あー、確かに乙姫が友達じゃなかったらえぇマジー!? ドラマの撮影ー!? とかなってたわ」
「そう、ですね。何というかご期待に沿えず申し訳ありません」
友達が今をときめく売れっ子の子役だもんね。
撮影中にそれとなく聞いたり調べたりでビックリしたわ。
「というか三人は何で友達に? 言っちゃ何だけどフィールドが違わないかな?」
「まあそうだね。咲耶は隅っこで大人しくしてるタイプだし天音はその逆」
「乙姫さんは一歩引いたところでという感じですものね」
「そう。だから私も関わりがないんだろうなって頭から思ってたんだけど」
「いや別に何か特別なことがあったとかじゃないけどね」
と天音が苦笑する。
保育園時代に出会って些細な切っ掛けで仲良くなりここまで来たとのこと。
「なるほど」
にしても何だ。
乙姫の様子を見るに肩肘を張っている感じはない。
クラスだと他の子も居るからか仮面を被ってたように見えるけど今は楽に過ごしているように思う。
(私のあれは要らないお節介……いや、そうでもないか)
気を抜ける人間が一人でも増えるのは良いことだろう。
そう結論付けて次の話題に移り、お昼休みいっぱいお喋りをして楽しく過ごした。
「じゃ、行こっか!」
そんなこんなで放課後。
今日は乙姫も仕事はないようで四人で遊ぶことになった。
そこで天音が提案してくれたのが街の案内だ。これは正直、嬉しかった。
私もそこそこうろついたがやっぱり地元の人間ならではという場所もあるだろうし。
「まずどこに行く?」
「あ、それなら私から提案が。要さんは家事をしておられるとのことなので」
「ああはいはい。暮らしのお役に立つ感じね。そういやスーパー寄ったっけ」
「はい。私は詳しくありませんがよくお使いに行かれている天音さんなら詳しいと思うのですが」
「そらもうバッチリよ。うちのママのケチ舐めちゃいけないからマジで」
「天音、そこはケチじゃなくて倹約家って言おうよ」
女三人寄ればというが本当に元気だね。
絶えずお喋りをしているこの三人。
こういう仲の良さを見てると心がほっこりするわ。
「じゃあまずは前行ったとことは別のスーパーかな。
ママもそうだけど毎日毎日ご飯作るの大変だしさ。美味しいお惣菜とかも抑えといて損ないし」
やだ。
めっちゃ私の需要に寄り添ってくれるじゃないこの子たち。
人が出来過ぎくんじゃない?
「まあぶっちゃけると基本、値段はどこも似たり寄ったりなわけ」
重要なのはチラシ。
その時々でどこで何が安くなっているかを把握するのが大事だと天音は力説する。
小学生なのに偉く様になってるな。お母さんの手伝いで磨かれた価値観か。
「でもまあ、これはここって大体外れないとこもあるんだよね。
消耗品……シャンプーとか歯ブラシはやっぱドラッグストアかな。
何件かあるけど安定して安いのは一件だからそこ覚えとけば良いと思う」
ちらりと乙姫、咲耶を見る。
二人は曖昧に笑った。
まあこっちの二人はそういうの詳しくはないよね。
咲耶は基本外食だし乙姫も仕事が忙しくて親の手伝いとかはやれてないだろうし。
「ここ! 丸パチが惣菜系だと当たりなの。小腹空いたし何か」
買って行く? 天音がそう提案しようとした矢先だ。
「「「ッ!」」」
ぴくりと三人が小さく体を震わせた。
私も、当然感知している。
「えっと」
「ごめんカナちゃん。ちょっと待っててくれるかな? 私たち用事が出来ちゃって」
「あ、うん! そう! 直ぐに戻って来るからさ!!」
近くの本屋で立ち読みでもしてて!
言うだけ言って三人は慌ただしく駆けて行った。
(こ、これは一般人の友達と居る時に敵が現れて不自然な中座をする変身ヒロインたち!?)
お約束のシチュエーションに私の胸はかつてないほど高鳴っていた。




