そして幕は上がる
楽しい時間は早く過ぎてしまうもの。
時刻は夜の八時前。バーベキューはお開きとなり私にも迎えがやって来た。
父の車に乗り込もうとしたところで待ってと声をかけられる。乙姫だ。
「改めて……ここ数日、本当にありがとうねカナちゃん」
「どういたしまして。じゃあ明日、学校で」
「うん。一緒のクラスになれると良いね」
乙姫に見送られ今度こそ車に乗り込む。
「お疲れ様。楽しかったかい?」
車を走らせながら父が優しい笑みを浮かべ聞いて来た。
今日のバーベキューだけではなくここ数日のことを聞いているのだろう。
私は胸を張って答えた。
「最高!!」
「それは良かった」
コンビニでアイスを買って帰宅。
流石は我が父、拳と言ったところか。既にお風呂の用意はしてくれていたらしい。
汗やらバーベキューで染みついた臭いを落としたかったので本当にありがたい。
父に感謝を告げ私は一直線で浴室へ向かった。
「あ゛ぁ゛ー……いー……おゆー……」
自覚はないが慣れないことをしていたせいで疲労が蓄積していたようだ。
湯舟に浸かった瞬間、溶けるように体が崩れてしまった。
だが心地よい疲労を歓迎こそすれ嫌う理由はない。
楽しく疲れることが出来たから、こうして気持ちの良いお湯を頂けたのだから。
「~♪」
たっぷりお風呂を堪能したら当然、次はアイスだ。
道中で買ったチョコクッキーのをスプーンで掬いあげて口に放り込めば天国完成。
幸せ以外の言葉が思い浮かばなくなる。
「ご機嫌だね。僕にもおすそ分けして欲しいな」
とパソコンに向かっていた父が冗談めかして笑う。
今日までの話をしてくれということだ。
「勿論。じゃあどこから話そうかな。まずは乙姫と出会ったところかな? あ、乙姫っていうのはさっきの子で」
喋り出すともう止まらなかった。
学校であった楽しいことを親に話す子供そのものだと思う。
うん、うん、と穏やかな笑みを浮かべたまま相槌を打ってくれている父が何よりもの証拠だ。
ちょっと恥ずかしいけど別に悪いことではないだろうと割り切り話を続けた。
「本当に良い経験が出来たみたいだね」
「うん。ドラマに出演するとかこれ一生ものだよ」
「ところで放映日は何時なんだい? 仕事中だろうと父さん、絶対リアタイするよ」
「そこは仕事して欲しいけど海の日だって」
忘れないようにしないとってメモを取る父。
スマホじゃなく紙のメモ帳ってところにこだわりが窺える。
機械に疎いわけじゃないけどやっぱりフィールドワークとかしてるとアナログのが良いのかね。
「明日から学校だけど、もう三人も友達が出来たしこの分だと心配なさそうだね」
「まあね。同じクラスになれるかは分からないけど」
「三人は何組なんだい?」
「……そこは聞いてなかったな」
今から聞くのも何だし明日の楽しみとしておこう。
私がそう言えば父さんもそれが良いかもねと笑ってくれた。
「ところで父さんの方はどうなんだい? 大学で上手くやってけそう?」
「僕かい? 僕の方もまあ問題はないさ。言っても大人だからね」
合う合わないはあっても割り切れるような人ばかり。
特にトラブルとかは起きないよとのこと。
「そっか。まあ父さんのことだからあんま心配はしてないけどさ」
外国にまで行って現地の人間ともあれこれコミュるのだ。
対人能力に関しては高い方だと思うし。
その後もしばらくお喋りを続け気付けば十一時前。
まだ寝るつもりはないがそろそろ寝室に引っ込んでおく時間だ。
「じゃ、私はこれで」
「ああ。ゆっくりお休み」
作業を再開した父さんを背に寝室へ。
スマホを弄りながらダラダラしていると、
「うぉ」
「ただいま」
壁をすり抜けてクロが帰還した。
何か小さな風呂敷を背負ってるけど何だろあれ。
「おかえり。今日まで何してたの?」
ドラマの撮影を見学に行くと言って以来、クロは家に帰っていなかった。
連絡は来てたけどいい加減、何をやっていたか教えてもらいたい。
「ああ。成果も得られたしちゃんと説明する。これを取りに行っていたのだ」
器用に結び目を解き風呂敷を外すと中から現れたのは、
「……マスク?」
目元を覆ういわゆるドミノマスクというやつだ。
それと細々とした指輪などのアクセサリー類。
まさかどこかから盗んで来たわけではないだろうが……。
「これは御主人が所有していた魔道具類だ」
「御主人さんが?」
「うむ。恐怖の大王との決戦に際してケチな御主人も出し惜しみはしなかったのだがな」
ただどう足掻いても戦闘に使えないものは別だ。
嵩張るだけなのでそのまま置いて来たらしい。
その存在を私が咲耶と出会った日の夜に思い出したとのこと。
だが保管には魔法が用いられていたから今も存在しているかは確信が持てなかったらしい。
「……三十年近くだもんね」
「ああ。だが幸いにしてお目当ての品は発見出来た」
まずはこれと可愛らしい前足がマスクを叩く。
「これは強い認識阻害の魔法がかかったものでな」
着けていればよっぽどの魔女でなければその正体を暴けないとか。
恐怖の大王との戦いで正体を隠す意味はないからな。確かにこれは無意味だ。
けど今の私にとってはかなり有用な品だと思う。
「で、こっちが装着者の気配と魔力を遮断する指輪だ」
「これは戦闘で使えるんじゃない? 不意打ちとか」
「そうでもない。他を害さない、戦闘行為に使わないという制約の下性能を高めているものなのだ」
「ああ、それじゃ使えないか」
「他にも色々あるがこの二つは役に……」
ぴくりとクロのヒゲが震えた。
私もまた、感じ取った。レムナントと知らない魔力の気配だ。
突然、出現したような感じだったし負界からこちらに戦場を移動したのかもしれない。
「要」
「うん。早速、出番らしい」
私はリボンを引き抜き変身するとマスクと指輪を装着した。
……更に追加戦士枠感増したな。
最初はこんな感じで正体偽ってるんだよ。
「すまないが抱き上げてくれるか。そうすれば私にも魔道具の効果が及ぶ」
「了解」
クロを抱き上げ窓から飛び出す。
空を駆け抜け向かった先はここ数日、お世話になっていたあの自然公園だ。
戦場が窺える地点で一旦足を止め様子を窺うことになったのだが……。
「あれがそうか」
愛らしい衣装に身を包んだ三人の少女が戦っている。
相手はポップな印象を受ける木の怪物だ。
「見たところ君と……要? どうした要?」
懸命に戦う彼女らを見れば悪い魔女でないのは明白だが、それどころではない。
「あの、知ってる顔なんですけど」
だってそれは私がここ最近友誼を結んだ三人の少女だったから。




