深海乙姫 前編
「そうかそうか! また新しい友達が!!」
「うん。咲耶って言ってね。これがまた勉強熱心な子でさ」
翌朝。父と朝食を取りながら昨日のことを語り聞かせていた。
とは言え色々キナ臭い部分には触れずにだけど。
「童話を参考書にか。なるほど良い勉強法だ。力になってあげたかい?」
「当然。袖すり合うも何とやらっていうだろ?」
「フフ、それでこそだ」
「かなり仲良くなってね。ここらの美味しい店とかも教えてもらったんだ」
時間が出来たら一緒に食べに行こうと誘えば父は嬉しそうに頷いてくれた。
私の舌に合うということは多分、父にも合うだろうしきっと気に入ってくれる。
「それで昨日はそのお礼に夕飯を振舞ってね」
「要は料理上手だからね。咲耶さんは喜んでくれたかい?」
「うん、とっても美味しいって褒めてくれた!」
本番インドのって誘い文句は使ったが当然、メニューには気を遣った。
比較的日本人の舌にも合うであろうとものちゃんと選んだ結果だ。
お世辞とかではなく本当に喜んでくれていたように思う。
「良かったじゃないか」
ニコニコと笑う父の目の下には隈が刻まれている。
連日忙しくて昨日も夜遅くに帰って来てたからだ。
それでも私との時間を作るために朝、こうして起きて来てくれる。
(……咲耶とのことがあったからかな。余計ありがたく思うよ)
咲耶のこともどうにかしてあげたいけど……本当にもどかしい。
人には出来ることと出来ないことがある。
頭ではそう分かっていても割り切れない。
中身がおばさんでもこうなんだから本当に人間とは難儀なものだ。
(せめて私と居る時ぐらいは心が安らげるようにしてあげないと)
今日は朝から塾があるとのことで会えないがまた誘おう。
勉強の手伝いだけじゃなく遊びにも誘って色々なものに触れてもらうのだ。
そう内心で気合を入れていると父がそうだと手を叩いた。
「どうしたの?」
「いや昨日、飲みに行った同僚から面白い話を聞いてね」
「面白い話?」
「ああ。何でも今日、この街でドラマの撮影があるんだとか」
「へえ!」
当たり前の話だが私は日本の芸能界には詳しくない。
それでも芸能人を直に見られるかもなんて話を聞けばワクワクするぐらいにはミーハーだ。
父もそれを分かっているからこの話をしてくれたのだろう。
「父さん、どこで何時からやるの?」
「勿論そこも聞いてあるとも。忘れないようにメモを取っておいたから……はいこれ」
父は手帳からページを破るとそれを私に渡してくれた。
「ありがとう!」
「どういたしまして。ご馳走様。美味しかったよ」
「お粗末様。ゆっくり休んでね」
「ああ。でも何かあったら遠慮なく起こしてくれて良いから」
あくびを噛み殺しながら父は寝室へ戻って行った。
お疲れ様。どうかゆっくり休んで欲しい。
「撮影の見学に行くのか?」
父が居なくなったところでソファで寛いでいたクロが口を開いた。
「うん。天音や咲耶にする話の種にもなりそうだしね。クロもどうだい?」
「遠慮しておく。まだ何の成果も挙げていないからな」
「そうは言うけど昨日も一日歩き回ったんだろう?」
一日歩き回って手がかり一つ見つけられない。
体力的には大丈夫でも精神的にはしんどいだろう。
息抜きも重要だとクロを諭すが、
「問題ない。息抜きはしっかりやっているし何より放置したままの方が精神衛生上よろしくない」
とバッサリ。
これ以上は何を言っても無駄だろう。
「それに調査以外にもやることがあるからな」
「やること?」
「……ぬか喜びになっても申し訳ないからな。成果を得たら伝える」
「そっか。でも無理はしちゃ駄目だよ?」
「分かっている。君こそあまり考え過ぎるなよ」
「大丈夫。ずっと張り詰めてたら先に心が参るからね。ほどよく気は抜いてるさ」
「なら良い。さて、私もそろそろ行こう」
「行ってらっしゃい」
昨日と同じようにクロを見送り朝食の後片付けをする。
慣れたものでささっと終わらせられたが、どうしようか。
「撮影はお昼過ぎからなんだよねえ」
時刻は九時過ぎ。まだまだ余裕はある。
このままテレビでも見て時間を潰すのも悪くないが、
「……こんなに良い天気なのに勿体ないな」
昨日インドアを決め込んでた反動か外に出たくて仕方ない。
「散歩がてら早く出て先に現地を軽く見学。その後、どこかでお昼――これだ」
早速、家を出て街に繰り出す。
撮影は山の方にある自然公園みたいなところで行われるとのこと。
家族連れなんかも訪れるような場所だし飲食店なんかもあるだろう。
「みゃあ」
「にゃ!」
歩いていると二匹の猫が私を見て立ち止まり軽く頭を下げた。
え、と一瞬戸惑ったが直ぐに思い出す。
クロ曰く、
『この街の野良猫とは既に何匹か話をつけてある』
とのことで会釈をした猫がそうらしい。
もし困ったこと、道に迷ったり人を探している時は頼ってみると良いと言われたのだ。
「やあどうも。何かあったらよろしく頼むよ」
そう答えると二匹は返事をするように再度鳴いて去って行った。
……話をつけたとはいうけどボス猫的な立ち位置にでも就任したんだろうか?
そんなことを考えつつ散歩再開。少し遠回りをしつつ自然公園へ。
予想通り入口付近には軽食コーナーと売店があった。これでお昼の問題は解決だ。
(おぉ、それっぽい人たち発見)
まだ撮影時間には二時間ぐらいあるが既にスタッフらしき人間が居た。
撮影場所は立ち入り禁止になっているが全部貸し切ってるわけでもないらしい。
それ以外のところは見て回れそうだ。いや、ありがたい。
(実はちょっと気になってたんだよね)
案内図を見た際、更に奥の方に行くと渓谷にかかる小さな吊り橋があるのを知った。
地味にドラマや漫画みたいな創作でしか見たことがなかったので興味があったのだ。
そこは別に問題ないようなので早速、足を運んでみることにしたのだが……。
(おや、先客)
そう長くない吊り橋の中ほどにタメぐらいの女の子を発見。
何やら難しい顔をしているが、
(――――いや美人だわねオイ)
暗く沈んだ青い髪を顎の下あたりで揃えた涼し気な顔立ちの少女。
十歳かそこらなのに可愛いよりも綺麗が上回っている。
私の顔面偏差値も驚くほど高いが引けを取っていない。
(眼福眼福。同性でも美形は目の保養になるね)
ギ、ギと踏板を軋ませながら橋を進む。
よっぽど考え事に没頭しているようで少女はまるで気付いていない。
そうして通り過ぎようとしたところで、
「わ!?」
歩き出そうとした女の子が湿った踏板で体勢を崩す。
このままでは落ちることはないだろうが背中から橋に叩き付けられてしまう。
咄嗟に強化を使って抱きとめるが、
(三度目……)
これさあ私が男なら天音と咲耶とこの子でハーレムラブコメ漫画始まってるでしょ。




