美空天音 後編
「へえ! 要ってうちの学校に転校して来るんだ」
「ああ。と言っても通うのはゴールデンウィークが明けてからだけど」
あれから私たちはコンビニでお菓子とジュースを購入。
近くにある公園に移動してお喋りをすることになった。
やっぱりというべきか天音も同じ小学校だった。
「あー、休みまでもう数日しかないしね」
「そ。通えなくもないんだけど、それぐらいなら色々準備を整えてからってことになったんだ」
「なるほどねえ。いやこんなイケメンが転校して来るとか女子大騒ぎでしょ」
何となくそんな気はしてたがやっぱりこれ私のこと男の子だと思ってるな。
王子様っぽいイケメンだと思われてることは嬉しいんだけどそれはそれとして、ねえ?
多少なりとも女の子であるというプライドもあるわけだからして。
(……ちょっとからかってあげようかな)
大人げないが悪戯で仕返しをすることを思いつく。
私はつっ、と指先で天音の顎を持ち上げ語り掛ける。
「おや、天音は喜んでくれないのかな?」
「うぇ!? え、いや……あ、あたしには佐々木先輩という心に決めた人が……」
それに、まだ会ったばかりだし、としどろもどろの天音。
顔を赤くしてキョロキョロ視線を彷徨わせる姿は大変愛らしい。
「あはは、冗談冗談!」
「ちょ! もう、それセクハラだかんね!?」
「ごめんごめん。でも、天音も酷いんだよ? 私、女の子なのにさ」
私がそう告げると天音は目を丸くして固まってしまった。
「ウソ?」
「ホント」
「え、でも」
すっと伸びた手が私の胸に触れる。
ペタペタと確かめるような手つき。同性じゃなければ一発アウトの蛮行だ。
「……四年生なのにこんな……だって更衣室で着替えてても皆、大体ちょっとは……」
どうしようちょっと泣きそうだ。
あれか。罰が当たったのか?
女子力皆無ですよ、色恋とか期待してませんよ。
そんなツラしながらもデカい乳で内心周りの子たちにマウント取ってた罰が当たったのか?
「ちょ、ちょっと失礼」
「本当に失礼なことするじゃないか」
股間に手が伸びる。
某名作漫画の主人公もやってたけど。
少年時代は男女を確かめるためにパンパンやってたけど。
あれは漫画だから許される行いであってリアルでやったら警察沙汰だからね。
「大変ご無礼をば……」
“ない”ことを確認した天音がベンチを下りた。
何をするかと思えばその場で手をつき実に綺麗な土下座を見せてくれた。
「いや良いよ……うん、私もからかっちゃったし……」
でも覚えていて欲しい。
その些細な胸マウントで傷付いている誰かが居ることも。
「これ半分こで手を打つよ」
と二個入りのお菓子の一個を指さす。
別にそこまで怒ってないんだけど天音の様子を見るにこれぐらいしなきゃ逆にキツイだろう。
「進呈致しますぅ」
「よし、これで手打ちだね」
「ありがと。ってか……女の子かぁ。いやこれ、ママが好きそうだわ。ヅカ的な意味で」
ああうん、似合うか似合わないかで言えば似合うだろうね私。
「将来男役を目指したりするつもりは……?」
「今のところはないかな」
冥様的な意味で男装の麗人に憧れはするけどね。
ただレッスンとか厳しそうだし私じゃ着いて行けそうにないなって。
「残念。あ、そうだ。これまでいっぱい外国回ってたんでしょ? 話聞かせてよ」
「いっぱいってわけでもないけど良いよ。イギリス、ペルー、インド、どれから聞きたい?」
「そうだな。やっぱ……んもう! 何よ良いとこで」
ごめんねと小さく手を合わせ天音はスマホを取り出した。
誰かから電話がかかって来たようだが……。
「は? 知らんし。いやテキトーに連れて来いって意味分からんし」
親しい間柄なのか口調に遠慮がない。
ただ面倒なことを頼まれたのは確かなようでその表情は渋い。
「ちょ、ちょ、待っ……うっそ切ったよあのオッサン。絶対ママに言いつけてやる」
「大丈夫かい?」
「ごめん、ちょっと用事が……」
「うん?」
用事があるというのは何となく分かるが何故、私の顔をまじまじと見ているのか。
「……あんだけ動けるんならいけそう?」
「天音?」
「ごめん要。要ってさ、サッカーやったことある?」
「サッカー? まあ、それなりには」
イギリス時代に現地の男子とよくやってしインドでもだ。
特にインドでは人数足りないってんで地元チームに何度か助っ人に入ったりもしてた。
そう伝えると天音はパッと顔を輝かせお願い! と両手を合わせながら言った。
「もし暇なら今から付き合ってくれないかな?」
「……話の流れからしてサッカー?」
「うん。うちのパパ、少年サッカーの監督やっててさあ」
今日は練習日で紅白戦を予定していたそうな。
しかし急な用事やらで人が抜けて上級生チームの人数が足りなくなったらしい。
それで結構動ける天音に白羽の矢が立ったとのこと。
「でもまだ足んないから知り合いの男子テキトーに連れて来いとかさ。マジであり得なくない?」
いきなりそんなん出来るわけないじゃんと愚痴る天音。
ともあれ事情は分かった。そういうことなら付き合おうじゃないか。
「良いよ。どうせ暇だったし」
「ホント!? ありがと! うちのパパには後で絶対何か奢らせるからさ!!」
「いやそれは良いけど」
「良いの良いの。人の迷惑考えないオッサンの財布にダメージ与えなきゃ!」
そういうわけで天音と二人、急遽市民グラウンドへ。
天音と同じ髪色の元気そうなパパさんは私のことも快く受け入れてくれビブスを渡してくれた。
そしてしっかり準備運動をしてから天音と一緒に白組へ。
同じとこに入れてくれたのは私への配慮だろう。
ちなみにポジションは天音がFWで私がMF。丁度空いてるところに滑り込んだ形だ。
「……あーあ、先輩居ないしやる気出ないなあ」
ああ、公園でちらっと聞いた好きな先輩とやらもこのチームなのか。
ぶつくさ言っていた天音だがホイッスルが鳴るや目の色が変わる。
性格通りにガンガン行くタイプのようで果敢にボールを追い始めた。
「……私も負けてられないな」
やる気を貰った私もまた全力で自分の仕事を遂行。
日が落ちるまで全力でプレーに励んだ。
アシストも含めれば三得点と中々に頑張れたのではなかろうか。
「お疲れ要! ってか滅茶苦茶上手いじゃん! いや動けるのは分かってたけどさ!
最後のセンターラインあたりからのロングボレーとかピッチの時間止まったよマジで!!
あれ行く普通!? まぐれとかじゃなかったでしょ絶対! だってそんな顔してたもん!!」
試合終了後、天音が体当たりするように私に抱き着くや勢い良くまくし立てた。
誘ってくれた彼女の面子を潰さずに済んだとほっとしているとパパさんがこっちにやって来た。
神妙な顔をしているがどうしたのだろうかと首を傾げていると、
「――――天音と組んでプロを目指さないか?」
「いや、そういうのはちょっと」
そんなやり取りがありつつも、ストレッチをしてその日の練習は終了。
日も落ちているのに一人では危ないということで天音のパパさんが家まで送ってくれた。
途中でスーパーにも寄ってもらい買い物もさせてもらった。いや本当に申し訳ない。
「ごめんねこんな時間まで付き合わせちゃってさ」
「良いさ。私も楽しめたからね」
「ありがと。じゃあ、この埋め合わせはまた今度ってことで。ばいばい!」
手を振り天音を見送り家の中へ。
心地良い疲れと共にダイニングの扉を開けると、
「クロ。帰ってたんだ」
クロがソファに寝そべっていた。
電気もつけずと思ったが猫だから夜目が効くし問題ないのか。
「……要か。おかえり。ご機嫌だね。良いことでもあったのか?」
「ただいま。うん、早速新しい友達が出来たんだ」
「ほう、それは良いことだ」
「美空天音ちゃんっていうんだけど元気な子でね」
家を出た後のことを語り聞かせるとクロはそうかそうかと目を細めた。
何だかお婆ちゃんみたいだなと思ったが口にはしなかった。
クロも雌だし年齢的なところは気にしてるかもしれないしね。
それに、
「で、そっちは何があったの?」
気になることもあった。
クロは気配に敏感だ。にも関わらず私が声をかけるまで気付いていなかった。
つまりそれだけ考え事に没頭していたというわけだ。
「好みのイケ猫とでも出会っちゃった?」
ちょっと軽めのジョークを飛ばすがクロは乗って来ない。
どうやらかなり真面目な問題のようだ。
「……要。以前、君は言ったな。自分だけが特別なわけではないと」
「え? あ、うん。言ったけど」
レムナントの襲撃頻度について話し合った時のことだ。
その際、私はこう言及した。
『レムナントが三十年近い時を経て生まれたなら、だ。魔女もそうだと思わないか?』
私だけが特別なわけではない。
一度は滅びたけれど魔女たちは未来に繋がるものを遺した。
その芽の一つが自分で他にも魔女は生まれているんじゃないかと。
「……待ってくれ」
今その話をするということは、だ。
クロは深々と溜息を吐くと頷き、告げた。
「――――この街には魔女が居る」
「マジか」
自分だけが特別じゃないというのは嘘偽りない本音だ。
しかし、まだ数もそう多くはないだろうとも思っていた。
だから居てもこの広い世界で出会えるとは正直、思っていなかったのだ。
「ああ。散歩をしている時に負界へ足を運べることが分かってな」
負界は私たちの世界を写し取ったものように見えるがそうじゃない。
世界は繋がっておらず実際は孤立した浮島のように点在しているのだ。
だからないところにはないのだが、この街にはあったらしい。
「元からあったのかレムナントの発生に伴い生じたのか何にせよ調査が必要だろう?」
それで負界に踏み入り調べていたら戦闘の痕跡を見つけたらしい。
私はまだここでは戦っていないので、当然別の魔女によるものというわけだ。
「君の魔力でもなければ私の記憶にあるどの魔女とも違った」
「クロのことだから探したんでしょ? どんな人だった?」
大人なのか子供なのか。性別も女でない可能性があるな。
滅んだ魔女たちは女性だけだったらしいけどニュージェネに移行したわけだし?
(だったらここらで男の娘という変化球が投じられる可能性もあるわよね)
内心ちょっとワクワクしていたのだが、
「……分からない。探せなかった」
「えぇ?」
「要と同じように新しい魔女ならその性質も同じなのだろう」
曰く、普段の様子だけ見て私が魔女とはまず気付けないという。
変身する、ないしは魔法を使わない限り魔力がまったく感じ取れないらしいのだ。
「使い魔としてラインが繋がっていても時折、疑ってしまうぐらいだ」
「そっか。じゃあ実際に活動してる時までお預けってわけね」
魔女友同士のお茶会とかやれたら楽しそうとか思ってただけに少しがっかり。
ああいやでも、待つ楽しみを味わえると思えばこれも悪くないかな。
「うん、ポジティブに考えよう」
「……はあ」
「何だいその顔は」
「他人の善性を信じられるのは君の美点だが、同時にそれは弱点でもある」
いきなり何をという私にクロはこう指摘する。
「その魔女が善人である保証はあるのか?」
「それは……」
「元々の魔女たちでさえそうだ」
力を自覚した結果、“やらかす”者らも一定数居たらしい。
降って湧いた超人的な力を前にして心を乱すのは不思議でも何でもない。
そのことを想定すべきだとクロは言う。
「……確かに、そうだね」
「要の場合は尚更だ」
「どういうことだい?」
「仮にその魔女が力を悪用していたとして君はそれを放って置けるか?」
「……無理、だね」
ちょっとした悪戯なら見逃しても良いかもしれない。
だが明確に悪事と呼べる行いを看過するのは不可能だ。
まずは言葉で説得してそれでも無理なら実力行使。
流石に殺すなんてことは考えたくもないけど……。
「だろう? それでも対処を私に一任するというなら」
「いやそれはちょっと」
大いなる力には大いなる責任が伴う、だったか。
前世で見た映画で聞いたフレーズだ。漫画原作だっけ? まあそれは良い。
あの時は良い言葉だな以上の感想はなかったが今は違う。
(……私は、託されたんだ)
御主人さんはクロのことだけを頼んだつもりなんだろう。
けど大きな力を手に入れてしまった以上、正しい使い方をするべきだと私は思う。
魔女の力を悪用する人間が居るなら止めるのもその一環だ。
「クロにだけ汚れ仕事を押し付けるようなことはしたくないし」
「私は別に気にしないが、君がそう思うなら私もその行動を尊重する。だからこそだ」
楽観は厳禁。
如何なる状況にも対応出来るようせめて心構えだけはしておくべきだ。
うん、本当にその通りだ。クロの注意喚起はどこまでも正しい。
「……すまないな。少し説教臭くなってしまった」
「ううん。全部私を想ってのことだろう?」
感謝こそあれど疎むような理由は何一つありはしない。
私は本当に良い相棒を持てたと心から誇りに思う。
「そう言ってくれると嬉しい。さて、真面目な話はこれぐらいにしておこうか」
もう良い時間だしなとクロが時計を見やる。
確かにそうだ。私もいっぱい運動してお腹減ったしクロもだろう。
「今日の夕飯は何だ?」
父は居ないので今日はクロも一緒のご飯を食べられる。
少しワクワクしてるのかヒゲがぴくぴく動いてて可愛い。
「スパイスをふんだんに使ったインド風カレーさ」
「インドを離れたばかりだろうに……」
いやだって恋しいんだもん。




