美空天音 前編
四月下旬。新居での暮らしが始まった。
トラブルで出国が先延ばしになったり日本に到着してもそこで足止めをされたのでようやくだ。
「お疲れ様。お茶でも淹れようか?」
「いや、うん。魔法でってことなんだろうけど猫にそう提案されるとちょっと驚くよ」
ちなみにこちらのクロ。検疫は通っていない。
独力で海を渡ってこっちに合流した。
検疫を受けて不特定多数の人間を誤魔化すより父一人の方が楽だからだ。
ちょっと罪悪感あるがそこらは致し方ないだろう。
「言っておくが私の家事スキルは中々のものだぞ要」
「そうなの?」
「ああ。披露する機会こそなかったがカルパナ女史よりも上だろう。年季が違う」
年季って、それはつまり……。
「そもそも私が生み出された理由が家事だからな」
「えぇ……?」
「御主人に女子力などというものを期待されては困る。あまりに酷だ」
その発言の方が酷だと思うがそこまで言われたら気になって来たな。
どれほどのものか確かめようじゃないかとクロにお茶をお願いする。
「葉は好きに使わせてもらうぞ」
「どうぞどうぞ」
一応来客用にと用意してあるちょっと良い緑茶と紅茶の葉があったはずだ。
台所に消えて行ったクロを見送り、荷解きを再開する。
普通に生活出来るぐらいには片付いてるが細々としたものが残っているのだ。
「というか父さんの荷物本当に多いな」
私は私で各国渡り歩いて集まった思い出の品々がある。
けど父のそれは私の比ではない。特に書籍の類。
注意の貼り紙がないのは私が片付けて良いと聞いてるが何箱あるんだこれ。
「お待たせ」
書斎とリビングを数往復したところでクロがお茶を運んで来た。
選んだのは紅茶のようだが……言うだけはあるな。香りからして違う。
「というかこのスコーンは何時の間に?」
既製品でないのは見れば分かる。
明らかに時間が足りてないだろうこれ。だってまだ三十分ぐらいだぞ。
「魔法で時短したからな」
「……便利だな魔法」
今度教えてもらおう。
カッコいい判定は下せないので相応に時間はかかるだろうが是非会得したい。
「お味はどうかね?」
「おみそれいたしました」
明らかお値段以上のクオリティをお出しされたのだ。
これはもう素直に認めるしかあるまい。
「結構。何時でもやるから遠慮せず言ってくれ」
「ありがと。でもまあ、時々ぐらいで留めないと怠け癖がついちゃうからさ」
私も家事は嫌いではないし。
「勤勉だな。……そういうところも、なんだろうな」
「うん?」
「何でもない。さて、私は少し出かけて来るよ」
どうしたのかと聞いてみれば地理の把握だそうな。
新天地に根を下ろすならこれは必須だとか。
つくづく生真面目な使い魔だ。
「私も一緒に行こうか?」
「いや止めておいた方が良い。野良の獣だからこそ通れる場所を重点的に攻めるからな」
「ああそうか。それは確かにキツイな。じゃあデートはまたの機会にってことで」
「そうしてくれ。ではな」
ぴょいとクロは窓から出て行った。
私はその後もしばしお茶とお菓子を楽しんでいたのだが、
「……気が抜けちゃったな」
荷解きの続きをという気分ではなくなってしまった。
ふと時計を見れば時刻は三時四十五分。
こっから夕飯までダラダラするにはちょっと長過ぎるかな?
「私も夕飯の買い物がてら散歩に行くか」
父さんは今日帰って来ないので夕食は買い溜めのインスタントにするつもりだった。
だが折角クロが腕を振るってくれたのだから私もお返しをしなきゃだ。
地理の把握もやっといて損はないし……そうと決まれば即行動。
「財布良し、スマホ良し、戸締り良し。では行こうか」
外に出て深呼吸。
ここ天海原市は海と山に囲まれた地方都市だけあって空気がとても綺麗だ。
前世を含めれば馴染みのある風景。過ごし易さで言えばこっちの方が上なんだけど……。
(あの騒がしい町並みがちょっと恋しく思うな)
とは言えその恋しさもいずれは薄れてしまうのだろうけど。
スマホの地図を見ながらまずは小学校を目指す。
一度足を運んだだけなのでまだ地図なしでは少々厳しいのだ。
(あー……良いな。日本の小学校って感じ)
少し寄り道をしつつ小学校に到着。
校庭では少年野球チームらしき子たちが声を張り上げ白球を追っている。
日替わりでサッカーチームなんかもプレイしてるんだろうな。
「フフ」
思わず笑みが零れてしまう。
元気に走り回っている子供というのは見ているだけで嬉しくなる。
私も頑張ろうって活力を貰えるのだ。
「……よし。次は商店街の方に行こうか」
大型ショッピングモールもあるが徒歩だと商店街のが近い。
これからお世話になるところだし重点的にチェックせねば。
意気揚々と歩を進め歩道橋に差し掛かったところで、
「おや?」
見上げれば活発そうな女の子が階段を上がっている。
聞こえて来る会話からして隣に居るおばあさんの荷物を持ってあげているらしい。
ううむ、何とも心温まる光景だ。世の中、まだまだ捨てたもんじゃないよ。
「大丈夫かいお嬢さん?」
「へーきへーき! これぐらいヨユーだから! あたしこう見えて」
気付けば私は強化魔法を使い駆け出していた。
女の子が足をかけた階段の部分が小さく崩れたのを見たからだ。
「お嬢さん!!」
「え」
小さな体がぐらりと後方に引きずられおばあさんが悲鳴と共に手を伸ばす。
その優しい手は届かないけど――――大丈夫。こっちは間に合ったから。
「失礼」
「きゃっ!?」
回転するように体を滑り込ませる。
左手で少女を抱き留め右手で放り出された荷物をキャッチ。
「大丈夫かい?」
「……馬鹿みたいに顔が良い」
ぽけーっとした顔でそんなこと言うもんだから私も笑ってしまった。
落ちる前に抱き止めたけど心配は心配だったけどこれなら問題なさそうだ。
「お嬢さん! ごめんよ、おばあちゃんのせいで……」
「え、あ、ううん! あたしが、えーっと、あれだっただけでおばあちゃんは全然悪くないよ!!」
ごめんごめんと謝罪するおばあちゃんに大丈夫大丈夫と笑いかける女の子。
これだけでも人柄が窺い知れるというもの。
や、荷物持ってあげてた時点で良い子だとは思ってたけど更にって感じね。
「とりあえず渡り切った方が良いんじゃないかな? ここで立ち止まってたら邪魔になっちゃうし」
「あ、うん、そだね! えっと荷物」
「私が持つよ。君はおばあちゃんを気にかけてあげて」
すっと顎で欠けた階段部分を示す。
他もこうならないとは限らないからそっちの注意も必要だろう。
女の子は少し目を白黒させていたが直ぐにうん! と胸を叩き笑った。
そして三人で歩道橋を渡って向こう岸へ。
今度は危ないこともなく安全に渡り切ることが出来た。
「お嬢さんたち、ありがとうね。本当に助かったよ」
「良いの良いの! それよりここからは一人で大丈夫? 全然付き合うよあたし」
「勿論、私も」
「フフ、大丈夫よ。これ、お礼ね」
とおばあちゃんは財布から千円札を二枚取り出し私たちに渡した。
いや流石に受け取れないよと断ろうとしたが押し切りおばあちゃんは去って行った。
「……どうしよっかこれ」
「……まあ、ありがたく頂くしかないよねえ」
おばあちゃんを見送り残された私たちは自然と顔を見合わせ困ったように笑う。
「ってかありがとね……えっと」
「要。私は間宮要だよ。君は?」
「美空天音! 天音で良いよ! あたしも名前で良いかな?」
「勿論」
「じゃあ要。よろしくね!」
「うん、よろしく」
どうやら私の対人運は中々のものらしい。
だって最初に出来た友達がこんなに優しい子なんだもん。




