何時かの芽吹きを信じて
魔女となり私の生活は一変した。
というほどではないが確かな変化を迎えたのは確かだろう。
私が狙われるというクロの懸念は当たっていた。
初めての授業から数日後、実際にまた負界への入口が開いたのだ。
中に入ると残骸――レムナントは目の色を変え私に襲い掛かって来た。
『私一人でやる。本当に危ない時だけ頼むよ』
ただ私に恐怖なかった。
力を手に入れたからというのも当然、ある。
だがそれ以上に闘志が漲っていたからだ。
年甲斐もないと自覚はしてる。けど仕方ないでしょ。
冥様のような変身ヒロインになれたのよ? そりゃモチベも爆上がりするって話よ。
「……まったく末恐ろしいな。たかだか二ヵ月でこうも」
今日もまた深夜に反応を検知しこっそり家を抜け出して討伐へ。
「そりゃね。隔週ぐらいで戦ってれば多少は慣れるさ」
週に一回か隔週ぐらいのペースでレムナントは出現してる。
まだ十回にも満たないが一度の戦闘で複数のレムナントを相手取ることもあるのだ。
そりゃあ経験値も貯まるというもの。
「多少どころではない熟練の魔女もかくやというほどだ」
「持ち上げ過ぎだ。私はまだまだ未熟な魔女見習いだよ」
「君で未熟なら御主人は雛鳥以下になってしまうんだが?」
ホントにツンデレだなこの黒猫。
しっとりじとじと激重感情抱いてて御主人の居ない世界に価値はないと言わんばかりだったのにさ。
御主人さんも多分、こういうところが可愛かったんだろうなあ。
「はいはい。さ、家に帰ろうか」
「そうだな。……しかし本当にやることないな私。ただのペットではないか」
「ただそこに居てくれる。そのありがたさを知らない私ではないよ」
軽く煤けているクロを慰めながら帰宅。
出た時と同じく窓から入ったけどぶっちゃけ堂々と表から帰っても問題ないんだよね。
こっそり家を抜け出したけど、そもそも私一人だけだし。
「……君の父君は本当に家に帰って来ないな。顔を見たのは片手で数えるほどだぞ」
「忙しい人だからね。仕方ないさ」
放置されていると言われればまあ、反論は難しい。
だが愛されていないわけではない。それだけは胸を張って言える。
帰って来たら本当に楽しそうに色々な話をしてくれるしね。
「確か考古学を専攻しているのだったか」
「ああ。研究テーマは先史文明。男の浪漫ってやつなんだろうね」
これだけだと子供を顧みず夢を追う駄目な父親に聞こえるかもしれない。
だがその名誉のために言っておくと単なる夢追い人ではない。
しっかり地に足ついた考えも出来ている。
私がこれまで一度も経済的に不自由したことがないのがその証拠だ。
「先史文明、か」
「気になるのかい?」
「いや。それより明日も早いし寝た方が良いんじゃないか?」
「その前にお風呂だよお風呂。汗かいちゃったし」
クロを抱き上げ浴室に向かう。
魔法で清めることも出来るが気分的にね。
実際は綺麗になってはいるんだろうけどモヤモヤするので非常時以外は使っていない。
「時にクロ。何か気にかかることでもあるのかい?」
「……何故?」
桶の中で寛いでいたクロがぴくりと体を震わせる。
この子、わりと素直だよな。
「いや何か戦ってる時から訝しそうにしてたからさ」
「……顔に出ていたか。私もまだまだ未熟だな」
「ああでも無理に聞き出すつもりはないよ。うん、それだけは明言しておく」
話さないなら話さないだけの理由がある。
そう信じられるぐらいにはクロの人となりを知ったつもりだ。いや猫となりか。
「そこまでのことではないさ。ただ少し頻度が少ないと思ったんだ」
「頻度が少ないっていうのはレムナント襲撃の?」
「ああ。恨み骨髄の魔女が存在するならもっと頻繁に襲撃があっても不思議ではなかろう」
数もそう。もう少し増えてもおかしくはない。
なるほど。事前の見立てから外れていたから訝しんでたわけだ。
「レムナント自体、まだそう数は揃ってないんじゃないか?」
三十年近く放浪してたクロもあの時が初見だった。
発生したのが本当に極々最近でシフトも整ってないのではなかろうか。
いやシフトって言ったらバイトみたいでちょっとアレだな。
「もしくは、標的が分散しているか」
「……君以外に、魔女が居るとでも?」
「うん。十分あり得ると思うよ」
そりゃあ私も“自分だけが特別”の方が気分は良い。
中身が純粋な子供だったら確実に信じ切っていただろう。
でも悲しいかな。中身は向こう見ずのアラサー女なのだ。
私だけが特別だなんて思えない。
「レムナントが三十年近い時を経て生まれたなら、だ。魔女もそうだと思わないか?」
魔女は全滅した。それは揺るぎない事実だ。
使い魔も後始末のため少しの間、残れるようになっていたらしいが役目を終えれば皆消滅した。
例外は魂を燃やし尽くしてまで生かすことを望まれたクロぐらいだ。
でもそこで全てが途絶えてしまったとはどうしても思えない。
「何故だ?」
「だって、あんまりじゃないか」
理由は各々違うのだろう。
全員が誰かのために戦ったわけでもないと思う。
けど魔女は皆、命を燃やし尽くしてまで戦い……死んだんだ。
彼女たちのお陰で今も世界は続いていて、私だってこの世に生を受けることが出来た。
「魔女は今を生きる命にとっては大恩人なんだ」
その大恩人たちの歴史がそこで完全に途絶えてしまったなんて悲し過ぎる。
だから私は信じたいのだ。
「魔女は世界を護るだけじゃない。自分たちの未来に繋がる何かを遺せたってさ」
その何かが時を経てようやく芽吹いた。
私という新時代の魔女はその新芽の一つなんだ。
そこまで話すとクロは目を丸くしていたがやがて噛み締めるようにこう呟いた。
「……ありがとう」
そこにどんな想いが込められているのか。
一々言葉にするのは野暮だろうから私は黙って頷いた。
「しかしそうか。君の推測通りなら世界のどこかに新たな魔女たちが居るのかもしれないな」
「うん。出来ればそっちにもクロみたいなアドバイザーが居て欲しいけど」
そしたら仮にレムナントと戦っていても多少は安心出来る。
私が少し不安を吐露するとクロは大丈夫だと言い切った。
何故? と問うと、
「今を生きる命の大恩人が遺した芽が簡単に摘まれてしまうなんて“あんまり”だろう?」
「……なるほど。確かにそうだ」
そこで話は終わった。
私は考える。もし他に魔女が居るならどんなのだろうと。
(私が属性なしだからやっぱスタンダードな三属性揃ってて欲しいわ)
変身ヒロインもののお約束的にね?
★
「やあおかえり!」
深夜討伐の翌日。
アーシャとはまた違う友人の家にお呼ばれして遊んで帰ると珍しい顔が迎えてくれた。
癖のある黒髪に眼鏡の柔和な印象の男性。
「そのツラ我が父、拳じゃない?」
ぴっと両手で指さすと頭の上に乗ってるクロが呆れたように鳴いた。
だが流石は私のお父さん。同じようにぴっと指をさし返しながらこう答える。
「如何にも自分は間宮要の父、拳である」
「やっぱり! 若くして名を虎榜に連ねたわけではないけど普通に博学才穎な父さん!!」
最年少では絶対ないだろうが四十手前で大学で教授になるってのは中々だと思う。
「眉目秀麗な要のお父さんだからね。そりゃあ中々の男だともさ」
「お世辞が上手なんだから」
そろそろ玄関先でというのもあれなので家の中へ。
手洗いうがいを済ませてリビングに行き父の話を聞く。
「今日はどうしたの? 帰って来るって聞いてなかったけど。ああ、勿論嫌なわけじゃないよ?」
父のことは大好きだ。
顔も頭も性格も良い父親を嫌いになる娘は居ないだろう。
前世が母子家庭で父を知らずに育ったから余計にそうだ。
「フフ、分かってるとも。いや今調査してるところでトラブルがあってねえ」
父さんたち調査員が何かをしたわけではないらしい。
ただ行政関係で色々あって一時調査が取りやめになったそうなので。
それでしばらくは大学の方でのデスクワークになるとのこと。
「なるほどね。じゃあしばらくは一緒なわけだ。ところでカルパナさんは?」
「彼女は一週間ほどお休みだ」
「……何かあったの?」
勤勉な彼女が突然、一週間も休む。
少し不安になってしまうが父にはお見通しだったようで大丈夫と笑う。
「実はカルパナさんの妹さんが妊娠中でね。これまではお母さんがお世話をしていたんだが」
家事の最中に腰をいわしてしまったとのこと。
それで義母さんが助っ人に来るまでの中継ぎとしてカルパナさんが投入されたらしい。
事故や病気などでなくて安心した。
「じゃあ帰って来たらお祝いだね。おめでたいことがあったんだし」
「奇遇だねえ。父さんもそう思ってたんだ。ケーキとご馳走を用意しなきゃだ」
「うん! その時は一緒に買い物行こうね」
「勿論。フフ、可愛い娘とお買い物デートとは父親冥利に尽きるとはこのことだ」
「またお世辞を。そうやって他所でも女性を口説いてるんじゃないかい?」
母とは死別して独り身らしいからそれ自体は良い。
けど口説く相手はしっかり選ぶべきだ。
「父さんの仕事に理解がある人じゃないとどっちも不幸になっちゃうよ?」
「は、はは……いや、まあ、そうではあるけど娘にズバっと指摘されると心にクるじゃないか……」
胸を抑えて軽くよろめく父。
言葉とは裏腹にそこまでショックを受けているわけではないだろう。
私とのコミュニケーションを楽しんでいるだけだと思う。
(まあでもタイミングが良かったな)
中身は大人なので問題ないが世間的には女児だからね。
お手伝いさんも居ない家で一人というは世間体的によろしくない。
父が帰還したタイミングで本当に良かった。
「というわけで今日は父さんが腕を振るおう。期待してくれて構わないよ」
「うん。でも何作るの?」
「カレーだ」
「えー」
カレーならカルパナさんのが良い。
本場のインド人だからな。うっめえんだこれが。
OL時代に会社近くのインド料理屋通ってたけどあそこよりクオリティ高い。
子供の舌に合わせてくれる細やかな気遣いもまた嬉しい。
カルパナさん独身だったし嫁に欲しいぐらいだ。
「期待してるって言ったのに……いや言わんとすることは分かるがね。でも大丈夫。土俵が違うからね」
「土俵?」
「父さんも本場のカレーも大好きだが、根は日本人だからさ。偶には日本風のが恋しくなるんだ」
だから今日は日本風のカレーだと笑う。
なるほど。確かにこれならカルパナさんとは競合しないな。
「じゃあ私も手伝うよ。今日は特に課題も出てないし」
「良いのかい? じゃあ頼もうかな。ああそうだ。クロにもご馳走を用意してるから楽しみにしててくれよ」
父が頭を撫でるとクロはにゃあと一鳴きして頭から飛び降りた。
食事が出来るまでリビングのソファでテレビを楽しむらしい。
寝っ転がる姿が主婦みたいな貫禄してんだけど御主人の影響だろうか?
「……ごめんよ要」
「何だい急に?」
並んで野菜の皮むきをしていると突然、父が謝罪した。
私のアイス食べたとかなら二倍返しは要求するけど。
「父さんの都合であちこち連れ回して、またお友達と」
ああ、そういうことか。
いや内心気にしていたのは分かっている。
ただ父から触れて来ることがなかったから私もスルーしていた。
けど、こうして言葉にされた以上は私もしっかり言葉で返すべきだろう。
「気にしてないと言えばウソになるよ」
「……」
「でもね、悪いことばかりではないとも思ってるんだ」
別れは悲しい。それはそう。
大人になったから少し麻痺しているだけ。
「色々な場所に行って色々なものを見て色々な人と出会えた」
ひとところに留まっていれば見られなかった景色は両手の指では足りないぐらいだ。
人もそう。カルパナさん、アーシャ、ビナ、チトラレカ、ディビアにドーラ。
インドだけでも十や二十どころではない素敵な出会いに恵まれた。
これまで巡って来た国でもそう。得難い出会いがあった。
「さよならだけが人生だ、だっけ?」
出会いと別れは不可分。
また会える保証はないのだからこの一瞬を大切にしよう。
それはその通りだけど出会った時点で縁は繋がったんだ。
「一瞬を大切にしながらも私は何時かの再会を夢見ていたい」
また会えるという希望は人生を豊かにしてくれる。
そう信じればこそ別れを惜しめども悲観的には捉えたくない。
……この人生観は前世で得たものではない。今生で得たものだ。
「父さんが居たから私はこの学びを得たんだよ」
「要……」
「だからごめんなんて言葉でケチをつけられたくはないかな」
父は少し目を瞑り、やがてふぅと大きく息を吐いた。
「ありがとう」
「それも変だと思うけど……うん、どういたしまして」
しかし何だい。どうにも照れ臭いな。
親子揃って顔を赤くしているのがどうにも気恥ずかしい。
「あー……にしてもあれだね。妊娠とかそういう話を聞くとちょっと考えちゃうよね」
何時か素敵な誰かと恋に落ちて結ばれる。
そんな未来を少し、期待してしまう。
何せ今生は顔が良いからな。……乳はないけど。
「父さんって私がお嫁さんに行く時、滅茶苦茶泣きそうだよね」
とからかってみるが父さんは何故だか微妙な顔。
「え、何? 嫁に行って欲しくないとか? パパ心爆発しちゃった?」
「あ、いやそういうんじゃなくて」
父は明後日の方向を向いてしまう。
一体どうしたというのか。
「……この子の場合、嫁に行くというより嫁を迎えそうなんだよなあ」
「何?」
「何でもない」
変な父さん。




