契約その219 Motherの願いと子の気遣い!
「成程……子供が欲しいか……成程成程……」
その青年はニヤニヤ笑顔を絶やさずに言った。
「よし、契約成立だ!キミに子供を授けよう。ほら」
青年がパチンと指を鳴らすと、突然気分が悪くなった。
「何……これ……」
唸る由衣に、青年は耳元で囁く。
「妊娠したんだ。正真正銘、キミ達の子供だよ」
それを聞いて、由衣は膝から崩れ落ちた。
それと同時に、笑い声がこみ上げてくる。
「あは……あはははは……そうかぁ……私達の子かぁ……」
この子が……そうなんだ……。
由衣は、感慨深そうに自分のお腹をさすった。
「さてと……」
青年はふとゆっくりと立ち上がって言った。
「幸せな時間は終わりだ。代償を払って貰う」
さっきまでの優しい声とはまったく違う声色だった。
「……え……?」
由衣は言葉の内容というよりも、まずその声色の変貌に驚く。
「何を言っているのかわからないっていう顔をしているな?」
「……!」
由衣は、咄嗟にお腹を抱える。
子供を守ろうとしているのである。
気にせず青年は話を続ける。
「結論から言うと、僕は悪魔だ。人々の願いを叶え、そして代償を貰い、人間が破滅していく様を楽しむ」
嬉々として語る悪魔のその姿に、由衣は戦慄する。
「願いには必ず代償が伴うものだ……願いを叶えれば、当然何か大事なものを失う事になる……キミの場合そうだな……」
「まさか……!」
由衣は青ざめ、慌てて家を飛び出すのだった。
私立晴夢学園高校。家の近所にある、由納が勤務している学校である。
慣れない体に悪戦苦闘しながらも、由衣はこの学校を訪れた。
事務室で事情を話して通して貰う。
由衣は、学校の屋上に由納を呼び出した。
「由衣、何だ用って」
「由納さん、私のお腹……」
由衣は、自分のお腹を指差して言う。
「何って……妊娠3ヶ月だろ?この前そう言われたじゃないか」
あれ……?
いつの間にか、自分が以前から妊娠している事になっている事に、戸惑う由衣。
いや、とにかくそれよりも……。
「逃げて由納さん!たぶん『悪魔』がやってくるの!ごめんなさい!私のせいで……」
「悪魔……?」
由納には、自分の妻が何を言っているのかわからなかった。
だが、彼女がウソをついていない事、それだけはわかった。
「何だかわからないけど……どこに逃げれば……」
「ムダだよ」
その時、天から悪魔が現れた。
「あ……悪魔……」
由衣はそう呟くと、悪魔を睨みつける。
「やはりここにいたか……逃げようったってそうはいかないよ」
由衣は、迷わず由納を庇う。
「この人は……絶対に奪わせない!」
「たかが人間が……僕に何ができるのかな?キミが何をしようが、僕はキミの大事なものを壊す事ができるんだ」
悪魔はそう言うと、手のひらから光線を放つ。悪魔と言うには不自然な程美しすぎる光だった。
その光は、由納の体を無惨に貫いた。
「ほら、この様にね」
次の瞬間には、由納は血反吐を吐き、膝から崩れ落ちた。
「由納さん!」
由衣は、慌てて由納を介抱した。
「早く病院に……」
「だから、ムダだって言ってんだろ。神の……いや悪魔の力だぞ」
先程とは打って変わって、悪魔は不機嫌そうに言った。
「そんな……」
由衣は、絶望しながらも由納の介抱を続けた。
「まあ、僕もそこまで悪魔じゃない。最期の時間を過ごすといいよ」
悪魔はそう言い残すと、由衣達の元から去って行った。
由衣は、そんな悪魔には目もくれず、死にゆく由納を膝枕した。
「ご……ごめんなざい……私のせいで……」
由納は、そんな由衣の頬とお腹に触れる。
「ハアハア…….気にしなくてもいい……。死ぬ命があれば……生まれる命もある……それだけだ」
由衣は、由納のその手を強く握る。
「なあ由衣。おれと初めて会った時の事を覚えているか?」
二人が初めて会った時。それは高校生の頃だった。
由衣のクラスに、由納が転校してきたのが全ての始まりである。
名前が似ている事もあり、クラスではよくコンビ扱いされていた。
由衣はそれが嫌で、当時は由納の事を嫌っていたが、ある時由衣が不良に襲われていた時に、由納が助けてくれたのだ。
その後に付き合う様になり、大学卒業後に結婚した。
「色んな事が……あったなァ……」
そうは言いつつも、由納は目を閉じようとはしない。
目を閉じると、もう二度と開けない気がしたからだ。
由納は、由衣のお腹を優しく撫でる。
「動いてるな……生まれてなくても生きている……ちゃんと……」
由納は、ゆっくりと息を吐き、体制を整えてから言う。
「この子が生まれてくる時、おれはもうこの世にはいないと思うが……せめて『名付け親』にはなりたい……」
由納は、少し考えてから言う。
「そうだな……おれ達からの『由』の字と、そして『思いやり』を表す『仁』の字を組み合わせて……」
「瀬楠由仁……」
由衣は言葉に出して言う。個人的にもしっくり来た。
「ああ……ハハ……いい名前だろ?」
由衣は大きく頷き、そして言う。
「由納さん、あなた子供は男の子と女の子の二人欲しいって言ってましたよね!?どこかの孤児院から女の子を引き取って……私が育てます。あなたの分まで!それが……」
由衣は、自分の溢れる涙を拭いて、こう叫ぶ。
「私自身への罰!そして私の新たな願いですから……」
それを聞いた由納は、笑顔になってそして頼む。
「最後に……キスをしてくれないか……?あとはそれだけが心残りだ……」
由衣は大きく頷き、そして由納の唇に、長い長い口づけをした。
口づけをしながら、彼の体温が失われていくのがわかった。それを感じ取った由衣は、涙が溢れて止まらなかった。
その後、血塗れの由衣と由納の遺体は晴夢学園高校の教職員に発見された。
由衣は大事を取って入院し、その後は葬式が開かれるのであった。
そうこうしている内に、出産の日を迎える。
18年前の5月17日。後に瀬楠由仁となる瀬楠由仁は、こうしてこの世に生を受けた。
「ホギャー!ホギャー!」
病室に響く泣き声。
由衣はその小さな体を、静かに優しく抱きしめた。
「ふふ……あの人に似てる……間違いなく、彼と私の子……」
幼子を抱きながら、母は決意を新たにするのだった。
その後、由衣は新たに孤児院から「由理」と名づけられる少女を引き取る事になる。
「……これが、私の過去。そしてユニ、あなたの出生の秘密よ」
全てを話し終えた由衣は、持ってきていたお茶を少し飲んだ。
当のユニは神妙な顔をして聞いていたが、一緒に聞いていたルーシーは大粒の涙を流していた。
気を取り直して、ルーシーは言う。
「結論から言うと、由衣さんと契約した悪魔は悪魔じゃない。神だ」
「神って……あの?」
ユニは、かつて自分にちょっかいをかけてきた神の事を思い出した。
「成程、だからか……」
確かに、それなら神が自分達にちょっかいをかけてきた理由も理解できる。
そんなユニに、由衣は謝罪する。
「ごめんなさい。本当は、普通に産んであげたかった……」
恨まれても仕方がないと言う由衣。ユニは、そんな母に顔をあげる様に言うと、こう言った。
「気にしないでよ。おれが生まれてきたから、みんなと会えた。あなたが、おれの日常を作ってくれたんだ。感謝こそすれど、恨む事なんかない」
息子のその言葉に、由衣は救われたのか、涙を流しながらも笑顔になるのだった。
悪魔との契約条項 第二百十九条
神が悪魔の名を騙り、悪魔として契約する事も可能である。
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