二話
二人で並んで歩いていると、不意に気になる事が思い浮かんだ。
「そういえば家って近いのか?」
「家ですか。お姉様の家からだと歩いて十五分くらいですね」
「わざわざ十五分もかけて来て、待ち伏せしたのか」
「どうしても一緒に登校したくって」
サチはそう言いながら可愛こ振ったポーズでクネクネしてみせる。二言目にはすぐぶりっ子しだすな、こいつ。
「しかし朝っぱらに十五分はなあ。そこまでしなくてもいいんじゃない?」
「え、一緒に住もうって……?」
「どうしてそうなるんだよ」
「家事は得意ですよ?」
「そういう問題じゃねえ」
「あ、でも、夜の方は、ちょっと自信ないですけど……」
「変な事言い出すんじゃねえ」
一体どうなってるんだ、こいつの頭の中は。混沌でも詰まってんのか。
「普通にどっかで待ち合わせるとかじゃあ駄目なのか?」
「うーん、サチはそれでもいいんですけどぉ」
「ならわざわざ家まで来なくてもそれでいいじゃないか」
「お姉様、遅刻しません?」
「ああ、そりゃ駄目だな」
うん、駄目だ。遅刻する自信あるもんなあ。実際割としょっちゅう遅刻してるし。
「けど出待ちしたって遅刻はするぞ」
「家で待ってるなら起こしたりもできますから」
「うちの親朝早いからな、ドアベル鳴らしても私起きないし鍵開かないぞ」
「開けますから大丈夫ですよ」
「えっ?」
何か聞き捨てならないことを言われた気がするな。サチの方を見ると、澄ました様子で微笑んでいる。
「大丈夫ですよ」
大丈夫じゃない気しかしない。ピッキングとか、破壊とか。なんかこう、そういう法的にけしからんことする予感しかしない。平然とやりそうなんだよな、こいつ。
「どうやって開けるんだ?」
「乙女の秘密です」
「犯罪の臭いがプンプンするぞ」
頭の上にクエスチョンマークが見えそうなほど、何言ってるんだろ、サチわかんなーい。みたいな顔されてもこの違和感は消えない。
少ししてからサチが、いいこと思いついた、とばかりの笑みを浮かべた。
「嫌なら合鍵でも下さい」
「それはそれで怖いな。他人に合鍵渡すとかちょっとなあ」
「なくっても大丈夫ですからね!」
「わかった、作っとくわ」
「やったぁ! 約束ですよ!」
「約束っていうか脅迫だろ」
合鍵をあげる約束ってより脅し取られたって気分にしかなれない。
「ちなみにその約束、破ったら?」
私が聞くと、サチは下唇に人差し指を当てて考えるような仕草をしてみせた。
「そうですねぇ……聞きたいですか?」
「やめとく」
「賢明です」
にっこりと笑ってはいるが、一瞬サチの眼が悍ましい光を放った様な気がした。あんなものを見てしまったら、私はもう何も聞くことはできない。裏社会最強の暗殺者とかそういう漫画みたいなオーラな気がした。
「けど作りに行くのがめんどくさいな」
「放課後、一緒に行きます? 学校の近くにありますよ、合鍵作れる所」
「ああ、それならいいな。帰りに寄って行こうか」
そんなホームセンターみたいなのはなかった気がするけど、まあ近いのなら有難い。
「分かりました。じゃあ教室で待ってて下さいね。約束ですよ!」
「寝たりして忘れないか心配になるな」
「寝ててもいいですよ。けど忘れて帰ったらケツの穴にキュウリ一本丸ごと突っ込みますね。通称アナキュウです!」
「怖っ」
さすがに死なんか? 死にはしないか? いや、そもそもキュウリってイボだらけだよなあ。ズタズタになりそう。つまりそういうことか。ズタズタにしてやるってことか。上手い事言ってる振りして苦しめる気しかねえな。
「一番イボの凄いキュウリ使いますからね!」
「分かった分かった。考えさせるな」
どうやらサチの奴は、私がアナキュウの意図に気付いた事を察したらしい。わざわざ補足まで入れてくれる。知りたくもなかった。
「大丈夫です! お姉様が人工肛門になっても、サチはお姉様を愛してますからね!」
「机にメモ置いとこ」
病気とかでなるのは仕方ないにしても、さすがに破壊されて人工肛門は嫌すぎる。
そして何よりこいつ、ニコニコしてるくせに地味に眼がマジなんだよなあ。本気でキュウリ突っ込んでズタズタにしてきそう。容赦なくやりそう。やったことありそう。
「ちなみに約束、うっかり忘れて破ったらアナキュウで、ないとは思いますけど、意図的に破ったら……」
「やめろ、考えさせるな」
サチが何か怖いし話題変えとこ。
そもそも、何でこいつ、私なんだ? 一目惚れするにしてももうちょっと相手いるだろ。一目惚れっていうか、死ぬほど執着心の強い熊に餌認定された鹿の気分だけど。
「サチはさ、なんで私に一目惚れしたんだ?」
「可愛くて美人で好みだからじゃないですか?」
予想外に、ド直球で褒めてきた。コメントし辛いな。スルーしとこ。
「それにしたってもっと美人なんかいくらでもいるだろ。私目付き悪いし」
「そこがいいんです! 目付きがキツくて善良な人に、ゴキブリとか汚物でも見るような眼で見られたいんです!」
うわぁ。キッショ。なんていうかキショイ。キショイ以外の言葉が出てこない。何とかキショイとは言わずに、上手い言い回しを考える。
「歪み過ぎとらん?」
「そう、その眼です!」
「キショイ!」
「お姉様にそんな眼で見られながら罵倒されるとか、まさに至福ですぅ……!」
「キッショーー!!」
思わずでかい声が出てしまった。キショ過ぎて抑えられなかった。もう全部怖い。全部怖いよこいつ。
「ちょっと変えよう、この話題変えよう!」
「そうですか? 気にしなくてもサチは平気ですよ?」
「私が気にするんだよ!」
「じゃあ仕方ないですね」
「そもそも出会って二日目にする話題じゃないんだよ」
しかもこんな朝っぱらから、何で他人の異常性癖を向けられんといけないんだ。そもそも返事とかはしてないんだけどな。断られる可能性が増えるような真似してどうすんだ、こいつ。
サチは分かってるのか分かってないのかが分からん。でもまあうん、こいつなら分かっててやってるだろうな。何かもう、そういう奴だってのはわかった。全部知った上で知らばっくれてるような奴だ、こいつは。
うん、そうだ。今だって、全てを見透かしたような眼でこっちを見てるし。隠す気もないってことか? サチがわざとらしくにっこり笑ってくる。心読めるのかな?
「まあそれじゃあ、この話はその内改めてしましょうか!」
「二度としたくねえよ」
「知って欲しいんですけどねえ、サチの全部」
「嘘こけ」
隠し事ばっかりだろ。まだ何にも見せてないだろ。そもそも今日知った情報すらどこまで真実なんだよ。
よく言えばミステリアス系とかなんだろうけど、こいつの場合人喰い底無し沼みたいな得体の知れなさなんだよな。




