一話
入学式の翌日、今度は私の方が始業式がある。校長を筆頭とする教師陣の長ったらしい話を聞き流しながら貧血と戦う、あの無駄で無益で虚しいイベント。ほんとに何したいんだろうね、あれ。
それと始業式が終わったら教室に行ってホームルーム。新年度初一発の、役員やら色々を決めるあれ。そういう色々が終わったら今日は終わりで、解散して、部活の勧誘や生徒会のビラ配りや、見学とかそういうあれこれが始まるのが毎年の恒例らしい。去年私、すぐ帰ったから知らないんだよな。なかなか壮観だとは聞いたけど。
まあ廃部寸前の文芸部の幽霊部員にはあんまり関係ないけどね。どうせ卒業と同時にこのまま潰すし。
大あくびを垂れながら、家を出る。そして家の門を開けて外に出た瞬間。
「おはようございます、リオナお姉様!」
突然陰から声をかけられた。ちょっと何が起こったのかイマイチ理解できなかった。びっくりし過ぎて声も出なかった。
息が詰まりそうになる。呼吸を整えながら、声の方向を見る。
「……サチ?」
「はい、サチです」
うん、何かもう色々と理解しきれない。声もデカいし。あとお姉様って何? そもそも何で待ち伏せしてるわけ?
「なにやってんの、あんた?」
「出待ちです! 一緒に学校に行こうと思いまして」
「はあ」
わざわざご苦労なことだと思う。ドッキリを仕掛けてきた件はぶん殴りたいけど。いや、ちょっと待て。
「何で私の住所知ってんの?」
「調べました!」
貧しい胸を張って、サチは言う。誰かが個人情報を流出させたのか?
「どうやって?」
「それは内緒です!」
「なんでよ」
「人にはちょっと言えない方法でして」
「嘘だろ、おい」
もしかしてヤバい奴に目をつけられたのか、私? 確かに色々ヤバそうな雰囲気はしてるんだよな。本能がざわめくんだよな、こいつといると。絶対に油断してはならないって。
「嘘ですよ?」
「嘘かよ!」
「そりゃーそうですよ。ただの女子高生にそんな真似できる訳ないじゃないですか」
まあ確かに、普通に考えればただの冗談だよなあ。何か冗談に聞こえないんだよな、こいつが言ってると。
顔を顰めながら頭を掻きむしる。何か納得いかねえ。
「うーん、でもまあそりゃあそうか」
「そりゃあそうですよ! それにもし仮に本当にできたとしても、そんな事わざわざ教える訳ないじゃないですか」
なんかもう物言いの全てが怖い。本当に何がどこまで本当なのか全く読めない。
「でもまあ住所ぐらい、調べようと思えば一時間もあればよゆーですからね」
「ちょっと凄いのかどうなのかわからん」
「どうなんでしょうねえ」
くすくすと笑いながら、はぐらかすような口調でサチはそう言った。住所調べようなんてしたこともないし、そういう人間と関わりもないからなあ。
「他に何か調べたん?」
「お姉様のことですか? だいたい調べましたよ」
「しれっと不穏だな。例えば?」
「そうですね、十月十二日生まれのO型、身長百六十三センチ体重五十一キロ、胸囲六十七のC。電話番号とメアドはー」
「あーうん、もういいよ。個人情報はあらかた調べ尽くしてんだな」
「お姉様のことは何でも知っていたいですから!」
「可愛く言ってもやってる事はストーカーのそれだからな?」
「可愛いだなんて」
「ストーカーのそれだからな?」
わざとらしく頬を押さえてクネクネして見せやがるサチに、大事な事だからもう一度言っておいた。あれか、ストーカー行為を煙に巻こうとしてんのか?
「ストーカーじゃないです、愛です」
「ストーカーってだいたいそんな事を言うんじゃねえのか?」
そもそもどこでどうやってそこまで情報取ったんだ? 学校に侵入して書類漁りでもしたのか、こいつ?
「ストーカーってそもそもこそこそやるキショイ奴らの事ですからね。サチは堂々と行きますからストーカーじゃないんですよ!」
「確かにグイグイ来てんな。え、どうなんだ、分かんなくなってきた」
くすくすと笑っているサチを見て、どんどん考えがまとまらなくなっていく。私はその内に、考えるのを止めた。
「学校行くか」
「お供します」
実に他愛もない話をしながら、二人で並んで学校までの道を歩く。こうしてると普通の後輩なのになあ。
「今日って、部活の勧誘とかやってるんですよね」
「ああうん、始業式終わったらやるね」
「ところでお姉様は文芸部なんですよね。何か活動とかってしてるんですか?」
「なんで知ってんの?」
「調べました!」
「名探偵かよこいつ」
昨日の今日で何で部活まで調べてんだよ。やっぱ不法侵入とかしたんじゃねえのか?
「まあ活動はほぼしてないよ。数合わせで名前貸しただけ。たまに顔見に行く程度」
「じゃあ私も入りますね」
「話聞いてた?」
「形だけだとしても同じ部活に入りたいって言うのが乙女心ってもんなんですよ。活動してないなら、文学なんかクソほども興味ないサチにも丁度いいですし」
ツラの割に意外と口悪いなこいつ。まあ私もクソほども興味ないけどさ。
「乙女心ってストーカーと紙一重なんだな」
「可愛い女の子のは乙女心で何をしても許されて、それ以外がやったらそれはストーカーで、決して許されてはいけない行為なんです」
「自分で可愛いとか言っちゃうのがなあ」
「可愛いでしょ?」
「自分で可愛いとか言っちゃうのがなあ」
大事なことだから。
するとサチは私にしがみついてきて、上目遣いにこっちの眼を見つめてきた。確かに可愛い。
「可愛いでしょ?」
「あざとい」
「可愛いって言ってくれるまで離しませんから」
「うぜぇ」
「…………」
ほんとに離さない気なのか、こいつ。うわ、顔曇らせて眼を潤ませてきた。嘘泣きにしか見えねえ。え、ガチ? どっち?
わからん。降参。折れる。
「わかった。可愛い可愛い」
「ちょっっっろ」
はい嘘泣きでした。一瞬でにっこり笑ってやがる。腹立つ。
「おい、ちょっと殴らせろ」
「お尻とかでいいですか?」
ケツを向けてきたので程よく蹴りを入れてやった。
「ぁん!」
「天下の往来で気色の悪い声出すんじゃねえ」
「もっと強くても良かったんですよ?」
「こいつ無敵すぎる」
一体何食ってどこで育てばこんな強靭なメンタルが醸成されるんだ。全部ご褒美にしやがる。
「そもそも何で私にそんな絡んで来るんだよ」
「好きな人に絡みに行くのに理由なんかないです!」
「あー、なんか言ってたもんなあ。一目惚れとか」
「そうです! 一目惚れです! 好きです!」
「女同士だぞ?」
「男より良くないですか?」
「知らんがな」
「男って、臭ったりハゲたりするんですよ?」
「知らんて」
「あいつら基本体目当てですよ?」
「何か恨みでもあんのか?」
「その点、サチなら美少女ですよ? 安全ですよ?」
「さり気なく自分の方が良いように誘導しようとすんじゃねえ。お前が一番デンジャラスな臭いさせてんだよ」
油断も隙もないな、全く。
「サチは基本的には人畜無害ですよ?」
とてもそうは思えないんだよな。爆発物でももうちょっと無害そうな雰囲気なんだよな。
まあまだ、もうちょっと様子見てみんことにはこっちとしてもどうするってこともなあ。追い払うのもかわいそうだしな。




