38.永遠の二人
「これより、前期試験の結果を発表する!」
先生の声が響くと同時に、掲示板へ大きな成績表が張り出された。生徒たちは我先にと駆け寄り、一斉に順位へ視線を向ける。
そして――次の瞬間。
「……は?」
誰かが呆然と声を漏らした。前期試験は、筆記と実技を合わせて千点満点。だが、一位の欄に記されていた数字は――千二百点。
「はぁっ!? 満点を超えてるじゃねぇか!」
「お、おい! どういうことだよ!? 千点満点じゃなかったのか!?」
「採点ミスじゃないのか!?」
驚きの声が次々と上がる。すると先生が、生徒たちのざわめきを制するように口を開いた。
「今回の実技試験では、古代魔法という前例のない成果が確認された。そのため、通常の採点基準では正当な評価ができないと教師陣で判断し、採点基準を見直した。その結果、最高評価として千二百点を与えている」
一瞬、静寂が訪れる。その言葉の意味を理解した途端、掲示板の前は再び大きくどよめいた。
「先生たち全員が認めたってことか……!」
「採点基準そのものを変えたのか!?」
「そこまで評価される魔法なのかよ……!」
誰もが信じられないという表情で、もう一度順位表を見上げる。そして、一位に記された名前を見た瞬間、どよめきはさらに大きくなった。
「ルシア……!」
「魔力1の落ちこぼれだった、あのルシアが学年一位!?」
「しかも歴代最高得点だぞ! 普通じゃありえない……!」
「古代魔法って、本当にそんなにすごいのか!」
「座学でも実技でも満点以上取るとか、本当にとんでもないな!」
そして、注目が私に集まる。ドッと生徒たちが詰め寄ってくる。
「ルシアだ!」
「お、おい! 本当に古代魔法だけであそこまで強くなれるのか!?」
「どうやって勉強したんだ!?」
どっと生徒たちが押し寄せ、あっという間に人だかりができる。四方八方から質問が飛び交い、今まで一度も話したことのない生徒まで興奮した様子で話しかけてきた。
「ちょ、ちょっと待って! 一人ずつ!」
思わず苦笑いを浮かべながら両手を上げる。
「古代魔法は誰でも使える可能性があるんだよ。私が特別だったわけじゃない」
「いやいや! 使えるだけじゃ、あんな成績にならないだろ!」
「そうだよ! 座学も学年トップなんだから!」
「結局、ルシア自身がすごいんじゃないか!」
次々と返ってくる言葉に、思わず頬をかいた。そんなに褒められると、どう反応すればいいのか分からない。
「えっと……ありがとう」
照れくさそうに笑うと、生徒たちからさらに歓声が上がった。その様子を少し離れた場所から見ていたティアリスが前に出てきた。
「皆さんの言う通りです。ルシアは、本当にすごいんですよ」
その一言だけで、胸がむず痒くなる。
「ちょ、ちょっとティアリスまで」
「ルシアは誰よりも努力してきました。古代魔法の研究も、座学も、毎日遅くまで頑張っていました。その結果が今日なんです。私は、その努力をずっと隣で見てきましたから」
真っ直ぐな笑顔で褒められてしまい、顔が熱くなっていく。こんなに真正面から褒められることはないから、どうしていいか分からない。
戸惑っていると、私の下に書かれた名前を見た。
「そんなこと言ったら……ティアリスだって同じじゃん」
「え?」
「ティアリスも千二点で二位だったでしょ?」
そう言うと、周囲の生徒たちが一斉に順位表を見直した。
「ほ、本当だ!」
「一位がルシアで二位がティアリス! 魔法が使えなかった二人が、ワンツー!?」
「王女様も満点越えているとか、どんだけー!?」
ざわめきがさらに大きくなる。そう……魔法が使えなかった私たちは前期試験の結果で一位と二位に輝いた。
その結果は瞬く間に学園中へと広がっていった。
かつて「魔力1の落ちこぼれ」と囁かれていた私。そして、「魔法が使えない王女」と陰で笑われていた王女。
そんな二人の名前が、今では誰もが憧れの眼差しで語る存在になっていた。
古代魔法。それは、失われた過去の技術ではない。私たちが切り開いた、新しい未来の魔法だ。
◇
私たちが古代魔法を使えるようになると、その話は瞬く間に学園中へ、そして王都中へと広がっていった。昨日まで信じてもらえなかった古代魔法は、一夜にして誰もが知る存在となる。
そして、それと同時に周りの視線も大きく変わった。学園では、あれほど聞こえていた陰口は、いつの間にか姿を消していた。
「魔力1の落ちこぼれ」「魔法が使えない王女」
そう呼ばれていた日々が、まるで遠い昔のことのように思える。廊下を歩けば、すれ違う生徒たちは笑顔で挨拶をしてくれる。
古代魔法について質問されることもあれば、純粋な憧れの眼差しを向けられることも増えた。もう、私たちを見下す人はいなかった。
古代魔法を復活させた研究者として、私のもとにも様々な人が訪れるようになった。王宮の魔法学者。魔法士。貴族。果ては他国から訪れた研究者まで。
皆が古代魔法について知りたいと頭を下げ、教えを請うようになった。以前は、古代魔法の研究をしていると言うだけで呆れられ、相手にもされなかった。
そんな人たちまでもが、真剣な眼差しで私の話に耳を傾けている。その光景は少し不思議で、少し照れくさくて――それでも、とても嬉しかった。
私一人が認められたからではない。古代魔法という存在が、ようやく世界に認められたから。それが、何より嬉しかった。
そして、ティアリスもまた、大きく立場を変えていた。
魔法が使えなかった王女は、今では王族の中でも一番強い魔法を使えるとして知られるようになった。その実力は誰もが認め、王宮でもティアリスを頼る声が日に日に増えていく。
以前は見向きもしなかった人たちでさえ、今では敬意を込めて頭を下げていた。けれど、ティアリスは何一つ変わらなかった。
周囲が持ち上げれば持ち上げるほど、自分を冷静に見つめていた。王宮からは王族としての務めを果たしてほしいという声も上がった。
それでもティアリスは、自分にはまだ経験も実力も足りないと静かに告げる。力を得たからこそ、自分に足りないものが見えている。だからこそ、焦らず、一歩ずつ進むことを選んだ。
誰もが頭を下げる立場になっても、その姿勢だけは少しも変わらなかった。そんなティアリスだからこそ、多くの人は実力だけではなく、その人柄にも惹かれていったのだと思う。
そして、私たちはあの日と変わらず、学園の中庭で古代魔法について学んでいた。
◇
「――はい、今日はここまで」
「ありがとうございました」
夕日に染まる中庭で、私はそっと本を閉じた。今日もたくさん古代魔法を学び、たくさん笑った。
心の奥まで満たされるような、穏やかで幸せな時間だった。
「もう少しで夏休みですね。こうして毎日、この場所でルシアと古代魔法を学ぶ時間も、しばらくお休みです」
ティアリスは中庭を見回しながら、少し寂しそうに微笑む。
「この場所を離れるのは……少し寂しいです」
前期試験も終わり、夏休みまではあとわずか。休みに入れば、毎日のように学園で顔を合わせることはできなくなる。
「そうだね。でも、楽しみなこともあるよ」
私はにやりと笑った。
「また、うちに泊まりに来てくれるんでしょ?」
「それはもちろんです!」
そういうと、さっきまでの寂しそうな表情が嘘のように、ティアリスの顔がぱっと明るくなる。
「古代魔法を学ぶという立派な理由がありますから。その権利は、存分に使わせていただきます」
誇らしげに胸を張る姿が、なんだか可愛くて思わず笑ってしまう。少し前までのティアリスなら、そんなことは言えなかっただろう。
もう、魔法が使えない王女ではない。誰もが認める実力を手に入れ、王族として胸を張って歩けるようになった。
だからこそ、以前のように気軽に外泊するのは難しくなると思っていた。けれど、ティアリスは諦めなかった。
古代魔法はまだ発展途上で、学ぶことも研究することも山ほどある。そのためには、私の家で実践を交えながら学ぶ時間が必要だと、自ら王宮へ掛け合ってくれたらしい。
その熱意が認められ、夏休みも研究という名目で一緒に過ごす許可を勝ち取ってきた。その話を聞いた時は、思わず笑ってしまった。
きっとティアリスは、古代魔法を学ぶためという理由を隠れ蓑にして、私と一緒にいたかったのだろう。……もちろん、それは私も同じだけれど。
「じゃあ、帰ろうか」
そう言って立ち上がると、不意に制服の裾がくいっと引かれた。振り返ると、ティアリスが俯いたまま、遠慮がちに裾をつまんでいる。
「どうしたの?」
「えっと、その……きょ、今日は魔力補充をしてないと、思いまして……」
「んー……まだ魔力は残ってるから、今日は必要ないかな」
今日は魔法の実技もなく、放課後も座学ばかりだった。魔力を大きく消費する場面はなく、補充する必要もない。
そう答えたのに、ティアリスは裾をつまんだ手を離そうとはしなかった。
白い指先に、少しだけ力が入る。何かを言いたそうなのに、言葉にならない。そんな様子が伝わってきて、私はもう一度優しく声をかけた。
「ティアリス?」
すると、ティアリスはゆっくりと顔を上げた。蒼の瞳が、真っ直ぐ私を見つめる。その瞳は不安そうで、それでいて何かを決意したようにも見えた。
「……その」
一度言葉を飲み込み、小さく息を吸う。
「魔力補充じゃないと……キス、しちゃだめですか?」
胸が、大きく跳ねた。その一言は、どんな愛の告白よりも真っ直ぐで、どんな魔法よりも私の心を揺さぶる。
思い返せば、私たちのキスはいつも魔力補充が理由だった。古代魔法を使うため。必要だから、唇を重ねてきた。
でも今、ティアリスが望んでいるのは、そんな理由じゃない。ただ、私とキスがしたい。その気持ちが、痛いほど伝わってきた。
愛おしさが胸いっぱいに溢れて、私は自然と微笑んでいた。そっと一歩近づき、その小さな体を優しく抱き寄せる。
「ごめんね」
耳元で囁くように呟く。
「ずっと、気にしてた?」
ティアリスは私の胸に額を預け、小さく首を横に振った。
「気にしていたわけじゃ……ないんです」
恥ずかしそうに声を震わせながら、続ける。
「私も……魔力補充っていう口実があったから、積極的に言えていたんです……」
一度言葉を切り、ぎゅっと私の制服を握る。
「でも……その口実に頼るのも……もう、できないなって思って……」
その想いがあまりにも健気で、あまりにもティアリスらしくて。私は抱きしめる腕に、そっと力を込めた。
「だから、これからはしたい時に出来たら……。ルシアもそういう時は言ってもらえたら……」
「……うん。口実に頼っちゃいけないよね。もっと、気持ちに素直にならなくちゃ」
抱きしめ合いながら、お互いを見つめる。額がくっついて、鼻先が触れ合う。吐息を感じるほどの至近距離で相手の気持ちを窺う。
恥ずかしい気持ちはあるけれど、それよりも充足感に溢れていた。気持ちが一緒だと、こんなにも愛おしい気持ちになるなんて知らなかった。
この気持ちをティアリスごと抱きしめていたい。
「好きです、ルシア」
「私も好きだよ、ティアリス」
目を閉じ合って、吐息が交わう。ゆっくりと近づいた唇が触れて、柔らかな感触が伝わってくる。
もう二度、この温もりは手放さない。




