99皇帝から運命の番だと告げられ求婚される。煌びやかな衣装を脱ぎ捨てどっかりと寝台に腰を下ろしたら身分の違いに戸惑いながらも彼の真摯な愛に惹かれていく
ざまぁなし
「はあ……今日も疲れた」
豪華絢爛な楼閣の一室。煌びやかな衣装を脱ぎ捨てどっかりと寝台に腰を下ろした。異世界に転生して早十年。
まさか、自分がこんなにも舞踊で身を立てることになるとは、夢にも思わなかった。前世はただのOL。終電に揺られ、エクセルと格闘する毎日だったのに。
この世界は、どこか古代中国を思わせる文化を持つ大陸。ひょんなことからこの地に落ち、言葉も分からぬまま、踊り子の一団に拾われたのだ。
持ち前のリズム感と、見よう見まねで覚えた舞で、なんとかここまで生き延びてきた。コンコン、と控えめなノックの音が響く。
「どうぞ」
返事をすると、見慣れない男が部屋に入ってきた。漆黒の髪に吸い込まれそうな深い藍色の瞳。顔立ちは整っているけれど、どこか近寄りがたい雰囲気。豪華な刺繍が施された黒い衣が、彼の威圧感をさらに増している。
「夜分遅くに失礼いたします」
男の声は、低くけれど心地よい響きを持っていた。一体何の用だろう?こんな時間にこんな身分の高そうな男が、部屋に来るなんて。
「あの……どちら様でしょうか?」
警戒しながら問いかけると、男はわずかに目を見開いた。信じられない言葉を口にする。
「ようやく、お会いできました。そなたの運命の番にございます」
「は?」
運命の番?なんですって?漫画や小説でしか聞いたことのない言葉が、自分の身に降りかかるとは。しかも、目の前のいかにも偉そうな男が?
「わたくしの名は黎深と申します。長らく探しておりました」
黎深と名乗る男は真剣な眼差しで見つめてくる熱意に思わずたじろいでしまった。
「あの……すみません、人違いじゃないですか?こっちはただの踊り子なんですけど」
「いいえ、間違いございません。そなたの魂の輝きは遠く離れたわたくしにも感じられました」
魂の輝き?なんだか胡散臭いなぁ。前世でも、どちらかというと地味で目立たないタイプだったはずだから魂が輝くなんてありえない。
「えっと……あの、運命の番って具体的にどういうことなんですか?」
興味本位で尋ねてみると黎深は少しだけ表情を和らげた。
「この世界には稀に強い魂を持つ者が現れます。魂が共鳴し合う男女は、互いに強く惹かれ合うのです。それが、運命の番。結ばれることで、二人の魂はさらに高みへと昇ると言われております」
「……ふーん。なんかすごい設定ですね」
ファンタジー小説の設定みたい。目の前の男は至って、真面目な顔をしている。
「そなたの舞は、魂を揺さぶりました。初めて見たときから確信しておりました。この方こそわたくしの番であると」
初めて見たとき?いつだろう。毎日、いろんな場所で踊っている。まさか、観客の中に彼がいたのだろうか。
「あの……失礼ですけど、いつ私の舞をご覧になったんですか?」
「昨晩、王都の迎賓楼にて。そなたが最後に舞った、赤い衣を纏った舞は、特に印象的でした」
昨晩……確かに迎賓楼で舞った。赤い衣は、お気に入りの一つ。でも、あんな大勢の客の中にこの男がいたなんて、全く気づかなかったな。
「それで……その、運命の番だと分かって、何か用があるんですか?」
正直戸惑いしかない。いきなりそんなことを言われても、どう反応していいか分からない。どうしろと。
「もちろんです。わたくしはそなたを娶りたい」
「めと……ええええええっ!?」
予想外の言葉に思わず叫んでしまった。娶るって結婚のこと?冗談でしょ?会って間もない、しかも身分も何もかも違う男にいきなり求婚される。
「あの……あの、私、あなたのこと全然知らないし。第一結婚なんて考えたことも……ないし」
「存じております。そなたはまだ、わたくしのことをよく知らないでしょう。ですが、共に時を過ごすうちに、きっと理解し合えると信じております」
黎深は疑う余地がないと言わんばかりの強い口調で言った。彼の自信は一体どこから来るのだろう。
「でも……ただの踊り子ですよ?あなたのような、身分の高そうな方とは釣り合わないと思います」
「身分などどうでもよいことです。そなたの魂こそが尊い」
黎深は手をそっと握った掌は、温かく、少しだけ震えている。
「どうか、妻となってください。必ず、そなたを幸せにすると誓います」
真剣な眼差しに言葉を失ってしまった。
運命の番。非現実的な言葉が頭の中でぐるぐると渦巻く。この男は一体何者なのか。本当に、運命の相手なのだろうか。
「少し時間をください。すぐに答えを出すことはできません」
精一杯の言葉を絞り出すと、黎深はわずかに微笑んだ。
「承知いたしました。いつまでも待ちます。そなたが隣に立つことを望む日まで」
そう言って彼は深々と頭を下げ、部屋を後にした。残されたあとは呆然と立ち尽くすしかない。運命の番。求婚。夢のような出来事が、現実として身に起こったのだ。
翌日、いつものように舞台に立つ。観客の中に黎深の姿を探してしまう自分がいたけど、結局、彼は現れなかったけれど。数日が過ぎ、街では黎深の噂でもちきりになった。彼はこの国の若き皇帝陛下だという。
「……皇帝陛下?」
昨日求婚してきた男が、この国のトップだったなんて。一体、どういうこと?そんな中、再び黎深が現れた。今度は豪華な輿に乗って。
「迎えに来ました」
輿から降り立った黎深は、以前にも増して威厳に満ちていた。周囲の者は皆、平伏している中、彼はただ一人見つめている。
「あの……本当に娶るおつもりなのですか?」
改めて尋ねると黎深は力強く頷いた。
「陛下ともあろうお方が、なぜ私のような」
「そなただからこそ、なのです」
彼の言葉は深く心に響いた。戸惑いはまだあるけれど彼の真剣な眼差しを見ていると、不思議と心が惹かれるのを感じる。運命の番という言葉が、少しだけ現実味を帯びてきたような気が。
「……分かりました。あなたの気持ち、受け止めます」
返事に黎深の顔がぱっと明るくなった。固く閉ざされていた氷が陽の光を浴びて溶け出したかのように。
「ありがとうございます。決して後悔はさせません」
再び手を握った。今度は昨日よりもずっと力強く。輿に乗り込んだ隣で黎深は優しく微笑んだ。どんな日々が始まるのかと不安と期待が入り混じった感情が、胸の中に広がっていく。
「ねえ、陛下」
「黎深と呼んでください」
「黎深……様。あの、舞はそんなにあなたの心に響いたんですか?」
問いに黎深は少しだけ目を細めた。
「そなたの舞には言葉では言い表せないほどの力がある。悲しみ、喜び、生きる強さ。それらが全て動きに乗って伝わってくるのです。初めて見たとき、魂を鷲掴みにされたような衝撃を受けました」
嬉しい。世界で踊りを通して、誰かの心を動かすことができるなんて。
「ありがとうございます」
素直な感謝の言葉を伝えると黎深は手を握る力を少し強める。
「これから、共に生きていく。喜びも、悲しみも全て分かち合いましょう」
心が温かくなるのを感じた。運命の番なんて、まだ信じられないけれど、新しい人生を歩んでいけるかもしれない。
輿はゆっくりと王宮へと進んでいく。窓の外に広がる景色はまだ見慣れないものばかりだけれど、隣にいる彼の存在が、不安を少しずつ和らげてくれる。
「あの……王宮って広いんでしょうね」
「ええ。ですが、すぐに慣れますよ。居場所は必ずわたくしが守りますから」
力強い言葉にそっと微笑んだ。異世界で自分が皇帝の妻になるなんて、人生、本当に何が起こるか分からない。
ゆらゆらと揺れる。王宮に到着し、豪華な寝室に通され、夢のような空間に、ただただ目を奪われるばかり。
「ゆっくり休んでください。明日、改めてそなたに、この国のことを話します」
言い残して部屋を出て行った。一人残され、広い寝台に腰を下ろした。窓の外には煌びやかな王都の夜景が広がっている。宝石を散りばめたようだ。
「本当に、これでよかったのかな」
小さな不安が胸をよぎる。でも、黎深の真剣な眼差しを思い出すと不思議と勇気が湧いてくる。この世界のことを何も知らないし、言葉だって、まだ完璧ではない。それでも、彼の隣にいればきっと大丈夫だと思える。
運命の番が本当なら、きっとこの先、色々なことが起こるだろう。夜空を見上げながらそっと誓った。異世界で、彼と共に生きていくといつか彼にとってかけがえのない存在になりたいと。
翌朝、黎深は約束通り国のことを色々と教えてくれた。歴史、文化、王族のこと。彼の話は分かりやすく、時折冗談も交えながら、次第に緊張が解けていく。
「そなたは賢い。すぐに、この国のことも理解するでしょう」
黎深は優しく微笑んだ。彼の笑顔は初めて見たときよりもずっと穏やか。数ヶ月後、黎深の妃として王宮で暮らしていた。
最初は戸惑うことばかりだったけれど、彼の優しさと、周りの人々の温かさに支えられ、少しずつこの生活に慣れる。もちろん、色々な困難もあった。
過去を知る者からの心無い言葉や、王族としてのしきたりなど、乗り越えなければならない壁はいくつもある。それでも、いつも黎深がいて力強い支えがあったからこそ。
前を向いて、歩き続ける。いつのまにか彼のことを心から愛するようになっていき、初めて会ったときの戸惑いは消え、彼の存在が心の拠り所となっていった。
王宮の庭で、二人きりで月を眺めていた。静かな夜空には満月が優しく輝いている。
「あの時、思い切ってそなたに声をかけて、本当によかった」
黎深は手をそっと握った。
「私も、あなたに出会えて、本当に幸せです」
素直な気持ちを伝えると優しく微笑み、頬にそっと口づけた。月明かりの下、固く抱きしめ合った運命の番。
最初は信じられなかったけれど、今では出会いが必然だったのだと思える。この国の皇帝である彼。
身分も、育った環境も全く違うけれど、確かに惹かれ合う。広い世界でたった一人の運命の相手。彼と共に生きる未来が今はただ楽しみでならない。
「ねえ、黎深」
「はい」
「私、あなたの妻になれて本当に幸せ」
優しく微笑み、髪をそっと撫でた。
「隣にいてくれるだけで心が満たされます」
月明かりの下、二つの魂が共鳴し合う。
「黎深」
「はい」
月明かりに照らされた庭で名前をそっと呼んだ。まだ少しだけ慣れない、けれど大切な響きを持つ名。
「あのね、私いつかあなたに故郷の話をしたいな 」
この世界に来てからずっと誰にも話せなかったこと。前世のこと。彼になら、いつか話せるような気がする。黎深は言葉をじっと聞き、穏やかな声で答えた。
「もちろんです。そなたの故郷のこと、知りません。いつか、ゆっくりと聞かせてください」
彼の優しい眼差しが心にじんわりと温かいものが。この人ならきっと全てを受け止めてくれるとそう思えるのだ。
「ありがとう」
微笑んで、彼の腕にそっと身を寄せ、夜の静けさの中、二人の鼓動が重なり合う。それからしばらくして、王宮では盛大な宴が催された。
他国の使節団を迎えるための宴で、黎深の妃として、彼の隣に座ることになった。
煌びやかな衣装を身につけ、多くの貴族や高官が見守る中、少しだけ緊張していたけども、隣に黎深の温かい視線を感じるだけで、不思議と心が落ち着く。
宴が進み、舞が披露されることになった。音が響き渡る中、舞台に現れたのは、美しい衣装を纏った踊り子たち。優雅な舞に見惚れていると、突然、黎深が手を取った。
「よろしければ、そなたも共に舞いませんか?」
彼の提案に目を丸くした。大勢の前で私が舞うとは。
「でも……もう、踊り子ではありませんし……その」
「構いません。そなたの舞はわたくしの心を捉えて離さない。皆にも、そなたの美しい舞を見てほしいのです」
黎深の真剣な眼差しに覚悟を決めた。舞で生きてきたし、彼の願いならば喜んで舞おう。立ち上がり、用意されていた薄い絹の布を手に取った。
ゆっくりと呼吸を整え、楽の音に身を委ねる。舞台の中央に進み、舞い始めたそれは世界で初めて覚えた舞。
悲しみと喜びが入り混じった、魂の叫びのような舞。記憶が蘇る。言葉も分からず、ただ必死に生きてきた日々。踊ることだけが、心の支えだった。
舞いながら、黎深の方を見てみたら、彼は、目を瞬きもせずに見つめている。
瞳には、深い愛情がほろりと。踊り終えると、会場は静まり返って、大きな拍手が湧き起こった。
貴族たちも、使節団も皆が舞に心を奪われたみたい。黎深は立ち上がり、歩み寄る。
「素晴らしい舞でした。わたくしの妃が、これほどまでに美しい舞を踊るとは誇らしい限りです」
彼の言葉に熱くなった。踊り子だった過去も全てを受け入れてくれる。その夜から時折、黎深のために舞うようになった。二人だけの静かな夜にあるいは、ささやかな宴の席で。舞うたびに嬉しくなる。
ある日、黎深と王宮の庭園を散歩していた。色とりどりの花が咲き乱れ、甘い香りで満ちている。
「近いうちに、そなたの故郷へ旅をしませんか?」
彼の提案に目を丸くした。
故郷?どこへ?
「でも……それは、遠い国ですよね……」
「確かに遠いですが不可能ではありません。そなたが育った地を見てみたい。そなたが見てきた景色を、わたくしも共有したいのです」
黎深の言葉に胸は高鳴った。世界で、自分の故郷の話をするだけでなく、提案してもらえるなんて。
「本当ですか?私、すごく嬉しい!」
思わず彼の腕に抱きついていた。黎深は優しく微笑み、背中を撫でてくれる。それから数ヶ月後、本当に向かう旅に出た。
長い船旅を経て見慣れない景色が広がっていく。文化や風景は全く違っていた。
黎深は、全てに興味津々で、目を輝かせながら説明に耳を傾ける。
街を二人で歩いた。地球の場所を重なり合わせて語る。小さな公園、お店。黎深は大切そうに見て回った。感慨深そうする。
「うん。夕焼けがすごく綺麗で、よく友達と遊んだんだ」
遠い記憶を辿りながら、懐かしそうに微笑んだ。夜には、二人で静かな温泉旅館に泊まった。露天風呂に浸かりながら、私たちはゆっくりと語り合う。
「あなたの故郷は本当に美しいところなのですね」
湯気に包まれながら、黎深はしみじみと言った。
「うん。でも、私が一番美しいと思うのは、あなたがいるこの世界だよ」
頬に触れた。静かに見つめ合い、口づけを交わす。異国の地で、二人の愛はさらに深まっていく。滞在中、黎深は多くのことを学び、感じたようだ。
違う文化、人々の考え方。それらは、彼の心に新たな刺激を与えたに違いない。
自身も、久しぶりに故郷に近い風景を見ることで、心が安らいだ。
異世界での生活でいつの間にか忘れていた感情が蘇る。旅の終わり、再び長い船旅を経て、自分たちの国へと戻った。王宮に戻ると、多くの人々が迎え入れてくれた。
異なる世界で育ったからこそ、互いの文化や価値観を尊重し、理解し合えるのだと、改めて感じる。共に多くの時間を過ごした。
王宮での公務、二人だけの静かな時間、どんな時も、お互いを感じながら、ゆっくりと愛を育む。
いつか、新しい命が宿る日が来るかもしれない。そんな未来を想像すると、胸が満たされる。喜びも悲しみも、全てを分かち合いながら生きていく。
「黎深」
「ええ」
夕焼け空の下、私は彼の手を重ねた。




