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令嬢たちのざまぁコレクション(大体一話完結/短編集)  作者: リーシャ


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95/112

95無能と切り捨てられた聖女が辞表代わりに精霊の守護を全解除して隣国へ移住した結果。今さら国が滅びそうだから戻れと言われても最強の皇帝陛下に溺愛されているのでもう遅いのですがね

「エリスティル・ラングレイ! 貴様との婚約を破棄し聖女の称号を剥奪する!理解できたな?はは!」


 王城の夜会、シャンデリアの光が刺す中で婚約者だった王子バナスンが吠えた。隣には寄り添い勝ち誇った笑みを浮かべる男爵令嬢テギキャがいる。いつもの光景。見慣れたものだ。


「君の精霊と対話するだけの地味な力は古いん。これからはテギキャの攻撃魔法こそが我が国を導くので無能な君は、さっさとこの国から出ていくがいい」


 周囲から冷笑が漏れるが、震える代わりに深く息を吐いた。バカばかり。


(ああ……やっと!やっと!やっっと!ブラックな仕事から解放される!!)


「承知いたしましたバナスン様。では、国に施していたすべての権限を今この瞬間をもって返却いたします……ね?」


 ドレスの裾を掴み、最後のリテラシーとして優雅に一礼し心の中で唱える。


 ――システムログ管理者エリスティル。国に付与した精霊の守護、および魔力循環のパスをすべて強制終了します。


 城の空気が一変した。窓の外で常に国を照らしていた精霊の光がふっと消えたのだ。ふっと笑う。滑稽滑稽。


「な、なんだ!? 今、少し暗くなったか?」


「気のせいに決まってるわ、バナスン様。それよりもあんな無能放っておきましょうよ、ねえ?」


 テギキャの甘い声。だが、気づいていない。国を支えていたのは王家の魔力ではなく、精霊たちをなだめ無理やり供給させていた安定した魔力だったことに。


 三日後。隣国であるガレリア帝国の国境にいて手元の水晶板には、祖国からの緊急通信がひっきりなしに届いている。


 エリスティル! 至急戻れ! 国中の魔導具が停止し、作物が枯れ始めた! テギキャでは修復できないんだ!命令だ、すぐに守護をしろ! これは反逆罪だぞ!なにをしている!早くやれ!


 それを無造作に消去した。再起動? 無理に決まっている。精霊たちは蔑んだあの国をもう敵と見なしているのだから。人の心も離れるのに精霊たちなんてもっと愛想をつかせている。


「……君が噂の精霊の愛し子か」


 低く、響くような声に顔を上げる。漆黒の軍服に身を包んだ銀髪の美貌の男が立っていた。ガレリア帝国の皇帝、ヴィクライ陛下。おやおや、大物だ。


「我が国は君のような本物の才能を求めていた。君が望むなら国のすべてを使って君を守ろう。無礼な小国が二度と手出しできないように」


 彼は手を取り、跪いて甲に唇を寄せた途端に背後で枯れていた森が一気に芽吹き、精霊たちが歓喜の歌を歌い始める。


 数週間後、祖国では精霊の怒りによって永遠の冬が訪れようとしていた。バナスン王子は激怒した王から廃嫡を言い渡され、聖女を気取っていたテギキャは精霊たちに呪われて見るも無残な姿に成り果てたという。


 隣国の皇帝ヴィクライが聖女としてだけでなく、ずっと昔からある目的のために探し続けていたことを。身体に宿る力が、世界を揺るがす種であることを。


「エリスティル。君を離さない。……たとえ、この世界のすべてを敵に回してもね」


 ヴィクライの瞳の奥に宿る昏い情熱。復讐のその先へ。もっと深く甘く。何も知らぬ沼へ落ちる。


 エリスティルが案内されたのは、帝城の中でも最高級の離宮。そこには元いた国の王宮すら霞むほどの贅沢な調度品と属性に合わせた高純度の魔石が埋め込まれた天蓋付きベッドがあった。ここまで行くと怖さすらある。


「今日から君の家だ。足りないものがあれば何でも言いなさい。酷い火傷を治さなくては」


 ヴィクライが指差したのはエリスティルの手のひらにあった。精霊の暴走を抑えるために前の国で負わされた名誉の負傷という名の虐待の跡。


「これは管理官の宿命」


「そんな宿命は私が許さない。君を傷つけるものは世界の理であろうと私が叩き潰す」


 ヴィクライは手に優しく口づけ、最上位の回復魔法をかける。前の国では「無能なんだからこれくらい耐えろ」と言われていた傷が数秒で消えていく。そこへ、空気を読まないノックの音が響いた。とんでもなくタイミングが悪いのに。


「陛下! ラングレイ王国の特使がエリスティル殿の身柄の引き渡し……いえ、どうか戻ってきてほしいと門前で泣きついております!」


 ヴィクライの瞳が一瞬で零下まで冷え切る。ふざけた真似をするものだ。


「追い出した女に今さら何の用だ」


「はっ。あちらの国では精霊たちが暴動を起こし、川が逆流して王都が浸水しているとのこと。バナスン王子は民衆から石を投げられて幽閉中だそうです」


「……だそうだ。どうしたい」


 エリスティルは窓の外、美しく整えられた帝国の庭園。彼女が少し整えただけで精霊たちがハッスルして満開になった場所をを見つめて微笑んだ。


「あそこの管理者権限を持っていないんですけどね。一つだけアドバイスを。テギキャ様が頑張ればなんとかなるんじゃないですか?とお伝えください。本来は彼女のやるべきことなのですし」


 バナスンがエリスティルに言い放った言葉そのもの。使者が追い返された後、ヴィクライはエリスティルを後ろから抱きしめる。


「……よく言った。だが、君はまだ気づいていないようだ」


「何をですか……?」


「君が精霊を管理していたのではない。君そのものが世界の魔力の源泉なんだ。……私が千年前から、ずっと探し求めていた心臓そのもの」


 ヴィクライの背後に今まで見たこともないほど巨大な、神話級の精霊の影が揺らめく。エリスティルを求めたのは国益のためではなく、もっと根源的で、恐ろしいほどの愛ゆえだとわからせられていく。


 帝国での生活が始まって一週間。手持ち無沙汰に耐えかねていた。前の国では、朝から晩まで精霊たちの苦情処理と枯れ果てた土地への魔力供給に追われていたから。こういうのを家畜、いや、社畜というのだろう。本に載っていた。


「……少しだけお庭を整えてもいい?」


 ヴィクライから「何もしなくていい」と言われていたけれど、あまりに庭の精霊たちが「エリスティル様、こっちを見て!」と騒がしいのでほんの少しだけ声を聴いて魔力の流れ、パスを整理してあげた。詰まっていた魔力の淀みを指先でぽんと弾いただけ。


「はっ、何事、だ!?」


 背後からヴィクライ陛下と護衛騎士たちの驚愕した声が響く。振り返ると奇跡が起きていた。

 一瞬にして離宮の庭園が黄金の魔力に包まれ、季節外れの百合が爆発するように咲き乱れている。それどころか、精霊たちが具現化していき光の蝶となって舞い踊っていた。


「管理官ではなかったのか」


「えっ? はい、掃除のようなものです」


 ヴィクライ様は震える手で肩を掴んだ。


「掃除だと……? 国の建国神話にしか記されていない精霊の楽園をたった一瞬で作っておいて」


 力を便利だと思っているのではない。恐ろしいほどの至宝として、心底から畏怖し、独占したいという欲望を見せる。



 視点・バナスン王子


「なぜだ!なぜ水が出ない!?テギキャ、お前の聖女の力はどうした!」


 王宮の蛇口からは泥水すら出なくなっていた。バナスンは元婚約者エリスティルを追い出したことを、いまだに正当な判断だと信じ込もうとしている。


「だ、だってバナスン様!精霊たちが、呼んでも逃げていくんですもの!あいつらエリスティルの時とは態度が全然違うの!」


 隣で髪を振り乱して叫ぶテギキャにバナスンは苛立ちを隠せない。攻撃魔法は国を豊かにはしなかった。繊細な精霊たちを傷つけ、国中の魔力を枯渇させる。そこへ、震えながら報告に来る兵士。


「ほ、報告します!隣国の帝国にて我が国から追放したエリスティル様が伝説の聖女として覚醒!帝国全土の作物が、一晩で数年分成長したとの情報が……!」


「……なっ!?」


 バナスンの顔から血の気が引く。大嫌いだった地味な女が、実は国を生かしていた唯一の心臓だったことにようやく喉元に刃を突きつけられるまで気づけなかった。


「すぐだ!すぐにエリスティルを連れ戻す準備をしろ!あれは僕の婚約者だ!帝国に奪われる筋合いはない!」


 だが、彼が送った連れ戻し隊が帝国の国境を越えることは二度となかった。帝国の皇帝ヴィクライの逆鱗に触れたから。


 帝国の謁見の間。栄華を失いボロボロの正装に身を包んだバナスン王子が平伏していた。後ろには魔力が枯渇して肌も荒れ果てたテギキャが震えながら控えている。


「エリスティル……!頼む戻ってきてくれ!君がいなくなってから我が国は滅茶苦茶だ!婚約破棄はなかったことにする。正妃として迎えようじゃないか!元より、君のものだったのだから。戻るだけだ。な?」


 バナスンの言葉に謁見の間を埋め尽くす帝国の貴族たちが、一斉に失笑を漏らした。玉座の傍らに立つ私は冷めた視線で彼を見下ろす。


「バナスン様、お言葉ですが私はあの日、全ての権限を返却しました。追い出したのはあなた自身ですし」


「それは……その、テギキャに唆されたんだ!悪いのは全部こいつだ!こいつ!いつなんだ!ああ、僕は悪魔にみいられて!そうか!処刑してみせるから!な?よし、剣を誰か貸せ」


「ひ、ひどい!バナスン様がエリスティルなんていらないって言ったんじゃない!処刑?あんたがされろおおお!」


 醜いなすりつけ合いを始める二人に溜息をついてから、ゆったりと告げた。


「もう遅いですヴィクライ陛下の管理官……一人の女性として幸せに暮らしています。あなたたちの国を救う理由は砂粒ほども残ってないです」


「なっ……!貴様恩を忘れたか!?売国!裏切り者!醜女!醜女醜女!ゴミが!元はと言えば我が国が育ててやったんだあああ。奴隷は奴隷なりに役に立て!」


 バナスンが逆上して手を伸ばそうとした瞬間、隣に座るヴィクライの周囲から、ドス黒いほどの圧巻の魔力が溢れ出した。


「私のエリスティルに汚れた手を向けたな」


 ヴィクライ陛下が指先を小さく振るとそれだけで、バナスンとテギキャは目に見えない重圧に押し潰され、床に顔を叩きつけられた。


「ぐきゃああ!ぎゃー!」


「ぐやあ!?痛い!?」


「バナスン。貴公が無能と呼んだおかげで、至宝を手に入れることができた点だけは感謝しよう」


 陛下は立ち上がり、愛おしそうに抱き寄せた。


「二度と彼女の前に現れるな。次に汚い口を開けば、貴公の国を地図から消し去る。警告ではない。決定事項だ」


 バナスンは恐怖のあまり失禁し、衛兵によって文字通りゴミのように引きずり出されていった。虐げた者たちの、あまりにあっけない結末。去った後、ヴィクライは髪を優しく撫でながら、耳元で囁く。


「邪魔者は消えた。君の本当の記憶を取り戻す儀式をしようか」


「本当の……記憶?」


 首を傾げる。精霊と話せるのは才能だと思っていたのだが。ヴィクライが見せた古い古文書には同じ紋章を持つ世界を創り、壊した女神の姿が描かれていた。


「国に隠していたのは世界の均衡を保つためだった。彼らが君を捨てたならばもう、遠慮する必要はない」


 ヴィクライの瞳が深紅に輝くと帝国の空に巨大な精霊の王たちが集結し始めた。


「世界の王座へ連れて行こう」


 彼は自身を抱きしめて囁いた。

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