93 宝石を創り出す呪いと蔑まれた少女が実は世界の富を司る財宝の女神だった。色彩を失った王国の末路とは?
「フェンローマ!貴様の流す不気味な涙の結晶など、我が王国の不吉の象徴だ。婚約を破棄し、真の聖女……触れるものを黄金に変える力を持つミレイユを王妃に迎える。理解はできたな?」
第一王子ハラは冷酷な言葉と共にフェンローマを突き飛ばした。悲しみに暮れて流す涙は 透明な石に固まって床に転がる。それを見た周囲の貴族たちは「不気味だ」「呪われた女め」と嘲笑う。
「涙が、あなたたちにはただの石に見えると?」
フェンローマの中で数万年の眠りについていた真実が覚醒した。呪われた女ではない。涙は神々が星を創る際に用いる究極のエネルギー結晶天星石。彼女こそが宇宙のすべての貴金属と輝きを司る万宝の女神だったことを思い出す。
「国からは輝きをすべて没収する。灰色の世界で精々そのメッキの黄金とやらを愛でていれば?」
フェンローマが国を捨て、最果ての荒野で一粒の涙を流した時、大地が激しく鳴動した。
「……見つけた。暴力的なまでに美しい光……!」
現れたのは世界の半分を虚無で覆いつくす最強の覇王、デウス。あらゆる富に興味を示さなかったが、フェンローマが流した透明な石を一目見た瞬間、その場に跪いた。
「美しい。輝きに比べれば支配する世界のすべてが塵に等しい。女神よ、どうかあなたの宝物庫の守衛にしてくれないか?あなたの傍で輝きを永遠に守り抜きたい」
デウスは横抱きにし、自らの黒鉄の城へと連れ去った。支配するのではなく至高の宝として崇め、病的なまでの執着で溺愛し始める。それにポッとなる女。
フェンローマが去った王国では、恐ろしい現象が起きていた。輝きを没収するという言葉通り、国中の宝石がただの砂利に、金貨が錆びた鉄くずへと変わってしまったのだ。
「バカな!黄金の力が効かない!何を食べても何を飾っても、すべてがドブのような色に見える!」
偽聖女ミレイユは発狂し、ハラ王子もまた灰色の王座で頭を抱えていた。そんな時、彼らは噂を耳にする。最果ての黒鉄の城に見たこともない輝きを放つ女神がいるという話を。誰かは聞かずともわかる。我先に向かう。
「私が悪かった!戻ってきてくれ!宝石を、輝きをもう一度この国に」
這いつくばって城の門を叩く彼らの前に、フェンローマが姿を現した指先にはデウスが捧げた銀河の心臓を加工した、目が眩むような指輪が光っている。
「ハラ、ミレイユ。色褪せた世界がお似合い。縋る暇があるなら道端の砂利でも磨いて宝石だと思い込めば?」
デウスが背後からフェンローマを抱きしめ、ハラたちを氷のような視線で射抜いた。
「……消えろ羽虫。私の女神に視線を向けることさえ、万死に値するぞ?」
デウスが指を鳴らすとハラたちは自分たちが一生、他人の持っている宝石だけが眩しく見え、自分の手にあるものはすべて糞尿に見えるという呪いをかけられて追放された。
「……デウス、そんなに宝石を並べなくてもいい。重くて動けない」
城の寝室でデウスによって山のような財宝の中に埋もれていた。足首に彼自身の魂の一部を封じ込めた黒炎のアンクレットを嵌め、満足げに微笑む。指先にキスした彼は目を光らせる。
「嫌だ。君は世界で一番価値のある存在だ。宝石で飾るのではない、宝石が君に飾られることで価値を持つんだ」
フェンローマの涙の跡を優しく舌でなぞり、瞳の奥に宿る無限の輝きを独占するように見つめる。うっとりと彼を見つめた。目が離せない。
「君を誰にも見せたくない。涙一粒、吐息一つ、すべてが私だけの財産だ。今夜は君の心の中に消えない刻印を刻んであげよう」
「……あなたは本当に欲張りな覇王様ですこと。ふふ」
宝石を呪いと言われた少女は強欲な男に宝石よりも大切に熱く、甘く永遠に愛される。
黒鉄の城のバルコニー。デウスはフェンローマのために、この世のものとは思えない贅沢な昼餐を用意していた。
テーブルに並ぶのは、深海の秘境で獲れた白身魚のグリルや太陽の光を凝縮したような黄金の果実。だが、デウスは自分で食べるよりも先に皿を整えることに全神経を注いでいる。
「肉は私が自ら炎を操り、一秒の狂いもなく焼き上げた。口に合うか?」
「覇王なのよ?料理まで自分でしなくていいのに」
フェンローマが一切れ口に運ぶと、とろけるような旨味が広がった。あまりの美味しさに目尻にうっすらと涙が浮かぶ。
ポロリとこぼれ落ちた涙は空中で固まり、燃えるような紅色のルビーとなって皿の上に転がった。
「おおっ!素晴らしい……君が幸福を感じるたびに新たな至宝が生まれるのだな」
デウスはルビーを宝石箱に仕舞うのではなく、そのまま自分の口に含んだ。
「君の喜びの結晶。他の誰にも触れさせん。体内で永遠に君の熱を感じていたい」
「あ……もう、変なものを食べないで」
フェンローマは赤面しながらもデウスに「あーん」と果実を食べさせられ、穏やかな昼のひとときを楽しんだ。食事の後、二人はフェンローマが昔いた王国の宝石店へと向かう。
といっても、フェンローマの力で輝きを没収された国ではどの店も死んだような灰色の石しか置いていない。二人は魔力で姿を変え、街で一番大きかった宝石店黄金の涙へ足を踏み入れた。
「いらっしゃいませ……といってもお見せできるような本物はもうありませんがね……」
店主は力なく項垂れていた。店はハラ王子やミレイユがフェンローマを嘲笑いながら、彼女の石ころをゴミ箱に捨てた場所だ。
「ショーケースにあるのは?」
フェンローマが指差したのは店の一角に飾られた、くすんだ灰色の塊。彼女が流し、ゴミとして扱われた涙の結晶ではあるまいか。
「それは……昔、呪われた令嬢が流したという不吉な石です。今はただの石ころですが、なぜかこれだけは捨てられなくて……」
その時、店にボロボロの服を着た男女が飛び込んできた。没落したハラと髪がバサバサになったミレイユ。
「店主!石を売れ!呪いだろうが何だろうが今のこの国にはそれしか形のある石がない!」
「そうよ!それを磨けば少しはマシなメッキが貼れるはず!」
彼らはフェンローマに気づかず、カウンターに縋り付く。フードを外し、くすんだ石に指を触れた。
「光れ。私の欠片なら」
カァァァッ!!瞬間、灰色の石はまばゆいばかりの天星石へと姿を変え、店全体を銀河のような光で満たした。あまりの輝きにハラとミレイユは目を焼かれ、叫びながら転げ回る。
「あ、あああ!目が!目が眩む!痛い、眩しすぎて見ていられない!」
デウスがフェンローマの肩を抱き寄せ、冷酷に笑う。
「滑稽だな。本物の輝きを目の前にして耐えることさえもできないか。貴様らには暗闇こそがお似合いだ。はっ」
フェンローマは店主に向かって微笑んだ。
「この石は私が引き取る。価値のわからない人に持たせておくのはこの子がかわいそうだし」
店を出た後、デウスはフェンローマの手を握り、真剣な眼差しで見つめた。
「フェンローマ。石よりも店にあったどの残骸よりも、隣で微笑む君が一番眩しい」
「……デウス、宝石店に来てまでそんなこと言うの?可愛い人」
「宝石など君を飾るための添え物に過ぎない。今夜君に新しい輝きを贈らせてくれ。魂を削り、心だけを照らす特別な光を」
軽々と抱き上げ、夜空を駆ける黒龍を呼び寄せ灰色の国を眼下に見下ろしながら、二人は世界で最も輝かしい愛と独占に満ちた城へと帰っていった。




