85薄暗い屋敷の一室で刺繍針を動かしていた。窓の外では、春の柔らかな陽光が木漏れ日となって差し込んでいる。暖かさは花火師ユスティヌの心には届かない。
追放/お仕事
薄暗い屋敷の一室で刺繍針を動かしていた。窓の外では、春の柔らかな陽光が木漏れ日となって差し込んでいる。暖かさはユスティヌの心には届かない。
「ユスティヌ!」
低い声が部屋に響きびくりと肩を震わせた。不機嫌がなにか言っている。溜息を内心で済ませておく。振り返ると険しい表情の義母、エレナが立っている。またか。
後ろにはいつもユスティヌを冷たい目で見下ろす義妹、ソフィアの姿もあった。
「なんです、義母様」
平静を装い、できるだけ丁寧に答えた。これだから。今度はなぁに?更年期なのか。
「またお前は薄汚れた部屋で針仕事ばかりしているのか!少しはソフィアを見習って、お洒落の一つでもしたらどうなの!」
エレナの言葉は棘を含んでいた。ユスティヌは幼い頃に実母を亡くし、伯爵家に引き取られたのだがエレナとソフィアは常にユスティヌを疎ましく思っている。
「申し訳ございません。わたくしにはあまり派手なものは似合いませんので」
しおらしく言ってあげた。
「ふん、言い訳ばかり上手くなって!お前のような陰気な女がこの家にいるだけで、家の評判が下がるのだ!今日限り出て行け!」
エレナの言葉は予想通りのものだった。はぁ。家に居場所がないことはずっと前から感じていた。それでも、まさか追い出される日が来るとは思ってもいなかった。というのは楽観視し過ぎたか。
「お待ちください、義母様!一体、わたくしが何をしたというのですか?」
必死に訴えたがエレナの表情は冷酷だった。
「お前の存在そのものが気に入らないの!さっさと出て行け!二度とこの家の敷居を跨ぐな!」
有無を言わせぬ勢いで、ユスティヌはわずかな荷物と共に屋敷を追い出された。ふざけているなと。冷たい石畳を踏みしめながらこれからどうすればいいのか、途方に暮れた。
「くっ……ばばーめ!」
背後で嘲笑する声が聞こえた。ソフィアだ。唇を噛み締め俯きながら歩き出した。凄く不服だが。
夕暮れ、ユスティヌは小さな森の中で野宿をしていた。冷たい風が吹き抜け心細さが募る。空を見上げると満月が寂しげに輝いていた。
(一体、これからどうすれば……)
その時、ユスティヌの脳裏に鮮烈な光と音が蘇った。
「たまやー!」
夜空に咲き誇る色とりどりの大輪の花。
祭りの喧騒、人々の歓声。花火師だった頃の記憶。幼い頃から花火に魅せられ、生涯を花火作りに捧げた日々。記憶が昨日のことのように鮮明に蘇ってきたのだ。
(そうだ……私は、花火師だったんだ)
前世の記憶が蘇ったことで、ユスティヌの中に微かな希望が灯った。心中の反抗心がどこからくるのかわかったのだ。
この世界では花火がどういうものかは分からないけれど、もし作ることができれば、きっと何かを成し遂げられるはず。
夜、ユスティヌは決めた。理不尽な扱いを受けたままでは終わらない。いつか必ず、自分を見捨てた家族を見返してやる。自分の力で生きていく。やってやりたいと思う。
数日後、ユスティヌは小さな宿場町に辿り着いた。そこでひょんなことから一人の青年と出会う。彼の名はカルス。
褐色の肌にいたずらっ子のような笑顔がよく似合う、少しいたずらっ子な雰囲気の青年。
「おや、こんなところでどうしたんだ?迷子か?」
カルスは町の外れで困っているユスティヌを見つけると、気軽に声をかけてきた。
「いえ……少し、道に迷ってしまいまして」
警戒しながらも正直に答えた。猫をかぶっておこう。
「ふうん。もしよかったら、知り合いの宿を紹介してやるよ。あんたみたいな綺麗な人が野宿なんて、危なくて見てられないからな」
カルスの言葉は軽薄に聞こえたが瞳には優しさが見えた。ユスティヌは少し迷ったが、彼の申し出を受けることに。
「助かります」
カルスが紹介してくれた宿はこじんまりとしていたが、温かい雰囲気の場所だ。女将さんも親切でユスティヌはしばらくそこで世話になることに。
町での生活は初めての経験だった。貴族の屋敷とは全く違う、活気と人々の温かさがある。
カルスは何かと世話を焼き、町のことを色々と教えてくれた。
ある日、カルスはユスティヌを町の外にある小さな丘に連れて行く。そこからは町全体が一望できた。
「ここからの景色は最高だろ?」
カルスはそう言ってにっと笑う。夕焼け空が町をオレンジ色に染めていた。
「はい、とても綺麗です」
素直に答えた。
「あんた、いつも難しい顔をしているけど、笑うともっと綺麗になるのにな」
カルスの言葉にユスティヌは少し戸惑った。そんなことを言われたのは初めて。
「わたくしは……あまり笑うような柄ではありませんので」
「そんなことないさ。誰だって笑う権利がある。つらいことがあったなら、無理に笑う必要はないけど、楽しいことがあったら、思いっきり笑えばいいんだ」
カルスの言葉はユスティヌの心にじんわりと染み込んだ。話していると不思議と心が軽くなるのを感じた。
二人は一緒に町の市場を歩いたり、川辺で語り合ったりするうちに心を通わせていく。カルスの明るさと優しさに触れるうちに、ユスティヌの閉ざされていた心も少しずつ開かれていった。
いつしかカルスのことが好きになっていることに気づく。飾らない笑顔、優しい眼差し、時折見せる真剣な表情に惹かれていったのだ。
ある夜、カルスは真剣な眼差しでユスティヌに向き合った。
「ユスティヌ。あんたのことが好きだ。初めて会った時から、なんだか目が離せなかった。つらい過去があるのかもしれないけど、これからはあんたを笑顔にする。ずっと一緒にいてほしい」
カルスの告白にユスティヌの胸は熱くなった。彼といるとこれまでの孤独が嘘のように感じられて。
「わたくしも……カルスのことが好きです」
二人は固く抱きしめ合い、互いの温もりを感じ合った。心優しいカルスはかけがえのない存在となっていく。カルスとの穏やかな日々の中でユスティヌはふと、前世の記憶を思い出した。
花火の作り方、火薬の調合、夜空に美しい光を描くための知識……彼女の中に確かに存在している。
「カルス、少し手伝ってほしいことがあるの」
ある日、ユスティヌはカルスに切り出した。
「どうしたんだ?」
「前世で花火師だったようなの。この世界のことはまだよく分からないけれど、もし花火を作ることができたら……きっと、何かできると思うの」
カルスは目を丸くしたがすぐにいつもの笑顔に戻った。
「花火か!面白そうじゃないか!俺にできることがあったら、何でも言ってくれ!」
カルスの協力を得て、花火作りに取り掛かった。材料集めは苦労したがカルスの持ち前の行動力と人脈のおかげで、少しずつ揃えることができたのだ。
ユスティヌは前世の記憶を頼りに、火薬を調合し、筒を作り星と呼ばれる火薬の玉を丁寧に作り上げていった。作業はどこか懐かしく、希望に満ちたもの。
数ヶ月後、ようやく花火が完成した。試しに小さな花火を打ち上げてみると、夜空に小さな光の花が咲く。美しさにユスティヌとカルスは息を呑んだ。
「すごいな、ユスティヌ!本当に綺麗だ!」
カルスは目を輝かせた。ユスティヌの心にも確かな手応えがあった。
「花火をもっと多くの人に見てもらいたい。わたくしを追い出したあの家族にも……」
完成した花火を持って、以前住んでいた伯爵家の近くの町へと向かう。カルスも一緒。
町の広場では、ちょうど祭りが開催されていた。多くの人々で賑わう中、ユスティヌは祭りの主催者に掛け合い、花火を打ち上げさせてもらう許可を得た。
夜になり、祭りの熱気が最高潮に達した頃、ユスティヌは準備を始める。人々は一体何が始まるのかと興味津々で見守っている。
ついに最初の花火が夜空に打ち上げられた。
「ドーン!」
大きな音と共に漆黒の夜空に鮮やかな赤い光が広がったのら人々が見たことのない、幻想的な光景。
次々と打ち上げられる花火は色を変え、形を変え、夜空を華やかに彩っていく。歓声を上げ、美しさに酔いしれた。
その中にはエレナとソフィアの姿も。最初は訝しげに見ていた二人だったが、花火の美しさに次第に目を奪われていった。祭りの最後に打ち上げられたのは巨大な花火。
前世のユスティヌが最も得意とした、複雑な模様を描く芸術的な花火だった。
夜空に大きく咲いたその花はユスティヌの強い意志を表しているよう。花火が終わると、広場は割れんばかりの拍手と歓声に包まれた。
見たこともない美しい光景に感動し、興奮している。騒ぎの中、ユスティヌはエレナとソフィアの前に進み出た。
「ごきげんよう、義母様、ソフィア」
ユスティヌの声は以前の弱々しさとは打って変わって、堂々としていた。エレナとソフィアは目の前に立つユスティヌが、祭りの主催者と親しげに話している姿を見て、驚愕していた。
あの美しい花火を上げたのがユスティヌだとは夢にも思っていない。
「あ、あんた……一体、どういうことだ!」
エレナは声を震わせた。
「あなた方に追い出されたユスティヌです。今は花火師として、この町で認められています」
堂々と告げた。周囲の人は二人のやり取りに興味津々で耳を傾けている。
「な、何を馬鹿なことを!お前のような出来損ないが、こんな素晴らしい花火を上げられるはずがない!」
ソフィアは信じられないといった表情で叫んだ。
「信じるか信じないかは、あなた方の自由です。自分の力で生きていくと決めました。あなた方を見返すことも」
言葉はエレナとソフィアの胸に深く突き刺さった。彼女たちの顔は悔しさと驚きで歪む。その時、カルスがユスティヌの隣に立ち、優しく微笑んだ。
「ユスティヌは、本当にすごいんだ。俺が保証するよ」
カルスの言葉に周囲の人も頷いた。ユスティヌの作った美しい花火に感動し、彼女の才能を認められる。エレナとソフィアは多くの人の前でユスティヌの成長と成功を目の当たりにし、何も言い返すことができなかった。
彼女たちの顔は屈辱と嫉妬で真っ青に。ユスティヌは自分を理不尽に追い出した家族を、見事にやり込めたのだ。
自身の努力と才能、かけがえのない恋人カルスの支えがあったからこそ成し遂げられたこと。祭りの後、ユスティヌとカルスは二人で夜空を見上げた。まだ、花火の残香が漂っている。
「やったな、ユスティヌ」
カルスは満足そうに笑った。
「ええ、あなたのおかげよ、カルス」
感謝の気持ちを込めてカルスの手に触れた。二人の間には愛が。ユスティヌは過去の辛い経験を乗り越え、自分の力で未来を切り開いた。
そばにはいつも彼女を支え、愛してくれるカルスが。新しい人生は鮮やかな花火のように希望に満ち溢れていた。




