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令嬢たちのざまぁコレクション(大体一話完結/短編集)  作者: リーシャ


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78ポーション瓶が多用される世界で割れない容器を作る令嬢と天才が世界をひっくり返すまで〜婚約破棄された傷物になっても気にならない〜

ポーションの割れない入れ物を開発する話

「クメエリマ。貴様との婚約を破棄する」


 王立学園の卒業パーティー。煌びやかなシャンデリアの下、第一王子アレクセイの声がホールに響き渡った。周囲の貴族たちがざわめき、扇で口元を隠しながらクメエリマを見ている。


 隣には実の妹であり、最近王子と良い仲だと噂されていた聖女候補のララミリアが、怯えたように王子の腕にしがみついていた。


「ララミリアをいじめ、清らかな心を傷つけた悪女めが。貴様のような性悪な女は将来の国母にふさわしくない! 即刻……国外追放を命じる!」


 勝ち誇った顔で宣言した。通常ならここで泣き崩れるか、無実を訴えて見苦しく足掻くのが悪役の役割だろう。しかし.ゆっくりと扇を閉じ、口を開いた。


「ふ——承知いたしました」


「なっ……?」


 予想外の反応だったのかアレクセイ王子の顔が引きつる。


(あー、やっと終わった……これで! 長かった……最高よ!)


 内心、歓喜のサンバを踊っていたクメエリマには前世の記憶がある。日本のとある経営コンサルティングファームで、シニアマネージャーとして働いていた記憶。


 過労死で死して転生してから十八年。公爵令嬢として未来の王妃として、徹底的な英才教育を受けてきた。国の王家はハッキリ言って斜陽産業だ。

 財務状況は火の車、王子の浪費癖は改善の見込みなし、官僚組織は腐敗している。王妃になったところで、待っているのは過労死ルート確定のデスマーチ。


(これで、ブラック職場の王宮に就職しなくて済む! しかも向こうからの契約解除!)


 スッと背筋を伸ばし、懐から一通の書類を取り出す。


「殿下。婚約破棄の件、謹んでお受けいたします。つきましては、こちらの書類に署名をお願いできますでしょうか」


「な、なんだそれは」


「婚約破棄に伴う合意解約書、慰謝料請求書です」


 会場が水を打ったように静まり返った。


「は、はあ!? 慰謝料だと!? 貴様が悪いのだぞ!?」


「いいえ。法典第12条に基づき、婚約破棄には正当な事由が必要。いじめとおっしゃいますが、証拠はございますか? いつ、どこでどのような手段でララミリアをいじめましたか? 具体的な日時と証言を提示してください」


 前世仕込みの詰めであるロジカル・ハラスメントモードに入った。


「そ、それは……ララミリアが怖い目で見られたと……」


「視線の解釈は主観に過ぎません。客観的証拠がない以上、殿下の一方的な契約不履行となります。王家規定の違約金に加え、これまで王妃教育に費やした時間の機会損失費、精神的苦痛への慰謝料。締めて金貨三億枚を請求いたします」


「さ、さ……三億!?」


「実家であるバーンシュタイン公爵家からの融資引き上げも検討することになりますが、よろしいですね? お父様」


 バルコニーにいた父公爵を見上げた。苦虫を噛み潰したような顔をしていたが、ニッコリと微笑むと諦めたようにため息をつき、王に向かって一礼した。父も王家の放漫財政にはうんざりしていたのだ。


「ああ……払おう」


 青ざめた国王陛下が震える声で言った。王子のアレクセイはパクパクと金魚のように口を開閉させている。


「ありがとうございます。支払いは一括で。期日は明日の正午までにお願いいたします」


 優雅にカーテシー。


「それでは皆様、ごきげんよう……ああ、ララミリア」


 最後に勝ち誇った顔をしている妹を見た。


「不良債権、謹んで譲渡するわ。返品不可だから、大事になさいね」


 翌日。慰謝料として受け取った小切手を換金し、身一つで屋敷を出た。勘当? 追放? 望むところだ。公爵家の看板など、これからの自分には重たいだけ。


 馬車に揺られながら王都の地図を広げた。目指すは王都の東区画。職人たちが集まる下町エリア。


「さて……まずは元手の資本金をどう回すか。投資対利益が高い案件を見つけないと」


 ドレスを脱ぎ捨て、動きやすい平民の服に着替えたので公爵令嬢ではない。商売人だ。

 石畳の道を歩きながら市場調査を開始する。活気はあるが物流の効率が悪い。商品の陳列も雑だ。

 魔法という素晴らしい技術があるのに、生活レベルに落ちてきていない。


「宝の持ち腐れね……ブルーオーシャンだらけ」


 路地裏の奥まった場所に、蜘蛛の巣が張ったような古びた店を見つけた。看板には消えかかった文字でルカ魔道具店とある。


 店の前にはガラクタ……いや、見たこともない形状の魔道具が山積みにされていた。一見ゴミの山だが鑑定眼——ではなく、長年のコンサル経験からくる直感が告げる。


(ここの技術は化ける)


 埃っぽいドアを躊躇なく開け放った。カランカラン、と寂れたベルが鳴る。


「いらっしゃい……と言いたいとこだけど、売るもんねぇぞ」


 奥のカウンターでボサボサの銀髪をした青年が、気だるげに頬杖をついていた。目の下には濃いクマ。服は油と煤で汚れている。


「こんにちは。あなたが店主?」


「ああ。ルカだ。見ての通り、閉店準備中だがな。冷やかしなら帰ってくれ」


「閉店? それは困るわ」


 カウンターに歩み寄り、ドン! と革袋を置いた。中に入った金貨がジャラリと重い音を立てる。ルカが驚いて目を丸くした。


「な、なんだ、あんた」

 不敵に微笑み、手を差し伸べた。


「クメエリマと言うの。腕はいいのに商売は下手くそでしょう? あなたをプロデュースしてあげる。代わりに」


 目はきっと黄金色に輝いていたことだろう。


「王都の金を、二人で根こそぎ稼ぐわよ」


 これが、後に王国の影の支配者と呼ばれることになる、最凶のコンビの始まりだ。


「……あんた、正気か?」


 カウンターに積まれた金貨の山と、顔を交互に見比べた銀色の瞳には、警戒心と僅かな期待、こいつは頭がおかしいんじゃないか?という困惑が混ざっている。


「至って正気。言ったでしょう? 商売をしに来たの」


 汚れたスツールをハンカチで拭ってから、優雅に腰掛けた。


「まず現状分析から始めましょう。ルカ、店の帳簿と主力商品の在庫を見せてちょうだい」


「帳簿? そんなもんねぇよ。金が入ったら材料を買う。腹が減ったら飯を食う。それだけだ」


「どんぶり勘定以前の問題」


 こめかみを押さえた。個人事業主にありがちな、自転車操業ですらない無計画操業。

 逆に言えば財務状況はクリアだ。借金はあるだろうが、複雑な粉飾決算などあろうはずもない。


「じゃあ、商品は? 棚にあるガラクタ……いえ、魔道具を見せて」


「ガラクタじゃねぇよ!」


 憤慨してカウンターの奥から一つのランプを取り出した。見た目はガラスとミスリル銀で作られた、非常に美しい意匠のランタン。


「これは俺の自信作、恒久の輝き』だ。最高級の魔石を使い、一度起動すれば百年は輝き続ける。防水、耐火、衝撃吸収の術式も組み込んである。どうだ、凄いだろう?」


 鼻高々に胸を張る。ランタンを手に取り、まじまじと観察。魔術的な細工は精緻を極めている。貴族の屋敷にあってもおかしくない芸術品だ。


「……で、これ、いくらで売ってるの?」


「金貨十枚だ」


「金貨十枚……え」


 一般市民の年収に近い金額だ。


「誰に向けて、売るつもりで作ったの?」


「誰って……そりゃ、いい物を分かり合える客だ」


「その客は店に来るの?」


「こ……来ないな?」


 バツが悪そうに視線を逸らすからため息をついた。


「いい? ルカ。これはね?典型的な作り手本位の失敗例よ」


「ほんい……なんだって?」


「いい物を作れば売れるというのは幻想。顧客が求めているのは百年持つランプじゃない。冒険者なら安くて壊れてもいい明かり、貴族ならドレスを美しく見せる明かり。ニーズのないところに、どんな高性能な商品を投げてもゴミと一緒」


 ランタンに少し魔力を流してみた。途端に体内の魔力がごっそりと持っていかれる感覚。


「うっ……! 何これ、燃費悪すぎじゃない!?」


「あ? ああ、高出力だからな。魔力量が少ない奴だと十分もすれば気絶するかも」


「使用者が死ぬかもしれない照明器具なんて、誰が買うのよ! リコールの問題じゃ済まない!」


 ランタンをカウンターに叩き置いた。店が潰れかけている理由だな。

 ルカは天才だ。技術力は王宮の筆頭魔導師よりも上かもしれない。

 けれど、技術の高さと商品の価値を混同している。オーバースペックすぎて、市場と乖離しているのだ。


「分かった。課題は明確」


 立ち上がり、店の中を見渡した。埃を被った棚、雑然と置かれた工具、床に散らばる設計図。


「まずは5Sからやるわよ」


「5S?」


「整理、整頓、清掃、清潔、躾!

 職場環境の改善は業務効率化の基本中の基本。さあ、立って! 薄汚い布じゃなくて、雑巾を持ってきなさい」


「な、なんで俺が! 俺は、魔道具師だぞ!?」


「魔道具師である前に店のオーナーでしょうが。売れる環境を作れない人間に売れる商品は作れないわ」


 元公爵令嬢の威圧感と、前世の鬼マネージャーの魄力に気圧されたのか、ルカは「ちっ、分かったよ……」と渋々動き出した。そこからの数時間は戦場だ。

 ドレスの裾をまくり上げる。中身をズボンに着替えておいてよかった。徹底的に店を掃除する。


 ルカがいらないと言った失敗作の山も部品取りというリサイクル用と完全廃棄用に分類。動線が悪かった作業台の配置も、効率的に動けるようレイアウト変更の模様替えをした。


 夕暮れ時。見違えるように綺麗になった店内で、二人は床に座り込んでいた。


「……ふぅ。意外と広かったんだな、うちの店」


 感心したように呟く。


「でしょ? 在庫管理も作業効率も上がるはずよ」


 汗を拭いながら分類した失敗作の箱を指差す。


「掃除をしていて気付いたんだけど……大量にある失敗したスライムの粘液みたいな液体は何?」


 ルカは嫌そうな顔をした。


「ああ、それは……強化ガラスを作ろうとして失敗した成れ果てだ。熱を加えると硬化するんだが、ガラスほど透明じゃないし、薄くするとペラペラになっちまう。燃えないゴミだから、あとで裏に捨てようと思ってたんだ」


「ペラペラで、熱で固まって、透明じゃない……」


 液体が入った壺を覗き込んだ。少し指ですくってみるとゴムのような、プラスチックのような感触。


「……ねえ、これ。水は通す?」


「いや、通さねぇけど。耐久性がねぇから剣も防げないぞ」


「剣を防ぐ必要なんてない」


 脳内で記憶と知識が結合した。冒険者たちが腰にぶら下げている、重くて割れやすいガラス製のポーション瓶。あれのせいで動きが鈍り、転んで割って中身を無駄にする事故が多発している。


 もし、軽くて割れなくて、使い終わったら小さく捨てられる容器があったら?


「ルカ、この素材……もっと大量に安く作れる?」


「は? まあ、そりゃ雑草とスライム液を混ぜるだけだから原価はタダ同然だが……そんな失敗作、何に使うんだ?」


 ニヤリと笑う。


「私たちの最初の商品……ポーション用パウチ容器」


「ぱうち?」


「ええ。世界の常識をひっくり返してやりましょう」


 まだ見ぬ勝利の味を想像して唇を舐めた。天才職人の失敗作はダイヤの原石。大成功する未来しかもう見えない。

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