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令嬢たちのざまぁコレクション(大体一話完結/短編集)  作者: リーシャ


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237お姉様、渋柿みたいな魔力しか出せないなんて聖女の血筋として恥ずかしくないの? 甘い蜜の裏にある酸っぱくて苦い真実。黄金の桃と路傍の毒林檎。

「お姉様、渋柿みたいな魔力しか出せないなんて。聖女の血筋として恥ずかしくないの?」


 妹のフィウラがふんわりと甘い香りを漂わせながら笑った。彼女の手の中には、眩いばかりに輝く黄金の桃が浮かんでいる。国では聖女の資質は具現化する果実で決まる。

 フィウラが授かったのは万病を治し、土地を豊かにする伝説の桃。対してエクーラが結実させたのは小指の先ほどしかないどす黒い野林檎だ。


「エクーラ、今日限りで修道院へ行け。フィウラの輝きを曇らせる泥など不要」


 父である公爵の言葉に頭を下げる。期待も未練もとうの昔に腐り落ちている。大切に野林檎を懐にしまい、追放を受け入れた。


 一年後。王都は未曾有の枯死病に襲われていた。作物は枯れ、家畜は倒れ、肌は樹皮のようにひび割れる。救世主として期待された聖女フィウラは毎日黄金の桃を人に振る舞った。しかし、事態は一向に改善しない。


「どうして!?桃は最高級の魔力のはずなのになんで!」


 王宮の庭園でフィウラが叫ぶ。差し出した桃を口にした騎士が直後に血を吐いて倒れた。桃は表面こそ美しいが芯は真っ黒に腐り、異臭を放っていた。

 魔力は見栄えだけに特化した、中身のない虚飾の果実だったのだ。そこへ、一人の旅装の女が現れる。


「それは寄生桃よ、フィウラ。他者の生命力を吸い取って輝くだけの、毒の果実なのに」


「エクーラ!?なぜここに……汚い林檎は何よ!」


 手にはあの時よりもさらに黒ずみ、ゴツゴツとした野林檎があった。迷わず野林檎を地面に叩きつけた。果実が割れた瞬間、溢れ出したのは甘い蜜ではなく鼻を突くような強烈な酸味と、凄まじい浄化の波動。


「私の果実は毒を喰らう毒。病を分解し、土を根こそぎ洗い流す不老長寿の劇薬」


 野林檎の汁が地面に染み込むと、みるみるうちに枯れ草が青々と蘇り、倒れていた人が呼吸を取り戻していく。魔力は美しく飾ることなど捨て生き残るための力を凝縮させた果実。


「そんな……嘘よ、お姉様のゴミみたいな果物が本物なんて……ありえないもの!」


 フィウラが縋り付こうとした父や婚約者の王子は汚物を見るような目で見つめ、突き放した。桃が周囲の活力を吸っていたのだと気づいた今、彼らの顔にあるのは怒りと恐怖だけだった。


「エクーラ!すまなかった戻ってきてくれ!公爵家はお前のものだから!」


「聖女エクーラ!どうか私の妃に!」


 手のひらを返して駆け寄る彼らを、冷ややかな一瞥で制した。


「お断りします。自分の果実の育て方を知っていますから」


 背を向け、混乱に陥る王宮を後にした。国境を越えた先、深い霧に包まれた忘れられた帝国。そこでは、一人の男が枯れた玉座に座り、エクーラの訪れを待っていた目の前にはエクーラが道すがら植えた野林檎の種が、一晩で巨大な大樹へと成長し、禍々しくも美しい黒い花を咲かせている。


「見つけたぞ。毒を正しく扱える唯一の女」


 エクーラが足を踏み入れたバルツァー帝国は、美しい花の一ひとつも咲かない、冷たい岩壁と霧に閉ざされた国。豊穣の地と呼ばれたが、今や大地には「魔毒」が沈殿し、並の聖女の治癒魔法では、その毒に飲み込まれて死に至るという。


「黄金の桃の陰に隠れていた本物の毒喰いか」


 玉座に座るのは若き皇帝メルリード。右腕は黒い紋様に侵食され、常に凍てつくような苦痛に晒されている。


「エクーラ。野林檎を、死に体の国に捧げろ。報酬は望む全て」


 エクーラは臆することなく懐から真っ黒な野林檎を取り出した。

 故郷の国では不吉と蔑まれた果実は帝国の濃密な魔毒に反応し、ドクドクと鼓動するように脈打っている。


「私の果実は甘くありません。非常に酸っぱい。耐えられます?」


 エクーラが林檎を握りつぶすと溢れ出した黒い汁がメルリードの腕に滴り落ちた。


「ぐっ……あ、あああああッ!!」


 皇帝が絶叫する。周囲の近衛兵が剣を抜こうとしたがメルリードが手で制した。腕からドロドロとした黒い腐濁が林檎の汁に吸い寄せられ、代わりに白く健康な肌が再生していく。エクーラの力は上書きではない。毒を餌にして強制的に細胞を再構築する破壊と再生の力。


「ふ、ふふ……素晴らしい。これほどの激痛は初めてだがこれほど清々しい気分も初めてだ」


 メルリードは再生した右腕を握りしめ、エクーラを見上げて不敵に笑った。


 一方、エクーラを追放した王国は悲惨な状況に陥っていた。フィウラの黄金は周囲の魔力を吸い尽くして枯れ果て、今や彼女は魔力を奪う魔女として民衆から石を投げられていた。


「どうして!?私の果実が最高のはずなのに!エクーラさえいれば、代わりに毒を吸っていれば……!」


 父である公爵もエクーラを連れ戻そうと帝国へ使者を送ったが、彼らが目にしたのは泥にまみれた娘ではなかった。帝国の民から黒銀の聖女と崇められ、皇帝メルリードの隣で不敵に微笑む、美しき統治者の姿。


「エクーラ戻ってきてくれ、お前は我が国の宝だ!」


 跪く使者に対し、エクーラは冷たく言い放つ。


「野林檎は強欲な方には毒となります。お引き取りを。さもなければ、この国の肥料になっていただきます」


 エクーラを追放したフローリア王国の城門を、漆黒の鉄騎兵たちが蹂躙するように進む。後ろから現れたのは、帝国の紋章。牙を剥く狼と野林檎が刻まれた豪華な馬車。

 出迎えるのは元父公爵と、青ざめた顔の元婚約者の第一王子。そして、ボロ布のようなドレスを纏い、魔力枯渇で髪の抜けた妹フィウラ。


「エクーラよくぞ戻ってくれた!早く国の土を浄化してくれ!」


 父が、すり寄るように馬車の扉に手をかける。しかし、その手は帝国の騎士によって無造作に払いのけられた。


「なにをする!」


「離れてください」


 馬車から降り立ったエクーラは以前の地味な修道服ではなく、黒銀のドレスに身を包み、冷徹な美しさを放っている。


「公爵閣下。私は帝国の全権大使として参りました。私的な親愛を期待されるのは、いささか外交上のマナーに欠けます」


「なっ……エクーラ、私だ、リプフィンだ!お前の婚約者だった……」


 王子の言葉を扇子で遮った。


「婚約者?ああ、他人の生命力を吸う桃を愛でていらした審美眼の乏しい殿下のことですね。残念ですが野林檎は腐った土壌には根を張りません」


 懐から一つのみずみずしい黒い林檎を取り出した。以前の小ぶりな野林檎とは異なり、帝国の魔毒を吸い尽くして進化した禍々しくも神々しい果実。


「この果実一つで国の半分は救えるでしょう。ですが、タダとは申しません」


 エクーラが提示した条件は王国の貴族たちを絶望させるに十分なものだった。聖女フィウラの永久追放、魔力媒介としての実験体供出。

 王国の領土の三分の二を帝国の果樹園。実質的な軍事拠点として割譲。公爵家、王室の帝国に対する永久的な臣従。


「そんな……!国を明け渡すのと変わらないじゃ!」


「お嫌?では、そのまま飢え死になさるのがいいわ。フィウラが食い散らかした土地で、共に腐り果てるのがお似合いです」


 林檎を懐にしまおうとした時、絶望に狂ったフィウラが叫びながら飛び出してきた。


「林檎をよこせ!それは私の!私が本当の聖女なのよ!」


 フィウラがエクーラの手から林檎を奪おうとした瞬間、林檎から無数の鋭い根が飛び出し、彼女の腕に食い込んだ。


「あぎゃあああああああ!?」


「言ったはず。私の林檎は強欲な方には毒となる。今、貴女の残ったわずかな生命力を肥料にして芽吹こうとしてる」


 フィウラは地面に転がり、体からは黒い芽が次々と突き出していく。姉から全てを奪った妹は、姉の果実を育てるための土塊へと成り下がった。


 外交交渉という名の収奪を終え、エクーラは馬車に戻る。


 王国は救われるだろう。だがそれは手のひらの上で生かされるだけの魂なき属国としての存続だった。

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