236冒険者ギルドの監査。ギルドが派遣した戦域管理官ですので追放は全面的なバックアップの停止を意味します。具体的には今この瞬間をもって貴方の剣に施された自動修復および魔力増幅の術式を強制解除します
世界の救世主だから何でも許されると信じているらしい。ギルドのカウンターに血糊のついた剣を無造作に置き、勇者オロースタンが傲慢な笑みを向けた。
「おい受付嬢。パーティから支援魔導師のクーエアを追放する。攻撃魔法も使えない、バフをかけるだけの無能は俺のパーティにふさわしくない。代わりに可愛らしい聖女ちゃんを入れることにした」
隣にはあざとく微笑む聖女候補の娘。手にしていた台帳を閉じ、一秒だけ目を閉じてから事務的な微笑みを浮かべた。怒る時間はもったいない。パーティの存続価値がゼロになったことを計算しただけ。
「承認いたしました。では、ギルド規約第二十八条に基づき、パーティの共有資産および役務契約の即時清算手続きに入りますがよろしいですね」
「ふふん!好きにしろ! どうせ金なら腐るほどある!」
「金ですか。いいえ違います。清算するのは魔力と補給路です」
カウンターの下から、一通の赤い封書を取り出した。オロースタンは知らないのか。これまで強大な魔物に勝てていたのは剣技のおかげではなく、クーエアが戦場全体の魔力密度を計算し、敵の防御障壁を分単位で解体し続けていたからだということを。
「オロースタン様。クーエア様はギルドが派遣した戦域管理官です。彼女の追放は、ギルドからの全面的なバックアップの停止を意味します。具体的には、今この瞬間をもって、貴方の剣に施された自動修復および魔力増幅の術式を強制解除します」
「は……は? 何を言って——る」
カラン、と乾いた音がした。勇者の剣が自重に耐えきれず根元から折れたのだ。クーエアの維持魔法がなければ、剣はただの過剰な魔力で劣化した鉄屑に過ぎない。
「さらに、貴方がこれまで無償で利用していた王都の高級宿、および各街での補給。これらすべてはクーエア様が実家の公爵家の名において支払っていたものです。既に全施設へ、貴方のブラックリスト登録を済ませました。今夜から道端で寝る準備はできておりますか?」
「は、ま、ま、待て! クーエアは平民の魔導師だろ! 公爵家だなんて、そんな」
「無知は罪です。彼女は身分を隠して貴方を支えていた。そして私は、彼女の兄であるギルド長から貴方が彼女をないがしろにした場合の全権委任状を預かっています」
聖女候補の娘が折れた剣と、急速にただの男へと成り下がっていくオロースタンを見て、無言で背を向けた。利用価値のない男に、聖女の慈愛は注がれないということだ。
席を立ち、奥の部屋から出てきたクーエアの。眼鏡をかけ直し、すっきりとした顔をした彼女の隣に並んだ。
「……お疲れ様フエルエリ。あんな無知な男の計算を毎日合わせるなんて苦行だった」
「本当に。……クーエア様、次の案件ですが。隣国の魔導師団が貴方を最高顧問として年収を超える報酬を提示してきています。そちらに乗り換えるのが最も合理的だと思いませんか」
クーエアはクスリと笑い、腕を取った。
「ええもちろん、私の専属事務官として、貴方も一緒に来てくれるのが条件。世界を救うより、貴方と数字を眺めている方が、ずっと楽しそうだもの」
「受理いたします。では行きましょう。壊れた備品(元勇者)の後始末は清掃係に任せて」
背後でオロースタンが「嘘だろ、頼む戻ってくれ!」と叫んでいるが、声はもう処理済みのゴミ箱の中のノイズ。
隣国へと拠点を移した私たちは魔導師団の双璧と呼ばれるようになる。
クーエアが構築する緻密な戦略魔導、私が司る冷徹な軍需管理。二つの歯車が噛み合ったことで隣国の軍事効率は前年比で三百パーセントの向上を記録している。
「フエルエリ、今日の業務報告は終わったわ。少し、お茶にしましょう?」
新築された魔導塔の最上階。クーエアが、公爵令嬢としての優雅な手つきでお茶を淹れてくれる。昔、勇者の背後で泥にまみれていた姿はもうどこにもない。
「ええ、十五分だけなら。ちょうど門前で発生した不法投棄物の処理が終わったところですからね」
「不法投棄物? ああ、例の……ふふ」
クーエア様が窓の下を見下ろし、楽しそうに目を細めたそこには、ボロボロの装備で門番に縋り付いているオロースタンの姿があった。昔の勇者の威厳は微塵もなく、彼は聖女を追放した大馬鹿者として大陸中のギルドから実質的な追放処分を受けている。
「彼、まだ諦めていないのね。クーエアに会わせろ、俺が悪かった、もう一度やり直そうって毎日叫んでる」
「解消の意味を理解していないようですね。……オロースタン様には作成した損害賠償請求書を門番経由で渡しておきました。彼がクーエア様の装備を私物化し、毀損させた分の修理費。一方的な契約破棄に伴う違約金。……合計で一生かかっても稼げない額です」
「ふふ、フエルエリらしい。でも、そんなことより」
クーエア様が不意に手を取り、そのまま自分の方へと引き寄せた。瞳には論理的な計算式では導き出せない温かな熱。
「……フエルエリ。勇者のパーティを追い出されて本当に良かったと思ってる。だって、そうじゃなければ私のためにこれほど怒り、これほど守ってくれる存在だとは気づけなかったんだし」
「事務官としての義務を果たしたまでです。……あと、クーエア様距離が近すぎます」
「義務? 個人的な専属契約だと思っているわ。ねえフエルエリ。これから先隣で、誰よりも幸せを叩き出し続けると誓って?」
クーエアが指先に魔力増幅用ではない、純粋な装飾品としての美しいリングを滑らせた。
不確かな救世や名声にすがった者は、今や路傍で埃にまみれている。残ったのは互いの知性を愛し、確かな信頼で結ばれた二人だけの楽園。
「毎晩の書類整理の後は必ず美味しいお菓子を用意することでよろしいですか」
「もちろん、私の大切なパートナー」
新しい契約を結ぶように静かにグラスを合わせた。計算外だったのは心拍数が、魔導計算よりも予測不能な跳ね上がりを見せていることくらいだろうか。親友はどんなものよりも宝物だ。




