233【後編】桜舞う、うんざりな日常〜優等生が隣にいたがるけど私は一人でいたいんだけど?〜
なのに優香は欠点がないかのように振る舞う。心を刺激するのだ。珍しく優香が隣でため息をついていた。
「どうしたの?」
「あのね山田さん。私最近ちょっと悩んでることがあって」
優香が悩んでいる?そんなことあるはずがない。興味津々で優香の言葉の続きを待った。
「私、みんなに頼られすぎちゃって。もっとみんなに自分の意見を言ってもらいたいなって」
優香は眉を下げて困ったように笑う。
(はぁあああああ!?!?!?)
何かが音を立てて崩れ落ちた。なんだそれ。それが悩みなの?みんなに頼られるのが悩み?贅沢な悩みってやつ。
「みんな優香が完璧だから、頼っちゃうんだよ。仕方ないんじゃない」
わざと冷たい声で答えた。
「うぅ……やっぱりそうかなぁ」
優香はさらに落ち込んだ様子を見せる。
(なにかするのをやめればいいじゃん)
心の中で叫ぶ。優香の悩みはあまりにもくだらないもの。期待していたのはもっとドロドロした、人間らしい不幸なのに。
例えば今まで信じていた友人に裏切られたとか。例えば彼氏に浮気されたとか。そういう、俗っぽい人間臭い不幸を優香に期待していたのだ。優香の悩みはあまりにも優等生すぎる。
「あのね山田さん。私もっと山田さんみたいに、自分の意見をはっきり言えるようになりたいな」
優香は目を真っ直ぐに見つめて言った。
(は?なんで私を巻き込むの。てか、私のようになりたいとか冗談はよして)
心底うんざりした。この女はどこまでいっても愛されヒロインなのであろう。ひねくれた人間には理解できない存在だ。
優香との対比の中で、いつも自分の立ち位置を確認していた。優香とは違う。みんなから愛される必要なんてない。わたしはわたしのままでいい。
大学の課題でグループワークがあった。もちろん優香と同じグループになるのは避けたかったのだが、運悪く同じになってしまう。げげげ!
「課題どう進めようか?」
みんなに問いかける。
「優香が決めてくれたらいいよ!」
「そうそう、優香の意見が一番だから!」
案の定、優香に丸投げしようとする。優香は困ったように微笑んでいる。
(始まった。こいつらの思考停止、毎度毎度ウンザリする)
「だったら、意見言うけど」
わざと冷たい声で言ったらみんなの視線が一斉に集まる。
「え、山田さん?」
優香が驚いた顔をしている。
「私は課題、こうやって進めるべきだと思う」
意見を淡々と述べた。内容はかなり現実的で効率的なもの。耳を傾け、次第に納得していく。
「山田さんの意見すごい説得力あるね!」
「確かにその方が効率的かも!」
褒め始める。優香も「山田さん、すごいね!」と目を輝かせている。
(いや、今更なんだよ。いつもそうしてくれればいいんだよ)
は内心で毒づきながらもどこか満足感を感じていた。優香が周りから「すごい!」とチヤホヤされるのと同じくらい、意見が認められることに少しだけ優越感を覚えたのだ。これは中毒性が高い。しかし、優越感も束の間。
「やっぱり、山田さんと優香ちゃんがいればどんな課題も怖くないね!」
クラスメイトの一人が笑顔でそう言った。
(は?なんでそこで優香とセットにする!?)
小さな勝利はあっという間に優香の光の中に吸収されてしまった。結局、優香の引き立て役にしかなれない。
大学を卒業し、社会人になっても優香の愛されヒロインぶりは健在。会社に入社して数ヶ月で優香は同期の誰よりも早く、社内の人間に顔と名前を覚えられた。
優香が困っているとどこからともなく助けの手が差し伸べられる。優香が企画したプロジェクトはなぜかいつも成功する。
(おいおい漫画か。どんだけ都合のいい世界なの。やめてくれって感じ)
別部署で淡々と仕事をこなしていた。もちろん、優香とは部署が違うので毎日顔を合わせるわけではない。それが、唯一の救い。
社内イベントや忘年会など優香と顔を合わせる機会は、定期的に訪れる度に優香の周囲には人だかりができ、遠巻きに光景を眺めるしかなかった。
「ねぇ山田さん。最近どうしてる?」
忘年会で優香がやってきた。手に持っているのは誰かから差し入れられた高級そうなスイーツ。
(また誰かに貢がれたのか。はぁ)
「まあ、それなりに」
ぶっきらぼうに答える。
「そっか。山田さんいつもすごいなって思うよ。どんな時でも自分の意見をしっかり持ってるから」
優香は屈託のない笑顔でそう言った。
(またそれ。私がその言葉を聞いて喜ぶとでも思ってんの?)
冷たい言葉を吐き捨てる。優香の言葉には全く悪意がない。純粋な尊敬の念が込められているように聞こえるからこそ、余計にイライラ。
「そんなことない」
そっけなく返す。
「そんなことあるよ!私なんていつもみんなに流されちゃって……」
優香はまた眉を下げて困ったように笑う。
(いい加減にして。流されてるって?冗談はやめて!中心にいるんでしょうが)
その場を離れたくて仕方がなかった。この愛されはどこまでいって心をかき乱すのだ。優香の愛されぶりはきっとこれからも続いていくだろう。
彼女はこれからも多くの人から愛され、助けられ、うんざりさせるのだ。別に優香が嫌いなわけではない。ただ、完璧さと愛されぶりが相容れないだけ。
(ま、いっか。どうせそのうちどこかでつまづく。人間だもんな)
心の中で呟きビールのグラスを傾けた。このうんざりする世界も悪くない。




