232【前編】桜舞う、うんざりな日常〜優等生が隣にいたがるけど私は一人でいたいんだけど?〜
現代/ざまぁなし
「はぁ……まただ」
わたしの名前は山田百合子。ごく普通の女子大生……の、はず。そう、このはずだったというのが重要。
日常は、ある一点において、まったく普通じゃないそれは女の存在。
「ねぇ優香!今日の弁当も美味しそう!」
「えー?そんなことないよ、美咲ちゃんのが彩り豊かで素敵だよ!」
朝っぱらから響き渡る、甲高い声。そう、あいつ。隣の席に座る学園のアイドル、佐藤優香。
「優香の卵焼きいつもフワフワで美味しいんだよね!」
「もう、そんな褒めても何も出ないよぉ」
両手で口元を押さえて、はにかむ優香の仕草に周囲の女子が「キャー!可愛いー!」と黄色い声を上げる。男子に至っては涎を垂らしそうな勢いで優香を見つめている。
(うわ、無理。キッッッツ)
内心舌打ちをする。朝から胃もたれしそう。優香の周りだけ、やたらとキラキラした効果音と謎の小鳥が舞い飛ぶのが見える気がする。気のせいであってほしい。授業中も変わらない。
「佐藤さん、この問題わかるか?」
先生の問いかけに優香が「えっと……」と少し考える素振りを見せるとすかさず隣の席の男子が「優香、分からないところあったら俺が教えてあげるよ!」と割り込む。
(いや、先生に聞いてんだろうが。てか、お前も今から教わろうとしてただけだろ)
冷静なツッコミは誰にも届かない。優香は困ったように眉を下げ、小さな声で「ありがとう……でも、自分で考えてみるね」と言う健気な姿にクラスメイトからまたもや「おお~!」「優しい~!」と感嘆の声が上がる。少女漫画かなにかか。
(自分で考えるフリして結局分からなくて、誰かが助け舟出すのを待ってるじゃん)
優香の演技力には毎度感心する。自然に、周囲の好意を引き出せる才能は、ある意味羨ましい。ただし、こちらは真っ先にドン引きするが。昼休み、これがまた憂鬱な時間だ。
「優香、一緒にご飯食べよう!」
「佐藤さん、僕もいいですか?」
「俺も俺も!」
優香の机の周りには瞬く間に人だかりができる。女子も男子も誰もが優香とランチを共にしたいらしい。あり得ない現象。
(飢えたハイエナか)
そそくさと自分の席を離れ、屋上へと向かう。ここだけが聖域だ。誰にも邪魔されず静かにパンをかじる。と、思っていたのに。
「あ、山田さん!」
背後から聞こえる、聞き慣れた声。屋上まで追ってくるなんてウザい。
「優香……どうしたの?」
できるだけ、お世辞モードにしておく。
「あのね、クラスのみんなと食べたかったんだけど、ちょっと気分転換したくて。山田さんも一人だったから一緒にどうかなって」
優香はニコニコと笑いながら隣に座る。手に持っているのは案の定、彩り豊かな手作り弁当。わたしのパンと比べて圧倒的に豪華。
(いや、気分転換の割にはやたら張り切った弁当。てか、私一人なのはお前が寄ってくるから)
「はぁ……別にいいけど」
ぶっきらぼうに答えるわたしに、優香は気にすることなく「やったー!」と嬉しそうにしている。
「山田さんって、いつも一人でいること多いよね。寂しくないの?」
「別に。一人が楽だし」
「そっかぁ。でも、みんなでいるのも楽しいよ?」
楽しいよ、じゃない。上目遣いで優香が問いかけてくる瞳には純粋な心配の色が宿っている……ように見える。
(あんたが来るから一人の時間が減るんだろう。あんたがいなかったらもっと平和に過ごせてますが?)
心の中で悪態をつきながらひたすらパンを咀嚼する。優香は様子を気にするでもなく、楽しそうに今日の授業の話や、週末の予定を話している。隣で心底うんざりしていた。死んだ目にもなる。
放課後、図書室で哲学の本を読んでいた。世の中の不条理について考えていると、少しだけ心が落ち着く。
「あの……山田さん?」
声。顔を上げるとそこに立っていたのはクラスの委員長である山田太郎だった。成績優秀でスポーツ万能、おまけに顔も整っていると女子の間では密かに人気がある。もちろん優香には劣るが。
「何?」
「あの、今日の数学のノート見せてもらえないかなって。佐藤さんが山田さんのノートはすごく分かりやすいって言ってたから」
山田は頬を赤らめながらわたしの顔をチラチラと見ている。
(は?優香が?なんで?)
優香はノートを取るのが得意ではない。いつも適当な走り書きだし、字も汚い。にもかかわらず彼女はなぜかいつも平均点以上を取る。
完璧じゃないところが結構あるな。テスト前になると誰かがノートを貸してあげたり、勉強を教えてあげたりするから。
「別にいいけど……はい」
不本意ながらもノートを貸す。山田は恐縮しながらも「ありがとう!助かるよ!」と嬉しそうに受け取っていった。
(なんで、優香の言葉を信じてるの。あいつ適当に言ってるだけっしょ)
心の中で毒づく。誰かに何かを頼む時、あるいは誰かを褒める時、必ずと言っていいほど巻き込む。
例えば「山田さんの描く絵、すごく素敵だよね!」「山田さんの作ったクッキー、すごく美味しかった!」などと、周りの人に言うのだ。
結果、望まないのに周りの人から「絵を見せてほしい」「クッキーの作り方を教えてほしい」などと声をかけられる。
(平穏を邪魔すんの)
優香は純粋に褒めているつもりなのだろうが迷惑でしかない。余計な面倒事を押し付けられている気分。
そんなうんざりする日々の中、唯一の楽しみがあった。誰かに怪我をしてほしいとか病気になってほしいとか、そういう物騒なことではない。
面白いことがあればあるほど何かがむくむくと湧き上がり、満たされていく。
(ああ、人生ってやっぱり理不尽で思い通りにならないものだよね。それがいい)
世の中の不条理や人間の愚かさを愛している。常に笑顔で誰からも愛される存在は理解不能。闇で満たされていく。
優香は本当に完璧な人間だった。成績はそこそこ良い。運動神経も悪くない。顔は可愛い。性格は優しい。そして何よりも、誰からも好かれる。文化祭の準備では積極的に意見を出し、みんなをまとめ上げる。
体育祭では応援団長として誰よりも大きな声を出して、チームを鼓舞する。どんな時でも優香の周りには人が集まり、笑顔が溢れている。
「優香ちゃんのおかげで文化祭大成功だったね!」
「うん!みんなが頑張ってくれたおかげだよ!」
(いや、お前は仕切ってただけだろ。てか、なんでみんなお前を褒め称えてる?)
クラスの飲み会でも、優香は中心。
「優香、次カラオケ行こうぜ!」
「えー?私歌あんまり得意じゃないからなぁ」
(どうせ上手い。みんなが「うまい!」って褒めちぎる)
予想通り、優香が歌い出すと透き通るような歌声に場は一瞬にして静まり返る。歌い終わると同時に嵐のような拍手と喝采。
「優香、歌うますぎだろ!」
「プロかよ!」
(もういいもう分かったから!なんでもできる!才能の塊)
心の中で叫び続けた。優香の完璧さが耐えられない。人間はもっと不完全でみっともないものだ。




