229磨き屋の聖女とメッキ塗りの王都。魔法は隠すためのもの
この国、ルミナリス王国ではキラキラしていることが何よりも大切だった。聖女の力もどれだけ派手に、どれだけ美しく世界を飾れるかで決まる。
姉のリスアーチは天才だった。手をかざせばボロボロの壁は大理石のように輝き、枯れた花はガラス細工のような美しい光を放つ。リスアーチの魔法は装飾、デコレーション。汚いものの上にキラキラした光の膜を張る魔法。
一方で妹のキヌマーマの魔法はひどく地味。魔法は研磨。汚れを削り落とし、モノが持っている本来の姿を出すだけの魔法。
「キヌマーマの魔法は本当に可愛げがない」
リスアーチは宝石を散りばめたような光のドレスをなびかせて笑う。キヌマーマが必死に教会の床を磨いても、リスアーチがひと振り魔法を使えば一瞬で床は虹色に輝き出す。汚れは下に隠されてしまうから、掃除なんて必要ない。
「ゴシゴシ削って、何が楽しいの?光で隠しちゃえば世界はいつだって綺麗なのに」
王様も婚約者の王子様もリスアーチの魔法に夢中だった。彼らにとって真実がどうかなんて関係ない。見た目が美しければそれでいいのだ。
「キヌマーマ、お前はもういらない。王都の美しさを損なう削り魔はゴミ捨て場がお似合いだしな」
王子に告げられたキヌマーマは一本の布切れだけを持って、王都を追い出された。行き先は王都から一番遠い場所にある、錆びついた鉄の街フェルム。王都から出たゴミと錆びた機械が山積みになった見捨てられた場所。
フェルムの街はひどい有様だった。空気は重く、あちこちで錆の魔物が鉄を食い荒らしている。人は元気がなく壊れた機械の横で肩を落としていた。
「ここからね」
キヌマーマは街の入り口にある、錆びて動かなくなった大きな水門に手を触れた。研磨の魔法を優しく流し込む。
(綺麗になれ、本来の力を取り戻して)
願うと手のひらから透明な光が溢れ出した。ギチギチと嫌な音を立てていた錆が、パラパラと砂のように崩れ落ちていく。下から現れたのは新品の時よりも鋭く輝く、純粋な鋼鉄。
「わぁ……!水門が、動いたぞ!」
街の人たちが驚いて駆け寄ってくる。キヌマーマの魔法は汚れを落とすだけじゃない。余計なものを削ぎ落とすことで、そのモノが持っている一番いい状態を引き出す魔法。
街中の錆びた道具や動かなくなった機械を磨いて回った。磨いた剣はどんな魔物も一撃で斬り裂く聖剣になった。
磨いたボロボロの家は嵐にも負けない鉄壁の砦になった。驚いたのは、病気で寝込んでいたおじいさんの背中を優しく磨いた時。
「おお……体が軽い。悪いものが全部消えたみたいだ」
研磨の魔法は体の中にある毒素や悪い魔力さえも綺麗に削り落としてくれた。フェルムの街はみるみるうちに世界で一番強くて清潔な街へと変わっていく。
その頃、王都では大変なことが起きていた。リスアーチの魔法で隠していただけのツケが、一気に回ってきたのだ。光の膜の下で汚れやカビ、錆の魔物は誰にも気づかれずに育ち続けていた。
舞踏会。リスアーチが誇らしげに魔法を振りまいた瞬間、ガシャン!と大きな音が響いた。
「な、何事だ!?」
王様が叫ぶ。なんと、リスアーチの魔法で綺麗に見えていた天井の柱が中から真っ黒に腐り、崩れ落ちたのだ。リスアーチが慌てて新しい光の膜を張ろうとするけれど中から溢れ出すドロドロの汚れが光を飲み込んでいく。
「嫌ぁぁっ!汚い!来ないで!」
リスアーチが叫ぶたびに王都のあちこちでメッキが剥がれ始めた。大理石に見えていた壁は実はシロアリに食い荒らされた木屑。黄金に見えていた噴水は錆だらけの鉄クズ。
聖女リスアーチの魔法が目隠しだったことが最悪の形でバレてしまう。王都は一晩で腐敗と悪臭が漂うゴミ溜めへと逆戻りした。リスアーチの光の下で巨大化した魔物たちがパニックに陥る貴族たちに襲いかかる。
「キヌマーマだ!キヌマーマを連れ戻せ!」
王子は叫んだ。汚れを根本から消せるのは研磨の魔法しかないと、ようやく気づいたのだ。
数日後。ボロボロになった王子と泥にまみれたリスアーチがフェルムの街にやってきた。目にしたのはゴミ捨て場とは思えない、銀色に輝く美しい未来都市。
「キヌマーマ戻ってこい!特別に王妃にしてやる!」
「キヌマーマ、お願い……魔法が効かないの!汚れをあんたの汚い布で拭き取って!」
ひざまずいて泣きつく二人に街の城壁の上から視線を送った。隣には、フェルムの街を一緒に立て直した強くて優しい青年将軍が立っている。
「王子様、王都には磨くべきものが何もありません。だって、中身まで腐りきってしまったんです」
キヌマーマは一本の布をひらりと投げ捨てた。
「お姉様も、自分の魔法で自分を飾ればいい……もう隠すための綺麗なものすら残っていない?」
「それは」
「そんな……!待ってくれキヌマーマ!」
追いすがろうとする二人の前にキヌマーマによって磨き抜かれた最強の鉄の騎士団が立ち塞がる。王子たちがかつてキヌマーマを追い出した時のように、今度は彼らが光輝く街から追い出される番だ。
「さようなら。これからは、自分たちが隠してきた汚れの中で、せいぜい頑張って生きてくださいね」
磨き上げた銀色の剣が空を指す。
「汚れがあるなら何度でも磨くだけ」
瞳には弱々しさはもうない。




