225【後編】灰かぶりと歪んだ世界に錬金術師は父親の浮気相手と連れ子と暮らすことになる三角関係に怒りが湧いたがこのめちゃくちゃな家庭に叫びたくなった。わざわざウチに連れてくるのはなんの優越感なのだろう
面倒な仕事を引き受けるなら、それなりの対価が必要だ。
「ご希望の額をお申し付けください。王国魔法学院は、惜しみなく対価をお支払いします」
リオネルの言葉に驚いた。これほどまでの破格の待遇。この術式は一体何に使われるというのだ?
「……考えさせて」
すぐに返事をしなかった。仕事は日常を大きく変える可能性があると同時に、危険な匂いもする。彼は返事を承諾し、工房を後にした去り際に視線が一瞬、顔に留まったような気がした。
(やけに真面目そう。あの目は何か隠している。王国魔法学院、か。面倒事に巻き込まれそうだし)
羊皮紙を机に広げ、じっと見つめたそこには強力な魔力と不穏な空気が漂っていた。父にリオネルからの依頼について話す。
「王国魔法学院からの依頼だと?それはすごいことじゃないか!」
驚きと興奮が入り混じった表情で言う。こちらには興味を持つことは少なかった父が、珍しく目を輝かせている。
「術式は何か危険な匂いがする。何に使われるのか、リオネルは言わなかった」
父の顔から一瞬にして喜びの色が消えた。
「危険な匂い?」
父は考えるように顔を伏せた。
「そういえば最近、父さんは元気がないように見える。何かあった?」
以前から気になっていたことを尋ねた。ユルユティを追い出して以来、父はどこか沈んでいたから。しばらく黙っていたが、やがて重い口を開く。
「実は……ユルユティに財産の半分をだまし取られた。あの女は最初からそれを狙っていたようなんだ」
驚きを隠せなかった。まさか、そこまでとは。
「自業自得では。あなたが目を曇らせていただけ」
冷たく言い放ったが顔はすでに、十分憔悴していた。それ以上、追い詰める気はない。
「……そうだな。馬鹿だった。お前と母さんに本当に申し訳ないことをした」
震える声で顔には深い後悔が刻まれていた。
(罰、か。財産を失う。大きな罰だろう。母さんを傷つけた報いでもある)
少しだけ同情したが、ほんのわずかな感情のみ。翌日、リオネルに返事をすることにした。
「依頼を引き受ける。ただし、条件がある」
リオネルの前に立つ。
「どのような条件でしょうか?」
真剣な表情で尋ねた。
「術式が、何のために使われるのか。もし危険なものであればいつでも錬成を中断する権利を保証すること」
少しだけ表情を曇らせた。
「術式は古代の魔物の封印を解くためのものです」
観念したように言うとこちらは、目を見開いた。魔物の封印を解く?危険なことを、なぜ?
「なぜ、そんなことを?」
問い詰める。
「研究室が誤って封印の一部を破壊してしまいまして……このままでは、魔物が完全に復活してしまう可能性があるのです。完全に復活する前に、我々が制御できる状態にするためにも術式を解析し、封印を強化する必要があるのですよ」
苦渋の表情で説明した。なるほど、そういうことかと納得。危険な匂いを感じたのはそれが原因だったのか、と。
「分かった。引き受ける。報酬は術式の危険度に応じて加算させてもらう」
言い放つ。リオネルは安堵したように息を吐き、 提案を受け入れた。
その日から、日常は古代の術式解析と錬金術の作業で埋め尽くされ、リオネルも毎日工房に顔を出し、共同で研究を進めるようになる。
「文字は古代エルフ語の派生。ここにあるルーンは、おそらく魔力増幅の記号」
羊皮紙に書かれた文字を指差しながらリオネルに説明。
「まさか、そこまで読み解くとは……シエル様は本当に素晴らしい錬金術師ですね」
感嘆の声を漏らした。別に褒められても嬉しくないし、ただの仕事。シエル様、と呼ぶのをやめいつの間にか「シエル」と呼び捨てにするようになり、こちらも自然とリオネルと呼ぶようになっていた。
作業は困難を極める。古代の術式は複雑で難解。錬金術と魔法の知識を両方持ち合わせていなければ、到底解き明かすことなどできないだろう。
二人の知識と技術を合わせれば不可能ではないと思いつつ、工房で作業をしているとリオネルが突然、尋ねた。
「シエルは、どうして錬金術師になったんだ?」
唐突な問いにフラスコを傾けていた手を止めた。
「別に理由はない。気づいたら、なっていただけ」
素っ気なく答えた。
「そうか。私は幼い頃から、魔法に魅せられていた。世界を解き明かす魔法の力に」
リオネルは遠い目をする。魔法に対する純粋な情熱が感じられた。全く違うタイプ。錬金術をただの技術だと思っている。人が求めるものを正確に、効率的に作り出す技術。それ以上でも、それ以下でもない。
「真面目すぎる」
からかうと、リオネルはボッと頬を赤くした。
「そんなことは……ない」
工房の扉が叩かれた。エミリーだ。
「お姉様、遅いから心配したよ」
エミリーは眠たげな目をこすったが、隣にはリオネルがいたので驚いた顔をしている。
「もうすぐ終わるから、先に戻って」
エミリーはリオネルにちらりと視線を向け、リオネルが微笑むとエミリーはちょっとだけ安心したように、工房を後にした。
「妹さんと仲が良いんだな」
「別に、そんなことはない。ただの子供」
そっけなく答えたがエミリーが懐いていることは、否定できない。
誤魔化してから数ヶ月後、ついに術式の解読が完了し、錬成の準備が整った。
「あとは、これを錬成するだけだ。だが、この術式は非常に強力だ。少しでも手順を間違えれば大きな危険を伴う」
リオネルに警告した。
「承知している。だが、君ならできる。君の力を信じている」
目を見て言った言葉に、少しだけ胸が温かくなった。信頼される、という感覚は初めてのことだった。
錬成は、工房に結界を張り、厳重な警備の下で行われ、魔力の奔流が工房を揺るがし、フラスコの中の液体が、眩い光を放つ。
集中力を研ぎ澄まし、一つ一つの工程を完璧にこなしていった。光が収まり、フラスコの中にきらめく透明な液体が残る。
「できた……!」
リオネルが安堵と喜びの声を上げた。
「魔物の封印を強化する薬」
フラスコを掲げた。
「ありがとう、シエル。君のおかげで世界は救われた」
リオネルが深々と頭を下げた顔には、心からの感謝が浮かぶ。
「別に礼はいらない。仕事をしただけ」
答えたが心の奥では達成感とわずかな喜びを感じた翌日、リオネルは約束通りの報酬を差し出した。それとは別に、小さな包みを。
「これは、ささやかなお礼だ」
包みを開けると中には細工の施された美しい髪飾りが入っていた。青い宝石が埋め込まれ、光を反射してきらめく。
「……これは?」
戸惑った。
「君の髪の色に似ていると思ってね。もしよければ、受け取ってほしい」
少し照れたように言った顔が、わずかに赤くなっている。
(まさか……)
思わずリオネルの顔を見つめる。やはり真剣だった。
「……ありがとう」
素直に礼を言う。こんなものを贈られたのは初めてでリオネルは別れを告げ、王国魔法学院へと帰っていった。工房は再び静けさを取り戻したが心には、さざ波が立つ。
数日後、髪飾りを髪につけてみた。鏡に映る自分を見て、少しだけ違和感を覚えるし、らしくない派手なもの。
「お姉様、それ綺麗だね」
エミリーが、髪飾りを見て目を輝かせた。
「そう?」
素っ気なく答えた夜、自室のベッドに横たわっていた。髪飾りを手に取り、じっと見つめるとリオネルの言葉が耳の奥で響く。
(髪の色に似ている、か。錬金術師の私にはそんなものは必要ない。けど)
髪飾りを胸元にぎゅっと抱きしめた。複雑な感情で満たされていたものの、感情は嫌なものではなく心地よい温かいもの。
リオネルの姿が以前よりもはっきりと映し出されるようになっていた。真面目な顔、時折見せる優しさ、信頼する強い眼差し。
(面倒なことにならなければいい)
心の中で呟いた。世界は少しずつ形を変えていく。変化はどうやら自身も巻き込んでいくらしい。妹はこの変化に嬉しそうにしていた。




