222影よりも薄い令嬢。透明の逆襲〜消えた私と消えゆくあなた様〜
公爵令嬢エルミゼは、社交界で空気と呼ばれていた。美貌の姉とは対照的に無口。婚約者である第一王子グーキからも一度も目を合わせてもらえない。
「お前のような華のない女が王妃になれると思うな。婚約は破棄と国外追放とする!」
夜会の中央、グーキ王子の隣には勝ち誇った顔の姉がいた。周囲の嘲笑、冷たい視線。エルミゼが必死に絞り出した反論は、騒音にかき消され、誰の耳にも届かない。
(ああ、私がいなくても、世界は何一つ変わらないのね……)
絶望が極まったその瞬間、エルミゼの身体から色が消えた。心臓の鼓動すら静まり、彼女は物理的に透明となったのだ。兵士たちがエルミゼを捕らえようとするが手は空を斬る。
「消えた!?」
「どこへ行った!」
パニックに陥る会場を透明になったエルミゼは歩く。最初に向かったのは姉の背後。姉が隠し持っていた王子の毒殺計画が記された書簡。エルミゼが濡れ衣を着せられそうになった証拠を姉のドレスのポケットから引き出し、グーキ王子の足元へ落とした。
「……これは、何だ?」
王子の顔がみるみる青ざめる。エルミゼは次に、グーキ王子が横領していた軍資金の出納帳を高官たちのテーブルへぶちまけた。
「グーキ様!一体どういうことです!?」
怒号が飛び交い、昨日までの勝ち組たちが互いに罵り合い、自滅していくのを透明なエルミゼは地獄絵図を特等席で眺めていた。
数日後。王国は不正を暴かれた王子と公爵家の没落に揺れていた。エルミゼはひとり、国境の馬車に揺られていた。姿は見えないが心はかつてないほど鮮明だった。
「第一段階は終了」
エルミゼは手にした手帳に×印を書き込む。そこにはまだ、復讐すべきリストとのメモが残されていた。馬車の窓から遠ざかる王都を見つめる。身体はまだ完全には元の色を取り戻していない。
「待っていてお父様。あなたが一番大切にしているあの場所を壊すのは、これからよ」
エルミゼの冷ややかな笑みは誰の目にも映ることなく、風に消えた。
王子の失脚により、後ろ盾を失った公爵家。しかし、傲慢な実父ヴィクドトール公爵は諦めていなかった。隠し持っていた禁忌の魔道具を隣国に売り払い、軍事力を背景に再起を図ろうとしていた。姿を消したまま屋敷に潜入したエルミゼは父の書斎で現場を目撃する。
「エルミゼのような出来損ないがいなくなって、かえって清々したわ。あいつは私の道具にすらならなかったからな」
父が吐き捨てた言葉。エルミゼは無表情に父が一番大切にしている魔道具の起動鍵を目の前で空中に浮かせた。
「なっ、何だ?鍵が浮いている!」
エルミゼは一言も発さない。透明な手で父の喉元を軽く撫で机の上の書類を次々と引き裂いていく。何もない空間から聞こえる、紙が破れる音とエルミゼの冷たい足音。
「ひいぃっ!誰だ!誰かいるのか!」
恐怖に狂った父は護衛に向かって剣を振り回すが、エルミゼには当たらない。父が裏取引に使おうとしていた証拠品をすべて透明化して持ち去り、代わりに公爵家全財産を国庫に寄付するという偽の委任状に父の指を無理やり押し当ててサインさせる。
翌朝、公爵は一文無しとなり、反逆罪で騎士団に連行された。最後まで「目に見えない悪魔がいたんだ!」と叫んでいたが狂人の言葉として一蹴された。




