218【後編】最強姉妹!前世が孤独な冒険者だったので手作りクッキーをくれるクラスメイトを崇めることにした〜Sランクの姉は妹の配信を最前線で見る〜
右手には下味をつけた地竜の肉。イグニスの放った火球は中華鍋の底で球体のまま維持され、超高熱で鍋に入った油を一瞬で最適温度まで引き上げていた。
「火力だけはSランク。悪くない」
鍋の中でパチパチと踊る肉を見つめながら、冷静に評した。
「ま、魔力制御……!?火球をコンロ代わりにしやがった……!?」
「動くな赤毛。動くと火加減がブレる。……衣つけて!今が一番いい温度!」
「は、はいっ!クエムちゃん!」
メカクレ少女が素晴らしい手際で肉を鍋に投入していく。
カラッ、ジュワッ。
教室いっぱいに広がる香ばしい醤油と生姜、竜肉特有の濃厚な脂の香り。
「な、なんなんだよお前らぁ……!」
イグニスは杖を構えたまま後ずさる。
攻撃しようにも自分の最強魔法が唐揚げに使われているという現実に、脳が追いついていないのだ。
「揚がった」
数分後。魔法を握りつぶして消火すると黄金色に輝く唐揚げをバットに上げた。一つ摘んで、口に放り込む。
カリッ。じゅわっ。
衣はサクサク、中はレア気味で肉汁が溢れ出す。イグニスの高火力のおかげで旨味が完全に閉じ込められている。
「……んんっ。合格」
「やったぁ!」
「イグニス君の火、強火で最高だった!」
「また明日も頼めるかな?」
みんなが純粋な感謝の眼差しをイグニスに向けると、イグニスは顔を真っ赤にしている。髪と同じ色。わなわなと震えた。
「ふ、ふざけるなあああ!覚えてろよクエム!!」
捨て台詞を残して逃げ出す次期勇者候補。それを完全無視して唐揚げに手を伸ばした。ふと教室の隅を見ると、そこには小型ドローンがふわりと浮いていた。
「……あれ撮ってた?」
「うん。クエムちゃんが記録用にって言ってたから……あ、配信繋がっちゃってたみたい」
「へえ」
スマホを覗き込む。開設したばかりのチャンネル。給湯室のコメント欄が滝のように流れていた。
【LIVE】本日のランチ準備中(視聴者数3.2万人)
名無しの探索者:ファ!?今、火球で揚げ物した!?
名無しの探索者:1組のエリートがコンロ扱いwwwww
名無しの探索者:魔法制御どうなってんのこの子。Sランクでも無理だろこんなの。
名無しの探索者:それよりあの肉、何?ドラゴン?美味そうすぎて死ぬ。
名無しの探索者:飯テロやめろwww
(¥10,000):これで美味い米も炊いてくれ。
「……三万人?」
一人で泥水を啜っていた過去を思えば見守られて仲間と唐揚げを食べているだけで?
「……悪くない」
画面の向こうに揚げたての唐揚げを見せつけた。湯気が立ち上るシズル感たっぷりの映像に、さらにコメントが加速する。
「チャンネル登録して……これからは毎日もっと美味いもの作るから」
*
姉サイド
「……あ、通知来た」
場所はSランク指定ダンジョン奈落の古城、最深部。周囲にはミンチになったばかりの魔王級モンスターアビス・キメラが転がっている。死体の山の上でスマホを取り出した。
【LIVE】昨日の残りの竜肉で、究極の煮込みハンバーグを作る
画面に表示されたタイトルを見て口元が緩む。カグラ。現役Sランク冒険者にして、世界最強の妹ガチ勢。
「おい、カグラ!まだキメラの再生が止まってないぞ!加勢しろ!」
後ろでパーティのリーダーが喚いている。ため息をついて愛剣斬鉄を無造作に振るった。
ズドン。
衝撃波だけでキメラの核が蒸発する。
「うるさい。今クエムが玉ねぎのみじん切りを始めたの。包丁のリズムを聞き逃したら首も飛ぶ」
「ヒィッ……」
配信画面にコメントを打ち込む。
玉ねぎ、目に沁みないように冷やした?飴色になるまで待ってる♡(¥50,000)
よし。仕事は終わりだ。血の付いた剣を亜空間に放り込み、愛車(SUV)へ向かって全力疾走。早く帰らないとハンバーグの肉汁が逃げてしまう。
一方、その頃。クエム(妹)は学園長室に軟禁されていた。
「……で?いつ帰れるんですか?」
重厚なマホガニーの机を挟んで、クエムは不機嫌そうに貧乏ゆすりをしている。
目の前には脂汗をかいた学園長と、国から来たというスーツの男。ギルド監査官。
「クエム君、事の重大さが分かっているのかね?君の動画は一夜にして再生数300万回を超えたんだぞ!」
「はい。おかげで新しい圧力鍋が買えました」
「そうじゃない!君の異常な魔法技術だ!」
ギルド監査官がバンと机を叩く。未成年に脅し?
「詠唱破棄による超高圧縮魔法。あれは国家機密レベルだ。それを……あろうことか唐揚げごときに使いおって!」
「唐揚げを馬鹿にしないでください。二度揚げのタイミングは国家より重要です」
「ふざけるな!今すぐ君を英雄科へ強制編入させる。魔法理論を全て軍に開示するんだ。拒否権はない!」
クエムは死んだ魚のような目で壁時計を見た。
(あーあ。そろそろ煮込みソースの火を止めないと焦げ付く)
大人の事情?軍事利用?知ったことか。
前世で散々利用され、使い潰された。
今の私にはみんなと食べるご飯以上に価値のあるものなんて、この世に一つもない。
「お断りします」
「なんだと!?君は自分の立場が……」
監査官がクエムの肩を掴もうとした時ださ。
ドゴオオオオオン!!!!
学園長室の防音ドアが、蝶番ごと弾け飛んだ。爆風と共に土足で入ってきたのは、返り血を浴びたままのサングラスの女。
「……誰?」
監査官が裏返った声で叫ぶ。女はサングラスを少しずらし、氷のような瞳で部屋を一瞥した。
「誰が誰の夕飯当番を拘束してる?」
カグラだ。SUVを校庭に乗り捨てて走ってきたから、少し息が切れている。
「カ、カグラ様!?なぜここに!?」
「監査官。私の妹を軍に入れるとか言った?」
「い、いや、これは国の決定で……彼女の才能を……」
カグラ・スマイル(ギルドで最も怖いと言われる笑顔)で監査官に歩み寄る。
「あのねえ。クエムの才能は人殺しじゃないの。肉を美味しくすること、それだけ」
「し、しかし……!」
「もしこれ以上、クエムの調理時間を奪うなら……国ごとミンチにするけど、いい?」
殺気。物理的な圧力が、部屋の窓ガラスをビシビシとひび割れさせる。Sランクの殺気は一般人なら気絶するレベルだ。
監査官と学園長は青を通り越して真っ白になり、ガクガクと頷いた。
「わ、わかった……帰りたまえ……」
「よし行こ、クエム」
「お姉ちゃん遅い」
クエムが椅子から立ち上がり、横を通り過ぎる。顔は監査官に向けていた冷徹な表情とは違い、少しだけホッとしていた。
「ごめんごめん。道が混んでてさ。……で、今日のハンバーグソースは何?」
「デミグラス。赤ワインたっぷりのやつ」
「最高」
破壊されたドアを踏みつけ、悠々と廊下へ出た。背後で大人たちがへたり込む音が聞こえたが振り返らない。廊下に出るとスマホが震えた。配信視聴用アカウントに、通知が来ている。
【速報】クエム、学園長室からSランク姉と生還……なんか、学園長泣いてね?
掲示板の実況スレが盛り上がっている。クエムがスマホを覗き込んで、呆れたように言う。
「お姉ちゃん、またコメントしたでしょ」
「して、してない……投げ銭投げただけ」
「五万も投げないで。エプロン新調しておく。お母さんに叱られるし」
文句を言いながらも、クエムは車の助手席に乗り込む。狭い車内とこれから帰る家。湯気の立つ食卓。守るべき世界の全て。
「帰ったら、手洗いとうがい。あと、キメラの血の匂い落として。料理に移る」
「はーい」
姉妹の平和な夕方が始まった。




