216地味な道具屋の無敵娘は辺境で伝説を刻む。荷物をまとめろ明日辺境の瘴気渦巻く忘却の森に追放だと言われても都合がいいから出て行くと戻ってこいと言われたが追放されたのは永遠に記憶に残ってるんだよね
「おい、ユアリア!いつまでそんな汚い道具を磨いているんだ!」
帝国随一の魔法学園の卒業式。壇上では宰相の息子である婚約者が、指さして叫んだ。隣にはまばゆい光を放つ聖女のドレスをまとった義妹が得意げな顔で立っている。
「君のような魔法一つ使えない貧乏道具屋の娘と、これ以上一緒にいるのは屈辱。婚約は今すぐ破棄する!」
会場中に嘲笑と義妹への称賛が響き渡る学園の片隅で、ひたすら古びた道具の手入れをしていた。別に興味がないわけではない。学園の魔法の授業はゆっくりすぎたのだ。
(魔導ランプの煤手強いなぁ。うっかり力入れすぎないようにしないと)
魔法学園の落ちこぼれ。なぜなら杖を振るうと、魔法の暴走ではなく杖そのものが粉砕されるから。剣を握れば剣が消し炭になるからだ。要するに体はありとあらゆる攻撃を無効化し、ありとあらゆる物体を素手で破壊できる。それが、中に眠る無敵の力。けれど、平和に誰にも迷惑をかけずに地味に生きていきたい、平凡な道具屋の娘。
「ユアリア!さっさと荷物をまとめろ!お前は明日、辺境の瘴気渦巻く忘却の森に追放だ!」
「ひっ!あんな恐ろしい場所にたった一人で!?」
「魔物の餌になるがいい!無能にはそれが似合いだ!」
王子と義妹は勝ち誇った顔で笑う。追放か……まあ、学園の退屈な授業を受けなくて済むし、道具の手入れだけしてのんびり暮らせるなら、それも悪くないかもしれない。そう思っていた次の瞬間。
手の中で、磨いていたはずの魔力を込められた銀のハンマーが、ミシミシと音を立てて砕け散った。
「あ……」
我ながら情けない声が出た。
「お、おい!今聖具が割れた!?」
「ユアリアの奴め、無様な真似を……!」
周囲がざわつく中、ハンマーの破片から指先に刺さった小さなトゲに気づいた。チクリとした微かな痛み。瞬間、頭の中で何かがプツンと切れる音がした。
(私……痛いのは嫌なのに。せっかく丁寧に磨いてたのに私が触ったから割れたし……なんでいつも、悪いみたいになるんだろ?)
私の顔から表情が消えそのまま、学園の廊下の壁に軽く本当に「軽く」拳を乗せた。
――ドドォォォン!!
拳を乗せた部分から、バターでも削るかのように学園の堅牢な石壁がえぐれ、大穴が開いた。穴の向こうには燦々と輝く太陽の光と、遠くに見える帝国の城塞。
「な、なんだ!?何が起こった!?」
「壁が……壁が消し飛んだぞ!?」
阿鼻叫喚の学園に無表情のまま歩き出す。王子と義妹の顔は恐怖に引き攣っていた。
「ああ、すみません。ちょっと気分が悪くて外の空気を吸いたくなっただけなんで」
足が地面を踏みしめるたびに学園の床が陥没し、建物全体が軋みを上げる。学園の正門に立つと邪魔だと言わんばかりに、門番と巨大な門をまとめて指一本で吹っ飛ばす。
「追放ですか?喜んで……ついでに学園にある掃除道具と修理道具、全部持って行っても?きっと使う人はいないでしょうから」
呆然と立ち尽くす王子と義妹に事務的な笑顔を向けた。学園の敷地を出る寸前、もう一度振り返る。
「それから、無能って言ったこと後悔してくださいね。たぶん、そのうち最強の道具を探して頭を下げに来る日が来ますから」
言葉を嘲笑う者はいなかった。去った後、帝国魔法学園の建物は足跡が残された部分を起点に砂の城のように粉々に崩壊したから、らしい。
帝国魔法学園を物理的に粉砕して去ってからわずか三ヶ月。栄華を極めた帝国は存亡の機に立たされていた。
原因は皮肉なほど単純。学園の維持も、王宮の防壁も、帝国の重要拠点にある魔導具のすべてがユアリアが日々のルーチンとしてちょっと触って直していたことで保たから。
去った瞬間から魔導具たちは一斉にガタが来始め、帝国のインフラは砂上の楼閣のごとく崩れ去ったということ。
「どういうことだ!なぜ結界が発動しない!」
ユアリアを追放した第一王子エドァが薄暗い執務室で絶叫した。目の前には修復不可能なほど粉々になった国家守護の水晶が転がっている。
「……殿下、あの娘が毎日埃を払っていたおかげで水晶は本来の十倍以上の強度を保っていたようです。いなくなった今水晶は自重にすら耐えられず……」
「馬鹿な!無能な女に力があるはずがない!」
エドァが机を叩くと振動だけで豪華な装飾がポロポロと剥げ落ちた。そこへさらなる凶報が届く。
「魔の森から溢れ出した魔物たちが、第一防衛線を突破しました!聖女様の浄化魔法が全く効きません!」
「なんですって……!?」
隣で顔を青くしている義妹のエルナは、震える声で呟いた。
「……そんな、私ユアリアがついでに研いでくれた聖杖がないと、初級魔法すら発動できないなんて……」
才能はユアリアという無敵の存在が、無意識に平凡な気遣いで調整していたおかげで成り立っていたハリボテだったのだ。
一方、その頃。辺境の忘却の森の入り口に、一軒の小さな道具屋が建っていた。
「……ふわぁ。今日も平和だ」
ユアリアは庭先で伝説級の魔獣であるフェンリルを座布団代わりに、のんびりと茶をしばいていた。
周囲には襲おうとしてうっかりデコピンで消し飛ばされた高ランク魔物の死骸が転がっているが、本人は「不法投棄かな?」くらいにしか思っていない。
ボロボロになった帝国の使者が馬を乗り潰して駆け込んできた。
「ユアリア様!どうか、どうか帝国へお戻りください!王子も聖女様も今までの非を認めて謝罪するとおっしゃっています!」
ユアリアは首を傾げた。
「謝罪?別に結構ですがね。私今すごく忙しいんです。見てください、スコップのサビって頑固なんですよねえ」
「そ、そんなスコップどうでもいいでしょう!国が滅びそうなんです!」
「国?ああ、私がいた場所。ん?でも、あそこには居場所はないって王子様がおっしゃったじゃないですか?」
ユアリアはニコリと事務員をしていた頃のような完璧な営業スマイルを浮かべた。背後では、感情に呼応するように忘却の森の木々が恐ろしい音を立ててなぎ倒されている。
「それに私、追放されたおかげで気づいたんです。誰にも文句を言われずに力で好きなだけ掃除ができるのって最高に楽しいんだって」
「ユアリア様……そこをっ!」
「お引き取りください。どうしても助けてほしいなら、そうですね。王子様と義妹さんが素手で帝国の瓦礫を全部片付けたら、考えてあげなくもありません」
ユアリアは足元に寄ってきたフェンリルの頭を軽く撫でた。それだけで周囲の地面に大穴が開き、衝撃波で使者の帽子が吹き飛ぶ。
「日常を邪魔しないでください」
使者が絶望に暮れて去っていくのを尻目に、ユアリアは再び道具のメンテナンスに戻った。捨てた帝国が文字通り塵になっていく音をBGMにして。




