215幼い頃から持ち物をすべて奪ってきた。両親の愛も婚約者の王子の関心も。今日は価値のない出来損ないとして辺境の地へと追放されることが決まったらしい
きらびやかな王宮の舞踏会。魔力の光が飛び交うその中心で、冷たい床に膝をついていた。
「フィエロ、お前の魔力はたったの一か。公爵家の血筋を汚すにも程がある」
父の冷酷な声が頭上から降ってくる。隣では、まばゆい光を放つ魔力で周囲を魅了する妹のステラが憐れむような目で見下ろしていた。
「お姉様残念ですわ。でも大丈夫、魔力がなくても……生きてはいけるもの」
口元が勝ち誇ったように歪む。ステラは幼い頃から持ち物をすべて奪ってきた。両親の愛も、婚約者の王子の関心も。今日は価値のない出来損ないとして、辺境の地へと追放されることが決まったらしい。
前世の私は、身体の仕組みを研究する理学療法士だった。驚いたのは誰もが魔法という不安定な力に頼り、自らの肉体を鍛えることを忘れていること。
魔法の練習を捨て、人知れず自分の身体を整えてきたがこの国ではそれは野蛮な振る舞いでしかなかった。
「北の地に魔力を一切持たぬ鉄の卿がいる。奴に嫁げ。野蛮な者同士お似合いだろうよ」
馬車に揺られて一週間。辿り着いた北の砦は吹雪の中にそびえ立つ岩山のよう。待っていたのは想像を絶する威圧感。
「……お前が王都から捨てられてきた女か」
現れた男のカシアンを見て、呼吸を忘れた。身長は二メートルを超えているだろう。広大な肩幅、丸太のように太い首、毛皮の外套の下に隠しきれない鋼鉄を練り上げたような筋肉の塊。
魔法という光を失った国で自らの肉体という檻の中に、圧倒的な生命力を閉じ込めていた。王都のひょろひょろした貴族たちとは、種族そのものが違うように見える。
彼は虫ケラでも見るような目で睨みつけ、大きな手が顔の横の壁を叩く。ズォン、と空気が震え、壁がわずかにひび割れた。
「逃げるなら今のうちだ。俺は魔法も貴族の作法も知らん。信じるのは拳の重さだけだ」
普通の令嬢なら、威圧感だけで失神していただろうが、心臓は高揚で跳ねていた。これだ。これこそが求めていた生命の真実だと震える手で、分厚い胸板に触れた。
「なっ……!何をして」
驚いたように彼は動きを止めた。手のひらから伝わる凄まじい熱量。爆発しそうなほど高められた密度。
どれほどの孤独と絶練が、神の彫刻のような肉体を作り上げたのか。それを思うと愛おしさで胸がいっぱいになった。
「……素晴らしいわカシアン様、あなたは怪物なんかじゃない。この世で美しい完成された人間です」
カシアンの瞳が初めて戸惑いに揺れた。追放された私と忌み嫌われた彼。凍てつく地で、誰にも邪魔されない二人だけの聖域を作り始め半年後。
王都では異変が起きていた。魔力消失という謎の現象が国を襲い、魔法に頼り切っていた貴族たちは文字通り無力な子供同然となったのだ。
自慢の魔力を失い、痩せっぽちの女になった妹のステラが泥だらけになって北の砦へ逃げ込んできた。
「お姉様助けて!恐ろしい魔獣が追ってくるの!早く魔法使いを出して!」
ステラの背後からはどんな魔法も通じないという巨大な魔獣が迫っているが、彼女を一瞥し、隣に立つ巨人を仰ぎ見た。
「カシアン様。あんな虫ケラ私たちの食事の邪魔です」
カシアンは無言で頷くと地を蹴った。魔法などではない純粋な脚力だけで飛来する魔獣の眉間へと肉薄した。
「んっ!」
カシアンの拳が魔獣の分厚い外殻を紙細工のように粉砕した。絶叫さえ許さぬ一撃。彼を野蛮と嘲笑った王族やステラの前で、彼は返り血を拭いもせず大きな腕でひょいと抱き上げた。
「……シルヴィア、今日の獲物は少し手応えがなかったな。次はもっとマシなものを狩ってくる」
「ふふ。いいえ、カシアン様。これ以上強くなっては抱きしめられなくなってしまいますわ」
広い肩に顔を埋め、震えるステラたちを見下ろした。魔法という虚飾を剥ぎ取られた彼女たちに縋る力はない。最高に逞しい器に寄り添い、共に世界の頂点へと駆け上がることを確信して微笑んだ。




