209火の粉が爆ぜる音を聞きながら夜が明けるまで寄り添い合った価値観が完全に合う夫婦の話。筋肉好きな令嬢はこの世界と合わない
王都の華やかな夜会。そこは細く白く、魔力が高いことが美徳とされるひ弱な貴族たちの社交場。
「お姉様、そんなに健康的な顔色をして……恥ずかしくないのですか?」
妹のリーネが透き通るような白い肌を扇子で隠しながら笑う。彼女は国で最も強い魔力を持つ聖なる乙女として崇められ、両親の愛を独占していた。
一方のこっちは転生者。前世では過酷な自然の中で生き抜く冒険家。血が騒ぐのか魔法の練習よりも重い石を運び、野山を駆け回ることに注いでいる。
「魔力も低く、体ばかり丈夫な可愛げのない娘など我が家にはいらん」
父である公爵は冷たく言い放つ。
「北の果てに人の言葉を解さぬ獣の公爵がいる。お前はその男に嫁げ。二度と敷居を跨ぐな」
獣の公爵。北の地を治めるバルトロメウス公爵。魔法が一切使えない代わりに熊を素手で倒すほどの巨体と怪力を持つ呪われた一族だと噂されていた。
喜びを抑え、お辞儀をして屋敷を去った。ひょろひょろの魔法使いばかりの王都にはもう飽き飽きしていたから。北の地へ辿り着き待っていたのは想像を絶する巨大な壁。
「……お前が王都から来た生贄か」
見上げた先にあったのは男の顔。身長は二倍近くある。首は太く肩幅は城の扉と同じくらい広い。踏み出すたびに石造りの廊下がみしりと鳴る。
魔法が最高の美徳とされる世界で圧倒的な生命力ゆえに化け物と蔑まれてきた男。首を大きな手で掴もうとした。指一本が手首ほどもある。
「怖くないのか。醜い体つきが」
大きな温かい手に自分の手を重ねた。
「醜いだなんて。こんなに美しく力強い命の塊を他に知りません」
彼の瞳が大きく揺れてそれからというもの、幸せな生活が始まった。彼のために栄養満点の山盛りの料理を作り、巨大な体を包む大きな衣服を縫う。魔法などなくても腕の中にいれば、どんな吹雪も怖くない。鋼のような腕で大切に抱き上げてくれる。
ある日、王都からボロボロになった妹と両親が逃げてきた。魔力を吸い取る怪物が王都を襲い、自慢の魔法が全く通用しなかったという。
「助けて!怪物を化け物……いえ、公爵様に倒させて!」
妹が泣きついてくる背後からは、どんな魔法も跳ね返す巨大な怪物が迫っている。魔法使いの騎士団が束になっても傷一つつけられなかった絶望の象徴。バルトロメウス様は前に立つ。魔法を使わない彼は怪物の魔法封じなど一切関係ない。
「行ってらっしゃい」
地面を蹴ると爆音と共に大地が爆ぜる。怪物の頭上へ高く跳び上がると丸太のような拳を真っ向から叩きつけた。
ドォォォォォン!!
地響きと共に怪物の頭が地面にめり込む。
魔法などではない。誰よりも重く誰よりも速い、純粋な力が怪物を粉砕した。腰を抜かして震える家族を横目にバルトロメウスは隣に戻り、優しく膝をつく。
「終わったぞ。お腹が空いたな」
「今日は特別に大きなステーキを焼きましょう」
助けを求める家族を冷たく突き放し、温かい我が家へと戻る。魔法に頼り、力ある者を蔑んだ彼らにはもう守ってくれる壁はどこにもない。魔法の時代が終わり、肉体が世界を統べる時代が来ようとしている。
「醜いと言われる時代は変わるのだな」
戸惑う彼の手を強く握りしめる。怪物を一撃で粉砕し、王都の連中を追い払った後、北の果てにある城へと帰ってきた。
外はしんしんと雪が降っているが、大きな暖炉がある寝室は汗ばむほどの熱気に包まれている。
「……バルトロメウス様あまり動かないでください。せっかくお薬を塗っているののに」
彼をベッドの端に座らせ、大きな背中に手をかけた。近くで見ると改めてその大きさに圧倒され両手を広げても、背中の半分も隠せない。岩のように硬く、それでいて火のように熱い肌。
「すまない。体は普通の人間よりずっと熱いようだ。お前には苦しくないか」
バルトロメウスが申し訳なさそうに低い声で言う。自分の大きな体が小さな女性を怖がらせたり、傷つけたりするのではないかといつもどこかで不安に思っている。
わざと背中にぴたりと抱きつく。顔が彼の逞しい背中に埋もれた。
「そんなことありません。バルトロメウス様の体、世界で一番温かくて私は大好き」
言って腕を回そうとしたが体が大きすぎて、手は前で届かない。様子が可笑しかったのか、バルトロメウスは低く笑うと、大きな手で体をひょいと持ち上げた。
「わっ……!」
羽毛のように軽く持ち上げられ、彼の膝の上に乗せられた。目の前には厚い壁のような胸板。息をするたびに巨大な胸がゆっくりと上下し、力強い鼓動が伝わる。
「本当に不思議な人だ。皆体を怪物だと恐れ、遠ざけたのに。お前だけはそうやって笑いかけてくれる」
大きな指先で頬をそっと撫でた。壊れ物を扱うような、あまりにも優しい手つき。指一本でさえ顔の半分くらいあるというのに。
「当たり前です。こんなに私を大切に守ってくれる方を、怪物だなんて思いません」
首に腕を回し、広い肩に顔をうずめた。
少し戸惑ったように、最後には観念したように丸太のような太い腕で腰をそっと抱きしめてくれた。
「……テスラ。お前がそばにいてくれるなら呪われたような力も誇りに思える」
腕の中に閉じ込められると世界中の何からも守られているような、絶対的な安心感に包まれる。魔法なんてなくても温もりがあればそれだけで幸せ。
肩を抱き寄せ、さらに強く抱きしめました。体格差があるからこそ離れることはない。
「どこへ行こうと私は離れません」
「……ああ。私の命にかけてお前を守り抜こう」
火の粉が爆ぜる音を聞きながら、夜が明けるまで寄り添い合った。




